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第二百四十話 お姫様の本心

 未明。

 レイが作業を終え、寝息も立てずに深い眠りについた頃。


「なぁ、起きてんだろう?狸寝入りは止めたらどうだ?ティオさん」


 ティアラはジョニーの言葉に肩をビクッと震わせた。


「心配すんな。お前さんが寝たふりしてた事はシュターデンには内緒にしておいてやるよ」


 ジョニーの気の抜けた声に、ティアラはおずおずと目を開いた。


「あの……ジョニーさん……」

「あぁ……別に気にしちゃいねぇよ。俺様の身の上話聞かれた事についちゃ~な」


 暗がりの中、ジョニーが自嘲気味に口元を歪めているようにティアラには見えた。

 自分が勝手に話した事だから気にするな……軽い口調の中に大人の気遣いを感じた。


「ジョニーさん……最低ですよね……アタシって」


 ティアラはポツリと弱音を吐いた。


「はっ?なんでそうなる?」


 ジョニーが心底不思議そうに首を傾げた。


「だって……レ……シュターデンはファラリスちゃんを助けようと必死なのに、ワタシ……」


 本当に最低だ。

 レイはサイボーグのファラリスを治そうと必死だっただけなのに……


「何言ってんだ?裸の女の子をバラバラ死体にして、腹掻っ捌く映像見せられりゃあ、普通はドン引きするだろう?」


 首を傾げたジョニーがため息混じりの呆れた口調で返した。


「でもそれは拷問狂を倒して、ファラリスちゃんを助ける為に必要な事で……」


 そう……レイは必要な事をやろうとしていただけなのに、自分はそれを責めた。

 頭では分かっている。

 でも、少女の身体を切り刻んで眉一つ動かさないレイが……怖かった。


「はぁ~、お姫様はなんにも分かっちゃいねえな」

「はい……シュターデンはあんなに一生懸命なのに」

「違げぇよ~。分かってねぇのはお前さんの本心についてだ」

「ワタシの……本心?」


 ティアラは疑問で目を大きく見開いた。

 ジョニーの言葉の矢が自分の思っていた斜め上の方から飛んできたからだ。


「なぁ~お姫様?お前さん、シュターデンに惚れてんだろ?」

「ハッ!何を!」

「ハハァッ……図星か。若いねぇ、この程度のカマかけに引っ掛かるなんてよぉ~」


 頬が熱い。

 ジョニーにケラケラと笑われて、顔にカァーッと血が上る。

 この()()()()はこちらをからかって楽しんでいるのだろうか?


 ティアラはムッとジョニーを睨み付けた。


「あぁ、悪りぃ悪りぃ。別に馬鹿にしてるわけじゃねぇ。お前さんの立場からすれば、自分の気持ちに正直になれないのも、シュターデンの想いに応えられないのも当然だ」

「何の話ですか!」

「まぁ、聞け。それから声のボリューム落とせ。シュターデンが起きちまうぞ」


 ジョニーの警告にティアラはハッとした表情でレイの方に視線をやる。

 壁にもたれ掛かり、腕を組み、ピクリとも動かない。

 完全に横にならないのは、敵襲に備えてだろう。

 寝ている時でもレイはワタシ達を守ろうとしてくれている。

 なのに自分は……


「お前さんさぁ~。もしかしてシュターデンが正義感や義侠心でグリセリアを助けていると思ってねぇか?」

「違うんですか?」

「んなわけねぇだろ。男って生き物が女を助ける時は決まって下心がある時だ。男ってヤツはなぁ~、下半身には逆らえねぇんだよ」

「それ……乙女に対して言っていい言葉ですか?」

「乙女かどうかは知らん。だが、お前さんには必要な知識だ」


 ケラケラと笑うジョニーに、ティアラは頬を膨らませた。

 なんか子供扱いされているみたいで腹立たしい。


「ったく、これだから夢見がちなお嬢ちゃんは……いいか、シュターデンはお前さんに惚れている。これは大前提だ。本当はこんな事外野が言うべきじゃねぇんだろうが、お前さん達見ているとどうにももどかしくてな……俺様と嫁さんみたいにもっと単純で分かりやすかったならなぁ~」

「ジョニーさんと奥様ですか?」

「あぁ~、俺様が嫁さんに惚れて、必死に頭下げて頼み込んでようやく結婚。恥も外聞も捨てて、ありとあらゆる手を使ったもんだ。完全に俺様の粘り勝ちだったなぁ~」


 ジョニーが懐かしそうに目を細める。

 いつもの気障な二枚目半はそこにはいない。

 たった一つの大事なモノを思い、それを失った悲しみを押し殺す男の切ない表情がそこにはあった。

 こちらまで胸が締め付けられるようで、とても苦しい。


「悪りぃ。柄にもねぇ事口走っちまったな」

「いえ……」


 ジョニーがこちらに視線を向け、一瞬眉をへの字にした後、いつもの気障な笑みを浮かべる。

 こちらの心境を察し、強がっているのが丸分かりだ。

 ティアラもジョニーに心配かけまいと、無理矢理笑ってみせた。


「いい子だな。お姫様にしておくには勿体ねぇ」

「どういう意味ですか?」

「そのまんまの意味だ。王様なんて善い奴に務まるハズがねぇ」


 ティアラが頬を膨らませる中、ジョニーがカラカラと笑う。

 きっと彼の言う通り、自分は為政者としての適性は無いのだろう。

 分かってはいたが、正面切って言われると辛い。


「なぁ、ティオさん。お前さん、王族辞めようとは思わないのか?」

「えっ!そんな事……」


 ティアラはこれ以上開かないという程、大きく目を見開いた。

 頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。


 王族を辞めるなんてできるはずがない。

 王族に生まれた以上、自分には王族としての責任がある。

 考えた事が無いわけではないが、あくまでも夢想としてだ。


 もし……それが叶うなら……


「俺様の故郷デスペアは軍事クーデターで興った国でな。まぁ、クーデターって言っても圧制を強いる国王に軍部を始めとした市民が奮起したって感じなんだけどな。クソ国王がどうなったかは知ってるよな?」

「はい……広場で磔にされた上、銃による公開処刑だったとか」

「そうだ」


 ティアラの気持ちがますます沈んだ。

 自分も国民を蔑ろにしたり、政策に失敗すれば、デスペアの国王みたいに市民に石を投げられ処刑されるのだろうか?


