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第二百三十二話 夕暮れの再会

 時はレイがエカチェリーナと舌戦を繰り広げている頃。

 スッキリしない薄曇りの空を夕日が薄紫に染めるユルゲンの繁華街。

 今日も今日とて、ティアラはファラリスと仲良く手を繋ぎ観光を楽しんでいた。


「ファラリスちゃん。今日は何が食べたい?」

「う~ん……ハンバーグ!」

「ハハァ、ファラリスちゃんはホントにハンバーグが好きね。昨日もハンバーグだったでしょう?」

「うん!だって美味しいもん!」

「そう。じゃあ一緒に美味しいハンバーグ屋さん探しましょう」

「うん!」


 和気あいあいとレストランを物色する二人。

 どこからどう見ても仲のいい姉妹だ。

 花柄にフリルがあしらわれた涼し気なサマードレスをひらひらと揺らすファラリスの顔には屈託の無い笑み。

 ティアラの心がポカポカと温かくなり、頬がだらしなく緩む。


「よぉ、お嬢ちゃん達。ちょっといいかい?」


 不意にティアラの背中を聞き覚えの無い男の濁声が叩く。

 振り返るとそこには小汚い恰好をした浮浪者のような男達が五人。


「ファラリスちゃん……」


 ティアラはファラリスの手をギュッと握って、その場から逃げ出そうとしたが時既に遅し。

 五人のゴロツキ達はティアラ達を取り囲み、逃げる隙間が無い。

 怯えるファラリスがこちらを見上げる。

 ギュッと強く握り返された震える手のひらが痛い。


「あぁ~、ゴメンゴメン。驚かせちまったな。俺らは今までエクスト社で仕事してたんだが、この不況でクビになっちまってな。不当解雇ってヤツさ……そこでさぁ~、綺麗な服を着たお金持ちのお嬢ちゃんに恵んで欲しくてよぉ~」

「ちょっとでいいんだ。今、手元にある有り金全部。それから可愛いお洋服も追加してくれると助かる」

「家にはお腹を空かせたガキ共がいるんだ。人助けと思って……なぁ!」


 男達は下卑た笑いを浮かべ、汚らしい手をファラリスに伸ばす。


「ちょっと!やめなさいよ!」


 ティアラは男とファラリスの間に割って入り、その汚い手を叩き落とす。


「おぉ!気が強いお姉ちゃんだな。調教のし甲斐があるってもんだぜ」

「おいおい、ヤッちまうのか?こんな早い時間に?」

「なぁに、構やしねぇよ。どうせみんな逃げちまってるし」


 卑劣な男達の高笑いが、繁華街の大通りを支配する。

 ティアラは自分の迂闊さに歯噛みした。


 今は夕暮れ時。

 治安の悪いユルゲンでこんなバカが湧くのは火を見るよりも明らかなのに……

 ファラリスと遊んでばかりいたから、腑抜けてしまったのだろうか?

 自身の危機感の欠如にティアラは忸怩たる想いだった。


「おいおい、お天道様もまだ沈み切っていないのに大通りで婦女暴行か?腐り切ってんなぁ~、この街はよぉ」


 焦りで思考停止するティアラの視線の先……悪漢から見て背中側から如何にも気障な男の声。

 悪漢の陰に隠れてはっきりと顔は見えないが、夏場なのにテンガロンハットとトレンチコートという奇妙な風体。

 どうやら男はティアラ達を助けようとしているようだ。


「なんだ?テメェは?」

「あぁ、俺様か?俺様はジョニー。流れ者のジョニーだ」


 テンガロンハットの男……ジョニーは懐に手を忍ばせ、L字状の金属でできた何かを取り出し、その長い方の先っぽを悪漢の方へと向ける。


「なんだ?そのおもちゃは?」

「……はぁ~、これだから馬鹿相手は嫌だ」


 怪訝そうにボヤく悪漢に、ジョニーがため息を一つ。


「……銃?」


 ティアラは目を丸くして呟いた。

 レイに兵器の勉強で習った事がある。

 遠くの相手を攻撃する為の射撃武器。


「ほう?そっちのお嬢ちゃんは御存知か。身なりが良いと思ったら、教養もあるみたいだ。そう、コイツは銃。こんな事ができちまう」


 ジョニーが銃口を少し下にずらし、引き金を引く。


 刹那、パァーン!という破裂音と共に悪漢の足元の地面に小さな穴が空く。


「ひぃ!」

「なっ!なんだ!今のは!」


 未知の攻撃に悪漢達の顔から血の気が失せる。


「次はテメェらの眉間を狙う。死にたくなければさっさと失せな」


 ジョニーが剃刀のような鋭い眼光で言い放つ。


「……チキショ~~~ッ!憶えてやがれ~~~!」

「ちょっ!兄貴ぃ~~~~~い!待ってくれよ~~~~~!」


 蒼い顔をした負け犬共が這う這うの体で逃げ出す。

 ジョニーの言葉が文字通り殺し文句になったのか……完全に心を折られていた。


「ふぅ~、一発(たま)を無駄にしちまったぜ」


 ジョニーが銃口に息を吹きかけ、クルクルと銃を回しながら懐に仕舞う。

 ティアラはその芝居がかった気障な仕草に目を丸くした。

 この人は多分レイが言っていたノイマン会の用心棒。

 このユルゲンには十万人以上の人がいるというのに、世の中は意外に狭いものだ。


「おじちゃん?」

「誰がおじちゃんだぁ~!こんな色男捕まえ……て……」


 ティアラが驚きで呆ける中、隣のファラリスが琥珀色の瞳をじんわりと潤ませ呟く。

 ジョニーはテンガロンハットを目深にかぶり直し、うんざりした調子で自分をおじさん呼ばわりした少女に目を向けたのだが……


「おチビちゃん……なのか?」


 琥珀色の瞳と目が合った瞬間、ジョニーの表情が凍り付いた。


「チビじゃないよ!おじちゃん!」


 ジョニーの震える声に、ファラリスがご機嫌斜めに頬をプクっと膨らませた。


「コラ、チビ……どこほっつき歩いてたんだ……心配掛けやがって……」


 ジョニーが地面に両膝をつき、ファラリスをギュッと抱きしめる。

 先ほどまでの震え声に嗚咽が混じる。


「おじちゃん、苦しい……お髭痛いよ……」


 ファラリスが憎まれ口を叩きながら、潤んだ瞳を細め、ギュッとジョニーの背中に手を回す。


 ティアラは思った。

 この人ならきっと、ファラリスの心を救ってくれると……

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