第二百三十九話 大人の助言
深夜。
厚い雲に月も星も覆い隠された闇夜。
狭く薄汚れた部屋にはベッドで横たわるジョニーと、部屋の隅で体操座りになり小さな寝息を立てるティアラ。
静まり返る部屋の中、レイはパイロットスーツの暗視装置を使って、夜通しファラリスの修理を行っていた。
(アス、拷問狂の記憶データの残滓は?)
(本体、右腕、両足からの除去を確認。ただし左手に関してはファラリスの記憶を消す恐れがある為、フルダイブでの除去以外は困難)
(そうか。そっちはジョニーさんが目覚めてからだな)
レイはアスの作業が順調に進んでいる事を確認し、再び作業に戻った。
ファラリスの全身をスキャンし直し、構造を完全に把握。
ナノマシンを使った修理キットで配線と人工筋肉を接合。
人工皮膚の下地となっているギラニウム装甲の溶着。
人工皮膚の修理……この部分は傷が残るとファラリスの見た目に関わるので特に丁寧に…………
…………
……………………
「よぉ、いい加減寝たらどうだ?」
作業に没頭するレイの耳が、弱々しい男の声を拾う。
そちらに目を向けると、青い顔色のジョニーが上体を起こしていた。
「ジョニーさん。まだ寝ていて下さい。あなたは重症なんです」
「知ってる。ファラリスが助けてくれなかったら死んでただろうな」
レイは呆気に取られた。
苦々しく笑ったジョニーが言っている意味が理解できなかった。
「ははぁ……何を言っているのか分からねぇってツラだな。大魔法使い様にも分からない事があるんだな」
「茶化さないで下さい」
「悪りぃ。こういう冗談は嫌いか?」
「冗談を言っている状況ではありませんので」
ジョニーが額に脂汗を浮かべながら、ニヒルに笑う。
彼の傷は左わき腹を刺されて背中まで貫通していた。
医療用ナノマシンが効いているとはいえ、本来なら身動き一つ取れないほどの激痛のはず。
レイは彼が何故そこまでして自分に話しかけたのか、理解に苦しんだ。
「シュターデン。ティオさんって……女王陛下なのか?」
「…………」
レイは黙秘を貫いた。
それが答えになるとしても……
「すまない、忘れてくれ。これは本筋じゃなかっ……うぅ」
ジョニーが呻き声を漏らしながら頭を下げた。
「食欲はありますか?痛み止めを使いたいので何か食べて欲しいのですが?」
ジョニーは手で脇腹を抑え、痛みを堪えながら二度小さく頷いた。
食欲自体はあるようだ。
「簡単なモノを作ります……ミルク粥でいいですか?」
「あぁ……助かる……」
レイは空間圧縮バッグから炎要らずの鍋と干し飯とミルクと固形鶏がらスープを取り出し煮込む。
クツクツとお米が煮える音と甘い香りが小汚い部屋を埋め尽くす。
「一人で食べられますか?」
「あぁ……問題ねぇ……」
レイがミルク粥の入った器とスプーンを手渡すと、ジョニーはそれをベッドの上に置き、スプーンでゆっくりとついばむように口に運んだ。
「ったく……せっかく看病して貰ってるのに、相手が野郎じゃ興ざめだな……どうせなら、カワイイ女の子に粥をふぅふぅして貰いたいもんだぜ……」
「それだけ減らず口が利ければ大丈夫そうですね」
「ふぅ~、ふぅ~……あっちぃ!……ふぅ~……味は悪くねぇな」
「お口にあったようで何よりです」
レイは思わず口元を緩めた。
悪態をつくジョニーが重傷者とは思えない程元気だったからだ。
「ところでシュターデン。ティオさんと酷くやり合っていたが、何が原因だ?お兄さんに話してみろよ」
「……聞いていたのですか?」
「いんや。ぼんやりとしか聞こえなかったが、喧嘩しているのだけは分かった」
「そう……ですか」
粥を食べ終えて、痛み止めを飲んだジョニーが、レイに問いかけた。
彼の表情は悩める若人の声に真剣に耳を傾ける年長者のそれだった。
まぁ、自称お兄さんについてはツッコまないのが吉だろう。
レイは視線を天井の方に向け、状況を上手く説明する言葉を探した。
「簡単に言えば、裸の女の子の手足を切り落として、腹を掻っ捌く自分は最低だそうです」
「……確かに最低だな。お前さん、いっつもそんな調子でティオさんと会話してるのか?」
「はい。基本的に自分からは必要な事しか話しませんので」
「……なるほど。ティオさんみたいな甘ちゃんが怒りそうだな」
淡々と語るレイに、ジョニーが呆れ顔でため息混じりに声を漏らした。
自分よりもティアラの事を分かっていると言いたげな口ぶりが少しイラっとする。
「あのなぁ~。お前さん、今まで自分が何を考え、何を感じたかを、自分からティオさんに話した事があるか?」
「いえ……あまり」
「だろうな」
そういう私的な感情を話したのは、ティアラがファラリスの監視を買って出た時に、へそを曲げた時くらいだ。