「この国の女王陛下は善良だ。国民の王族に対する好感度も高いし、そうそう断頭台行きは無いだろう。だが、王族を辞めるとなると逆にハードルが高いわな」

「あの~……なんでさっきから女王を辞める前提で話をしているのですか?」


 ティアラはキッとジョニーを睨み付けた。

 何も分かっていない勝手気ままな平民に怒りを覚えた。

 彼は王族の重責とか生まれ持った義務とか、そういう(しがらみ)について何一つ分かっていない。


「何故って?お前さんが王族を辞めたがってるからだろ?」


 ジョニーが呆れ果てた口調で吐き捨てた。

 ティアラはその言葉にハッとした。

 彼の言葉が……真理に思えた。


「お前さん……もう少し自分の気持ちに素直になったらどうだ?お前さんがなんでファラリスを切り刻んだシュターデンにへそを曲げたか当ててやろうか?お前さんはシュターデンが冷酷な人間だから怒ったんじゃねぇ。シュターデンが()に反応しなかったから不安だったんだ」

「…………」


 ティアラの思考が凍り付いた。

 ジョニーの言葉が異次元の言語に思えた。


「お前さんは心の奥底でこう思った。自分が女として挑んだ時、彼は自分を受け入れてくれるだろうか?……てな」

「ちが……」


 脳が理解を拒んだ。

 こんなの……何も知らない男の勝手な妄想。

 ワタシはそんな事思っていない……ワタシは……ワタシは……


「そこまでだ」


 不意に聞き慣れたレイの声がティアラの耳に届いた。

 いつもならこの平坦な声を聞くと安心するはずなのに……

 今は彼の顔を見るのが怖くて……顔を上げられなかった。


「ジョニーさん。ティオに何を吹き込んだか知りませんが、彼女が困っている。それ以上彼女に何か言うようなら、それ相応の対応をさせて頂きます」


 レイの声はいつもの淡々としたモノのようにも聞こえるが、実際には強烈な怒りを孕んでいた。

 ティアラはこんなに激怒したレイを知らない。

 顔を上げるのが怖い。

 彼の表情が見れない。


 きっと今のレイの顔を見たら……泣いてしまう。


「シュターデン……その腕降ろしてくれねぇか。もうこれ以上余計な事言わねぇからよ」


 ジョニーが怯えた口調でレイを宥める。

 きっと今のジョニーは滝のように汗を流しているだろう。


「ティアラ。ジョニーさんに何を言われた。場合によっては」


 レイはジョニーへの詰問を止め、優しい口調でティアラに問いかけた。

 だが、その声にはジョニーに対する底冷えするような怒りが込められていた。


「落ち着いて、何でもないから」

「何でもないはずが無いだろう!もし、何か君に危害を加えようとしていたのなら……」


 ティアラは心底戸惑っていた。

 冷静さを失ったレイが、ティアラの前で声を荒げたからだ。


「おい、待て待て。俺様みたいな死にぞこないが、グリセリア最強の女王陛下をどうこうできるわけねぇだろ?」

「だが、精神的に揺さぶる事はできる!誰に頼まれた?ノイマンか?それともどこぞの貴族か?」

「おいおい、言ってる事が滅茶苦茶だ!ちったぁ冷静になれ!ただの人生相談だ!」


 レイに釣られて、ジョニーも声を荒げた。

 ジョニーからすれば、いきなり大魔法使いシュターデンに謂れの無い嫌疑をかけられたのだから必死にもなるだろう。

 部屋を混沌とした空気が支配する。

 息が詰まる……下手な事を口にすれば、レイが即座に暴発しそうで……それが堪らなく怖い。


(マスターレイ。落ち着いて下さい。私は会話の全てを聞いていましたが、ティアラ様とジョニーの間になんら後ろ暗い点はありません)


 アスの平坦な声がティアラと……おそらくレイの脳内にも響いた。

 ティアラは遅すぎる救援に思わず息を吐いた。


(アス、ジョニーがティアラに何を言ったか再生し……)

(ダメェエエエエエエエエエエエエエ!)


 ティアラは全力で絶叫した。

 声を出さなかった自分を褒めてあげたい。

 あんな会話、レイに聞かれたら生きていけない。


(マスターレイ。ティアラ様とジョニーの会話は、女性に関する極めてデリケートな話です。例えマスター権限を行使されても私の口からお話しする事はできません)

(……そうか。すまない、ティアラ。どうやら自分の配慮が足りなかったようだ)


 レイが赤面した顔をティアラから背ける。

 アッ!……これって、絶対に恥ずかしい誤解してる。

 ティアラもレイに釣られて、顔が熱くなった。


「……なんか知らねぇけど、俺様一命を取り止めたようだな」


 ティアラとレイの間に気まずい静寂が流れる。

 妙な空気になる中、蒼い顔をしたジョニーの呟きだけが狭い部屋にポツリと響いた。

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