第十九話 ハンターギルドにて
レイは大きなため息を吐いた。
「おい、兄ちゃん!俺に楯突いてタダで済むと思ってんのか⁉あぁっ‼」
所はハンターギルド。レイは絶賛ゴロツキに絡まれていた。
時は一時間程前に遡る。
「ここがグランツのハンターギルドか……意外と小っちゃいんだね」
西部劇の酒場として出てきそうな木造二階建ての前で、トワが少しがっかりした様な声を漏らす。
その言葉に周囲の大人達の視線が集まる。
あまり好意的な反応ではない。
子供らしい率直な感想ではあるのだが、自分達が馬鹿にされた様であまりいい気はしないのだろう。
レイはヒヤヒヤとした気分で様子見する。
宇宙艦隊にいた頃のクレーム対応を思い出して胃が痛くなる思いだ。
軽い調子でギルドの扉をくぐるトワ。
レイはその後ろをそそくさとついて行く。
彼が無表情の裏側で「どうかトラブルだけは起きませんように」と心の中で念仏の様に唱えている事を誰も知らない。
彼は強大な敵よりも民間人のクレーマーを恐れるタイプなのだ。
そんなレイの心境など知る由もなく、トワはいつもの明るい調子でこのギルドのマスターと思しき厳つい男に声を掛ける。
「ねぇ、おじさん。ハンター登録と魔石の買取りをお願いしたいんだけど」
ニコリと笑うトワ。
「……帰んな。ここはガキの遊び場じゃねぇんだ」
取り付く島も無い。
無愛想いにしっしっと追い払おうとするマスター。
「ちょっと!いきなりそれは無いんじゃない‼こっちにはちゃんと魔石があるってのに‼」
トワはバンッと机に魔石の入った革袋を叩きつける。
「ほう……ポイズンラビットにグランウルフに……数は結構あるな。それからこいつは……グレートボアか‼」
驚くマスターの表情に得意満面のトワ。
尚、鉄面皮のレイは完全に背景と化している。
「お嬢ちゃん……見た所グラーフ族みたいだが、もしかして祈祷師か?」
「まぁね」
トワは無い胸を張り、鼻をピノキオの様に伸ばす。
グラーフ族の祈祷師というのは中々のネームバリューらしい。
周囲の視線がトワとマスターに集中する。
一方、レイの頭には嫌な予感がよぎる。
こういう所で目立つと大抵碌な事が起きない……
年相応のトワの仕草がレイの胃に着実にダメージを与える。
「ちょっと待った!それは俺のだぜ」
トワとマスターの会話に割って入ったのは如何にもゴロツキ風の大男。
「なんの用だ。ドッジ」
ゴロツキ風の男……ドッジにマスターはため息混じりで応じる。
「なんだとはご挨拶だな。俺はただ自分の正当な権利を主張しただけだってのによ」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべるドッジ。
厚顔無恥とはまさにこのこと。
子供がモンスターを狩れるわけがないという一般常識を利用して、魔石を横取りしようという魂胆なのだろう。
早速舞い込んだ厄介事にレイはため息を漏らす。
周りのやじ馬はその様子にざわつく。
「おい、あれって荒くれ者のドッジじゃねぇか」
「あぁ……最近色んな所で悪さしてるらしいな」
「あんなのに絡まれたら碌な事がねぇぜ」
「くわばらくわばら。触らぬ神に祟りなしだ」
「お嬢ちゃんには気の毒だが仕方ねぇ」
ヒソヒソとこちらから遠ざかる人々。
「ちょっと!いきなり現れて何なのよ!」
ドッジの蛮行にトワが顔を真っ赤にして憤慨する。
「うるせぇよ!盗人が!」
「キャッ!」
魔石を奪おうとするドッジ。
無頼漢は容赦なく少女を突き飛ばそうと拳を振り上げる。
絹を裂くようなトワの悲鳴。
だが……
「大丈夫か?トワ」
「う、うん」
「いてて……テメェ!何しやがる!」
トワが突き飛ばされる前に、レイがドッジの腕を掴み、そのまま関節を極める。
「表に出よう。ここでは他の人達に迷惑が掛かる」
レイは淡々とクレーム対応を遂行する。
ドッジを建物の外に引きずり出す姿はまるで機械。
彼の目は死んだ魚の様に濁っていた。
「おい、兄ちゃん!俺に楯突いてタダで済むと思ってんのか⁉あぁっ!」
外に出て手を離した途端、ドッジが目を血走らせて怒りを露わにする。
レイは大きなため息を吐いた。
彼は心底うんざりしていた。
「すかしてんじゃねぇよ!クソガキがぁあああああ~~~~!」
ドッジの腕が青白い光を帯びる。
「電撃魔法!」
「兄ちゃん!逃げろ!」
今まで遠巻きにこちらを見ていたやじ馬から悲鳴。
だが時既に遅し。
「くたばれ!〈エレクトリカルナックル〉!」
ドッジの拳がレイの腹を打ち付ける。
「……それだけか?」
レイはキョトンと首を傾げた。
当然の如く無傷。
この男は何がしたいのだろう、というのが率直な感想だった。
レイの服は見た目こそグラーフ族のモノだが、中身は宇宙艦隊が誇る最新鋭のパイロットスーツ。
完全絶縁な上に直近でダイナマイトが爆発しても平気な耐衝撃性が備わっている。
数万ボルト程度の電撃を帯びた大男の拳など話にもならない。
「馬鹿な……まさか〈マジックシールド〉!」
狼狽えるドッジ。
どうやら魔法の仕業だと勘違いしたようだ。
「すげぇ……〈マジックシールド〉だってよ!」
「創造主の大魔法……わたし、初めてみたわ!」
野次馬達から歓声が上がる。
レイは無表情で胃の痛みを堪える。
「ドッジさん。ここは退いてくれないか。今なら不問にする」
これ以上騒ぎを大きくしたくないレイ。
努めて丁寧な対応で早々に場を治めようとしたのだが……
「うるせぇ‼創造主の魔法なんて嘘っぱちだ‼俺は信じねぇ!」
それがドッジの神経を逆撫でしたようだ。
逆上した青白い拳がレイの顔面を襲う。
「是非も無しか」
小さくため息を一つ。
レイもまた右拳を伸ばす……
「ぐはっ!」
クロスカウンター……ドッジの拳はレイの顔をすり抜け、逆にレイの右拳はドッジの頬に突き刺さる。
装備に目が行き見落とされがちだが、レイは宇宙艦隊の中でも武闘派だ。
その体術はパイロットスーツのサポート無しでもプロ格闘技チャンピオン級に優れていた。
崩れ落ちるドッジ。
野次馬からは歓声。
そしてレイの表情が引きつる。
(しまった。目立つ行動は避けたかったのだが……)
顔面蒼白のレイのもとに小さな足音が一つとやや大きな足音が一つ。
「ふん、いい気味。ありがとう、お兄さん」
「ふぅ。あの馬鹿にはこちらもほとほと困り果てていたところだ。ありがとよ、若いの」
満面の笑みを浮かべるトワと口元を緩ませる厳つい顔のマスター。
「さて、ハンターの登録だったな。説明するからついて来な」
意識を失ったドッジの身体を片腕で担ぎながら手招きするマスター。
(まぁ、当初の目的は達成できそうだし良しとするか)
レイはホッとため息を一つ。
これが銀河同盟なら民間人への暴行で始末書モノだったのに……
好意的な民衆の反応にカルチャーショックを感じながら、建物の扉をいそいそとくぐるレイだった。




