第二百四十一話 朝食
ユルゲン入りから十二日目。
今までの曇り空から一変、キラキラと輝く朝日を浴びながら、レイは朝食の準備に取り掛かっていた。
「よぉ、シュターデン。すまねぇな。お前さんにばっかり飯の準備させて」
レイがサラダを作っていたところに、リハビリがてら朝食のパンを買いに行ったジョニーが、玄関からいそいそと登場。
「おはようございます、ジョニーさん。身体の調子はどうですか?」
「おかげさまでな。お前さんのおかげでまともな飯にありつけるし、部屋も綺麗になったし、なんか悪りぃな」
申し訳なさそうに頭を下げるジョニーに、レイは肩を竦めて、苦笑いを浮かべながら首を振った。
昨日はジョニーの治療と、ファラリスの記憶領域にフルダイブする為の端末の作成、ティアラの魔法の特訓に一日を当てた。
ただ、フルダイブ端末は精密機械で、小汚いジョニーの家で作ると不具合が起きそうだったから、ティアラとジョニーを部屋から叩き出して、強制的にハウスクリーニングしたまでだ。
ぶっちゃけ、お姫様のティアラと一人やもめのジョニーの家事能力は戦力外だ。
よって、掃除洗濯料理は全てレイが担当した。
久しぶりのまともな食事にジョニーが大袈裟に感動していたが、レイは激マズ携帯食料に慣れていた頃の自分を思い出し、切ない気持ちになった。
閑話休題。
レイは炎要らずの鍋で肉団子とゴロゴロ野菜のコンソメスープを煮込みつつ、ジョニーから焼き立てのパンを受け取る。
「ジョニーさん。甘いモノは得意ですか?」
「あぁ、嫁さんと娘に良く強請られて、一緒に喰ってたから」
「……ではフレンチトーストでいいですね」
「あぁ、それなら俺様が作ろうか?娘の好物でそれだけは自信があるんだ」
「…………ではお願いします」
「おい、その間やめろ。楽しい話してんだからよぉ~」
ジョニーがケラケラと笑いながら、レイからパンとフライパンを奪い取った。
卵液を作る手際がやたらいい。
どうやら作り慣れているというのは本当らしい。
「ところでコック長。眠り姫様はまだまだお眠かい?」
「はい、訓練の疲れでしょう。魔法は脳を酷使しますから」
レイはベッドでぐっすりと眠るティアラに、穏やかな眼差しを向けながら、口元を僅かに緩めた。
昨日一日、ティアラは索敵用の風魔法を徹底的に訓練した。
拷問狂の発言からもティアラが空の悪魔の標的になっている事は明白。
危険をいち早く察知するスキルは必須だ。
理想としては一日中索敵魔法を使っても疲れないだけの魔力を得る事だが、こればかりは一朝一夕にはいかないだろう。
魔法を使うスタミナとも言うべき魔力は使えば使う程強くなる。
逆を言えば、魔法を覚えて三ヶ月余りのティアラがヘトヘトになるのは至極当然。
ユルゲンの魔素濃度はまだまだ薄く、ティアラ自身の魔素を使わないといけないのも、疲労を加速させる要因だろう。
むしろ起きている間、ずっと魔法を発動できたのが奇跡的なのだ。
頑張り屋さんのティアラを心の中で労っていると……
「う~ん……いい匂い……フレンチトーストかしら?」
腹ペコの眠り姫が甘い香りに誘われて、目を覚ました。
「おはよう、ティオ。もうすぐ出来るから顔を洗ってきてくれ」
「……うん……行ってくる」
寝惚け眼のティアラが着崩れた寝巻のまま、ノロノロとした足取りで、玄関先にある井戸へと向かう。
「ティオ……外に出るならこれを羽織っていけ」
「……うん……ふわぁ~~~」
レイはティアラの上着をサッと取り出し、特大の欠伸を漏らす彼女の肩に掛ける。
流石にそのまま外に出ていい恰好ではない。
内心ヒヤヒヤしながら、ティアラの背中を見送った。