ドヤ顔で肩を竦めるジョニーに図星を突かれたみたいで、妙にイラついた。
「いいか?女ってヤツは身勝手な生き物でよぉ~。自分は察して欲しい癖に、こっちが隠し事をしたり、本心を言わなかったりすると烈火の如く怒り狂うんだ。ちょうど今のお前さんとティオさんみたいにな」
ジョニーの言葉には、色々と思い当たる節があった。
ティアラが怒る時は決まって自分が隠し事をしている時だ。
「お前さんは救国の英雄だ。きっとお前さんに表立って文句を言える人間は、この国にはいねぇだろう。でも逆にお前さんの悩みに答えてくれる人間もいねぇ。ティオさんはお前さんの力になりたい。なのにお前さんがそれを拒絶するからへそを曲げちまってんだよ」
「……なんでそんなことが分かるんですか?」
レイの心は酷くざわついていた。
ティアラに会ったばかりのジョニーが分かるような事が、自分には分からない。
その事が無性に腹立たしかった。
「人生経験と勘だ」
「いい加減ですね」
「そうか?じゃあこう言えばいいか?妻と娘を守れなかった無力な男の戯言だ」
「……すみません」
「…………いや、こっちこそ悪かった。今のは意地悪な言い方だったな」
覆水盆に返らず……レイは自分の吐き捨てた言葉を後悔した。
人にはそれぞれ歴史があるのだ。
レイのような若造には分からない人生の重みを背負った人間はごまんといる。
ジョニーは故郷を空の悪魔に滅ぼされた。
当然、家族や親しい人達が殺されていてもおかしくない。
自分は空の悪魔と戦える唯一の人間であることに驕り、人としての優しさや配慮に欠けていたのかもしれない。
ティアラに最低と言われた理由がなんとなく分かった気がした。
「そんな顔しなさんな。確かに妻と娘の事はまだ吹っ切れちゃいねぇ。だが、別にお前さんを責めたくてこんな話をしたわけじゃねぇ」
ジョニーは気障な笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。
「俺様はな……お前さんに会えて良かったと思っている。お前さんは俺様なんかと違って、空の悪魔というどうしようもない運命を捻じ曲げる力がある。もしかしたら、俺様はこうしてお前さんに説教する為に妻と娘が生かしてくれたんじゃないだろうか?お前さんの存在が、今も生き恥を晒す俺様自身に生きる意味を与えてくれる。そんな気がしたんだ」
満足気に呟いたジョニーの視線が、レイからようやく五体全てが繋がったファラリスに移った。
「シュターデン。もう《《治療》》は終わったか?」
「……はい」
「そうかい……じゃあ、《《コイツ》》をファラリスにかけてやってくれ。流石にそんな姿で床に寝られたんじゃ目のやり場に困る」
ジョニーがそわそわと寄越した毛布を受け取る。
レイが毛布をファラリスに被せると同時に、ジョニーが再び言葉を紡いだ。
「なぁ、シュターデン。ファラリスは空の悪魔なんだよな?」
「はい」
「空の悪魔ってのはみんなそんな鉄の身体なのか?」
「いえ、ごく一部です。これはサイボーグといって、身体を機械的に改造された人間です」
「つまり……ファラリスはもう大人になれねぇのか……」
「……はい」
ジョニーはファラリスの顔を愛おしげに……そしてとても悲しげに見つめた。
「俺様……ファラリスにヒデェ事言っちまった。早くデカくなれって……」
「…………」
レイは返す言葉が思いつかなかった。
目元を抑えて表情を隠すジョニーからは後悔と懺悔の声。
「ファラリスのヤツ……俺様がガキ扱いしたら、子供扱いしないでってポカポカ叩いてきてさ……それが娘にそっくりでな…………俺様は多分……ファラリスに救われてた。なのに……」
ジョニーが嗚咽混じりの震えた声で言葉を紡いだ。
「さっきだってそうだ!コイツは悪魔から俺様達を守る為に、必死で戦った!俺様が今生きているのも、コイツが悪魔に抵抗したおかげで、急所を外したからだ!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたジョニーがレイの両肩を掴む。
「なぁ、シュターデン!どうやったらファラリスを救える?どうやったらファラリスを悪魔から解放できる?俺様、ファラリスの為ならなんだって……」
ジョニーはレイに縋りつき泣き崩れた。
レイは彼の肩に手を置き呟いた。
「まずは休んでください。あなたにもファラリスにも休息が必要です」
「……あぁ」
レイの言葉にジョニーが小さく頷いた。
「体力が回復したら、一緒にファラリスを迎えに行きましょう。彼女はまだこの中で眠っています」
「あぁ!」
ジョニーは強く頷いた。
レイは彼の中に父親の強さと想いを見た。




