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第二百二十八話 農業は貿易都市を救う

 レイ達がユルゲンに入って四日目昼。

 相変わらずのどんよりとした空模様の中、レイはユルゲンの郊外に位置する広大な原っぱに仁王立ちしていた。


「クオン殿……これはいったい?」


 レイに震える声で問いかけるのは、厳つい顔をひきつらせたヒョードルだった。

 彼()の眼前には大量の土を荷台に乗せたダンプカー。

 レイが空の悪魔から奪った車両を改造した物だ。


「あわわわわ……鉄の車が……あわわわわ……」


 この場にはレイとヒョードルともう一人、腰を抜かしたパトリックがいた。

 尤もパトリックの名誉のために言えば、彼の反応はごく真っ当なモノだ。

 何故なら、ダンプカーの運転席には誰もいないのだから……


「これは農林省の役人としての仕事です。AI制御の自動操縦で王都から運んできた土の精霊入りの土です」


 ダンプカーにはそれぞれAI制御装置を取り付けて、それをアスに制御させている。

 アスはレイの時代でも最高水準の性能を誇るAS03シリーズが、経験を積むことで進化を遂げた宇宙艦隊最高峰のAI。

 ダンプカーを数十台同時に操作するなど造作も無い。


 だがこの光景を当たり前と思うのはレイだけだった。

 きっとこれを見せられれば、ティアラを含むルミナス人は漏れなく卒倒することだろう。

 レイ自身がその事に思い至ったのは、正体を失った二人を見てからで、鉄面皮を維持しているが、内心では二人が尻込みしないかとヒヤヒヤしていた。


「おいおい!この俺を昼間に呼び出したバカをぶん殴ってやろうと思ったら、バカがバカみたいな光景を生み出してやがる!」


 イライラと白髪混じりの長い黒髪を掻きむしりながら、がなり声を上げて登場したのはノイマンだった。

 彼の後ろには手下と思われる屈強な男達が百人以上。


「ノイマンさん。待っていました。そちらがご協力いただける農夫の方々ですか?」

「アァッ!農夫じゃねぇよ!俺の部下だ!テメェの目は節穴か!」


 レイの惚けた反応にノイマンが青筋を立てる。

 勿論こちらだって、そんな事は分かっている。

 ただ、場の空気を少しでも和ませる為に、慣れない冗談を言っただけだ。


 その甲斐あって、ヒョードルとパトリックも少し調子を取り戻したようだ。

 こういう場面でも動じないノイマンの胆力がありがたい。


「はぁ~……まぁいい。昨日の説明だと、魔素……だったか?魔法を使う素になる物質を生み出すのに一番手っ取り早いのが、魔素を含んだ植物の栽培だって?」

「はい。魔素は勝手に増殖しますが、それを空気中に放出するには別の力が必要になります。植物の光合成や生物の呼吸で魔素は拡大しますが、生物は魔素を消費しますので、植物の光合成に頼るのが一番効率的です」

「何言ってんのか、さっぱり分かんねぇよ!馬鹿が!」


 ノイマンの問いに嬉々として答えるレイだったが、返って来たのは理不尽な罵声だった。

 質問に答えただけなのに解せない。

 レイが思わず首を傾げていると……


「俺が聞きてぇのはそんなこっちゃねぇんだよ!その土で農業すれば、エクスト社のクソ共をギャフンと言わせられるのかって聞いてんだよ!」

「あぁ……そういう事ですか?それでしたら問題ありません。まず、この土は植物を通常の十倍以上の速度で生育させます。大量の農作物があれば、物価も安定させられますし、雇用だって創出できる。そうすればエクスト社に経済的な打撃を与えられます」


 やっとまともな説明を始めたレイに、ノイマン達がうんうんと頷く。

 レイは全員の耳がこっちに傾いた事に満足しながら、言葉を続ける。


「次に魔素は魔法の燃料です。魔法の威力については国葬に参列したノイマンさんならお分かりでしょう?」

「あぁ」


 レイの問いにノイマンが小さく頷く。


「当然、エクスト社が空の悪魔と繋がっているのなら、妨害に来るでしょう。そこを叩けば問題解決ですし、もし妨害が無いならそのまま力を蓄えつつ、エクスト社を経済的に追い詰めればいい」

「えげつねぇな……その徹底ぶり……」

「そもそも空の悪魔が関与しているというのは、憶測の域を出ていません。勿論ノイマンさんの調査を疑うわけではありませんが、物資がどこかに流れているというだけではどうにも……」

「そりゃそうだわな……ワイマールを殺したのはエクスト社で間違いないが、そこに空の悪魔が関わっているっていう決定的な証拠はねぇもんな」


 ノイマンが困った顔で乱暴に頭を掻く。

 彼自身、従兄弟の死も相まって結論を焦り過ぎた部分があったのだろう。


「思えばノイマン様らしくないミスですね。普段ならもう少し熟考なさいますのに」

「うるせぇぞ、パトリック!テメェだって、代官がワイマールを殺したって勝手に慌てふためていただろうがよぉ!」

「それは……」


 パトリックはバツが悪そうにヒョードルに視線をやる。

 どうやら老執事も確たる証拠も無しにヒョードルを疑っていたようだ。


「その点に関しては、私も謝らねばなりませんね。私もこの街の惨状と私を監視するパトリックさんを見て、勝手にワイマール前領主を疑っておりました」

「そんな!わたくしの方こそ、申し訳ありませんでした!証拠も無しに疑うなど!」


 ヒョードルとパトリックがお互いに頭を下げ合う。

 どうやら、二人の関係は無事改善されたようだ。


 だが……


「どうした?クソが出ねぇで腹痛(はらいた)起こしたみてぇなツラしてよ?」


 どんよりとした空を睨みながら、三人の会話を整理していたレイに、ノイマンが茶化すように問いかける。


「……いえ、なんでもありません。それより土も降ろし終えましたし、農作業を始めましょう。今日中に種蒔きまで終わらせないといけませんので」

「おいおい!この土を今日中にか?正気の沙汰じゃねぇな」

「正気で魔法使いはやってられませんので」


 顔を思い切り引きつらせたノイマンに、レイは軽口で返した。

 今、頭の中を過った()()()推測を、一旦保留にする形で……

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