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第二百三十八話 優しい姫と優しくない騎士

「アス、手足の修理、結合は可能か?」


 レイは拷問狂に切り落とされた少女の左腕を拾い上げ、ポツリと呟いた。


『実行可能』


 アスの平坦な機械音声が淡々と答えた。


「レイ?何をするつもりなの?」


 ティアラが真っ青な顔で問いかけた。

 その声色は不安に満ちていた。

 レイはティアラに目を向けることなく、ファラリスの手足を集めながらポツリと呟く。


「アス、左腕の情報からファラリスの記憶情報の修復は可能か?」

『実行可能。ただし、大部分のメモリーが欠損されていると予想される為、現状では完全な修復は困難。また、そのまま修復した場合、拷問狂の部分まで修復される可能性あり』

「回避法は?」

『外部記録による情報補完と、ファラリスの記憶領域へのフルダイブによる情報サルベージ。補完用の外部記録にはティアラ様のネックレスの記録を使用。フルダイブ要員には拷問狂のデータを駆除できるマスターレイと、ファラリスを良く知るジョニーが適任と判断』


 アスの説明にレイは眉をひそめた。

 ジョニーには医療用ナノマシンを投与しているから、命に別状はないが数日は動けないだろう。


「ねぇ、そのフルダイブってワタシにはできないの?」


 ティアラがおずおずとアスに問いかけた。

 彼女はファラリスを妹のようにかわいがっていた。

 胸の中はファラリスへの心配でいっぱいなのだ。


『フルダイブは精神に危険が及ぶ行為。マスターレイのように訓練を受けている人間でも引率が可能なのは一人まで。ティアラ様の記憶データはネックレスの記録で補完可能な為、危険を冒してまでフルダイブを決行するメリットはほぼ皆無です』

「……そう」


 ティアラは悔しそうに唇を噛んだ。

 カワイイ妹分の危機に何もできず、結果を待つだけの自分が歯痒いのだろう。

 自分も彼女と同じ立場なら、きっと悔しかったと思う。


「ティアラ。ファラリスは必ず連れ戻す。だから心配せずに待っていてくれ」


 レイはティアラの頭をそっと撫で、いつもの平坦な声でささやいた。


「……うん、分かった」


 ティアラが弱々しく頷いた。

 納得はしていないが、状況を無理やり飲み込んでくれた。



 その後、レイ達はファラリスの身体と切り飛ばされた手足……ついでに気絶したジョニーを回収して、目の前のジョニーの家で一晩を明かす事にした。

 こんな大立ち回りを繰り広げても、野次馬の一人も来ないのは、この辺の治安が最悪だからだろう。

 人間誰しも、厄介事は御免だ。


 建付けの悪い扉をくぐり家の中に入れば、そこは一人身の男に似つかわしい小汚い部屋だった。

 レイはまず、ジョニーをしわだらけのベッドに寝かせ、裸でバラバラになったファラリスを床にそっと置いた。


「ねぇ、これからどうするの?」


 少女のバラバラ殺人現場のような異様な光景に、ティアラが顔面蒼白になりながら問いかけた。

 切断されたファラリスの手足からは複雑で無機質な配線が剥き出しになっている。


「まずはもう一度、ファラリスの左手以外に拷問狂の記憶データが残っていないか確認し、残っていれば除去する。それから各部位の破損状況を確認し、修理した後に両手足を結合。最後にファラリスの記憶領域にフルダイブし、データを修復し、再起動する」


 レイは裸のファラリスの腹を開き、破損状況を確認しながら淡々と説明した。

 すると不意に、作業中のレイの視界に険しい表情のティアラが割って入る。


「ねぇ、レイ!服くらい着せてあげたら!裸のままじゃ可哀そうよ!」

「何故だ?服なんか着せたら作業の邪魔だろう?」


 ティアラの怒声にレイは首を傾げた。

 いくら常在戦場のレイでも、女性の裸を見るのが()()()()失礼な行為だというくらいは分かっている。

 だから危険が及ばない範囲では、ティアラを魔法で覗き見したりはしない。


 だが、目の前にいる()()はサイボーグだ。

 サイボーグのメンテナンスに裸がどうのというのか、的外れに思えてならない。


「何故って……もう!そういうところよ!デリカシーが全然無い!だいたい作業って何よ!ファラリスちゃんを物みたいに!」

「別にそういう意図は無い。医療行為の時に女性の裸を見て、(よこしま)な感情を抱く医者がいないのと同じだ」


 感情的になるティアラを、レイはあくまでも淡々と諭した。

 こういう時にこちらが感情的になってヒートアップするのは火に油だ。


 だが、この回答はティアラにとって、またしてもゼロ点だったようだ。

 怒りで顔を真っ赤にしたティアラがアメジストの紫瞳を吊り上げながらレイに詰め寄る。


「信じられない!レイってそんなに冷たい人だったの?」

「自分は最初からこうだ」

「……もういい!レイの馬鹿!」


 ティアラが罵声を吐きながら、ズカズカとレイから最も遠い部屋の角に行き、体操座りで恨めしそうな視線を投げる。


「ティアラ。寝るなら掛布団くらい被った方がいいぞ。夏場でも夜中はそれなりに冷える」

「…………最低」


 レイの忠告通り、ティアラは部屋の隅に転がっていた薄手の布を引っ掴み、それを被ってふて寝した。


「………………はぁ~」


 レイはファラリスの記憶情報をもう一度精査しながら、誰にも聞こえない小さなため息を吐いた。


 感受性の強さはティアラの魅力の一つではあるが、時々こうやって感情に振り回されて、癇癪を起こすのは困りものだ。


 今は非常時……この作戦には一人の()()の命と記憶が掛かっている。

 つまらない感傷や同情で作業を遅らせるわけにはいかないのだ。

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