「ほう……お前さんにもそういう事を気にする感性はあったか?」
「何ですか?……人を機能不全者みたいに……」
「いや、裸の女の子を無表情で切り刻んだ前科があるからつい……」
「戦闘中の話です」
ニヤニヤと笑うジョニーの言葉に、レイのため息が止まらない。
いったい、いつまでその話を引っ張るつもりだ。
「言っとくが一生引っ張るからな。俺様、あれのせいで寿命が三年は縮んだんだからよぉ~」
「…………」
レイは口を噤み、ケラケラと笑うジョニーから目を逸らした。
ここは戦略的撤退だ。
この話題でレイに勝ち目は無い。
「さて、フレンチトーストもいい感じに焼けたな。ティオさんもそろそろ戻って来るし、さっさと仕上げちまおうや」
「そうですね」
レイは食器に料理を盛り、手際よくテーブルをセッティングする。
今日のメニューはフレンチトースト、肉団子とゴロゴロ野菜のコンソメスープ、夏野菜のサラダ、デザートに良く冷えたジューシーな白桃。
飲み物はティアラが甘いミルクティーで、男二人はストレートティーだ。
「う~ん。今日も美味しそうね。二人共ありがとうね」
「恐悦至極です。女王陛下」
「……ジョニーさん、似合いませんよ」
顔を洗った直後なのに涎で顔を汚したティアラに、ジョニーが気障な仕草で一礼。
そんな彼の態度がなんとも滑稽で、レイは思わず軽口を漏らした。
「では頂きましょう。せっかくの料理が冷めちゃうわ」
「だな……シュターデンも洗い物は後にして、さっさと席に着けよ」
「……了解」
お腹を空かせたティアラと呆れ顔のジョニーが手招きする。
レイは役目を終えた炎要らずの鍋を拭き上げてから着席。
食事前に調理器具を洗うのはいつもの癖だが、こう言われては従うより他無い。
こうして和気あいあいとした空気の中、穏やかな食卓が幕を開けた。
「ジョニーさん。もう一度聞きますが、体調は大丈夫ですか?」
レイは甘く香ばしいフレンチトーストをかじりながら、サラダを口に掻き込むジョニーに問いかけた。
「あぁ、問題ないぜ。そっちの準備はどうだ?」
「こちらも問題ありません」
レイはジョニーの質問に小さく頷いた。
「じゃあ、この後やるの?フルダイブって言うのを?」
ティアラが小さな口でフレンチトーストをもぐもぐと飲み込んだ後、首を傾げて問いかける。
「あぁ。フルダイブしている間は外に意識を向けるのが難しくなるから、ティオには周囲の索敵を頼みたい。何か異変を見つけたらアスと一緒に対処をしてくれるか?」
「うぅ……今日も索敵魔法かぁ……あれって結構神経使うのよね」
レイの頼みにティアラが肩を落とす。
索敵魔法での訓練は、魔力と魔素操作と情報処理を鍛えられる優れた練習方法だが、如何せん術者の疲労が蓄積しやすいのが玉に瑕。
ティアラがげんなりするのも頷ける。
彼女にレーダー魔法……ルミナスで言うところの〈スキャン〉を教えるのは当分先になりそうだ。
尚、今レイがさらりとジョニーの前でアスの名前を出したが、フルダイブ端末を扱う関係上、アスの事は既に紹介済みだ。
「ヨシ!飯食ったら早速準備だ!」
「そうですね。まず皿洗いと部屋の掃除と買い物を済ませて、お昼ご飯の下拵えをしてから……」
「……家事に追われる英雄様ってどうなんよ」
「シュターデン……」
予定を口にするレイに、呆れ顔のジョニーと顔を真っ赤にしたティアラが弱々しい声でツッコミを入れる。
彼女らからしてみれば、自分達が家事無能者である事を突きつけられているようなモノだから、その恥ずかしさもあるのだろう。
こうして弛緩した空気の中、ファラリス救出作戦が幕を上げるのであった。




