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第二百十二話 牢獄に貴公子が降り立つ

「おい、アイツか?捕らえられた空の悪魔ってのは?」

「らしいぜ。どうも兵士五人を一瞬で殴り殺したとか」


 鉄格子囲まれた薄暗く埃っぽい独房。

 薄汚れた床に座り込んだレイは、ひそひそと自分を嘲る看守達の声をBGMに、一人今後の立ち回りについて考え込んでいた。


(アス、フーロンの行方は?)

(王都の北二十キロの地点で生命反応をロスト。ステルス機能搭載の小型戦闘機で離脱したと推測)

(フーロンの生命反応の記録は?)

(滞りなく)

(……まずまずだな)


 レイは今回の戦果に一先ず満足した。

 これでいつ、フーロンが現れても迎撃できる。

 兵士五人の犠牲を出して何も無しでは、死んだ兵士達に申し訳が立たない。


「おい!人殺し!これから貴様の尋問を行う!名前と職業はなんだ!」


 看守の一人……おそらくこの牢獄で一番偉い看守が、横柄な態度でレイを詰問する。

 脂肪でぶよぶよの頬をブルドックのように揺らし、唾をまき散らす(さま)にレイは反射的に一歩下がる。


「……シュターデン。女王陛下直属の見習い近衛」

「はぁ?なにホラ吹いてんだ!このクソッタレが!テメェみたいなみすぼらしいカッコした近衛がいるわけねぇだろが!吐くならもっとマシな嘘吐けってんだ!チンカス野郎が!」

「…………」


 鉄格子に顔を近づける看守の口臭に、レイはこれ見よがしに鼻をつまんだ。

 確かにレイの恰好は貧しい人々が着るようなくたびれた毛織物だ。(勿論、街に溶け込む為にパイロットスーツのホログラフで投影した物)

 どうやらこの看守はろくに取り調べをするつもりは無いようだ。


「いいか!よく聞け!テメェがどこの何者かは知らねえが、ここじゃあこのサノバビッチ=ゲスノフスキー様が法律だ!本来なら貴様は即刻王城に引き渡して縛り首だが、俺様は国のお偉いさんに顔が効く。特別に刑を軽くするように口利きしてやってもいいが……」


 下衆看守が右手の親指と人差し指で輪っかを作り、下卑た笑いを浮かべる。

 どうやら汚職看守は賄賂をご所望らしい。


「そうか。では王城に引き立ててくれないか?自分が女王陛下直属の近衛と分かれば君がどうなるか……想像するまでも無いな」


 レイは口元を小さく歪め、看守を逆に脅迫した。

 誤認逮捕された時は決して弱気になってはいけない。

 宇宙艦隊で学んだ基本中の基本だ。


 レイの言葉に下衆看守の顔がみるみる赤くなる。


「そこまで言うなら、俺様が直々に城の人間を連れて来てやる!ワレンスキー刑務次官は俺様の叔父貴だ!テメェはもう縛り首だ!」


 下衆看守が鼻息を荒げて、重そうな足取りで立ち去る。

 刑務次官とは罪人の刑を執行する省庁の実務的なトップだったはず……

 後でティアラかウィリアムに報告するか。


 遠ざかる下衆看守への興味も失せたところで、レイは再び思考に没頭する。


(アス、フーロンを確実に抹殺する為に最も有効な手段は?)

(超長距離からの暗殺。ただし敵は高性能の探知フィールドで常に周囲を監視している為、敵の意識に入る事無く且つこちらが先に敵を発見し、最低でも十キロ以上の距離から光速で攻撃する必要あり)

(……あれを作るか)


 レイは一つの武器を頭の中で思い描く。

 こんな時、魔法でグレイプニルなどの戦闘機を作れれば楽なのだが、自分の能力はそこまで万能ではない。

 魔法で作れるのは歩兵の武器のみで、乗り物は作れない。

 おそらく構造が複雑すぎて、レイのイメージでは再現できないのだろう。

 そんな制限があるから、レイが想像した武器は勿論……


「シュターデン。君はこんなところで何をしている?」


 レイの思考は甘い貴公子の声で途切れる。

 顔を上げてみれば、予想通りの人物が仏頂面で仁王立ちしていた。


「ウィリアム様?どうしてこんなところに?」

「それはこちらの台詞だ。兵士から空の悪魔を捕らえたという報告を受けて来てみれば」

「そうでしたか?わざわざこんな腐臭漂う牢獄にご足労頂きまして、お詫びの言葉もございません」


 渋面を浮かべて苦言を呈するウィリアムに、レイは淡々とした口調で返答する。

 慇懃無礼な態度に僅かな皮肉と怒りを込めて……


「なんでこんな事に?」

「誤認逮捕です。自分がフーロン……空の悪魔と交戦した時に殺された兵士がいて、その犯人が自分だと」

「何故、直ぐに身元を明かさなかった?」

「明かしましたよ。ただワレンスキー刑務次官の子飼いを称する看守に聞き入れてもらえず、賄賂を要求されただけで」

「嘆かわしい……こんな非常時に……しかも前国王と王妃の国葬の日に汚職とは」

「気にしないで下さい。小悪党は年中無休のコンビニ営業ですから」


 我ながら大人げないと思った。

 今回の件はウィリアムに非は無い。

 彼は女王の婚約者とはいえ、王都での政治的権限を持っているわけではない。

 王都の綱紀粛正に関して彼に責任を問うのは正直筋違いだ。

 なのに……


「申し訳ありません。言い過ぎました」

「いや、いい。君の怒りはごもっともだ」


 ウィリアムは決して悪い人間ではない。

 むしろ善良な人間だ。

 今もこうして、自分の無礼を許し、その上理解を示してくれている。


 なのに、彼がティアラの婚約者というだけで……自分の狭量さに嫌気が差す。


「ところでシュターデン。その手元の物はなんだ」


 ウィリアムの視線がレイの手元の()へと向く。


「これですか?レイシューター(光の狙撃手)。フーロン……空の悪魔を殺す為の兵器です」


 手元の兵器を見つめるレイの瞳がどす黒く淀む。

 長さ百三十センチほどのスナイパーライフル。

 白く仄かに光るシャープな砲身。


 レイが宇宙艦隊時代に()()していた武器の一つで、最大射程距離三十キロの超高エネルギーレーザー砲。

 パイロットに転属して以来、封印したレイ専用の兵器。

 これがあれば、おそらくシーサーペント戦はもっと楽に戦えただろう。

 それでもこれを作ろうとは思わなかった。


 十歳から十三歳の三年間。

 レイ少年はこの武器を手に、何千、何万という銀河同盟の敵を屠った。

 レイシューターはレイにとって、闇の記憶そのものだった。


「シュターデン。ここから出るぞ」


 険しい表情で呟くウィリアムの声に、レイの思考が現実へと引き戻される。


「分かりました。鉄格子を壊しても?」


 レイが淡々とした口調で鍵穴を指差す。


「いや、私が開けよう」


 ウィリアムは腰に佩いた剣を引き抜き、ポケットから二枚の呪符を取り出した。


「〈土金行金剛剣〉!」


 呪符が張り付いた剣がダイアモンドの如き淡い光を放つ。

 ウィリアムが繰り出す無数の斬撃が、鉄格子をバターのように切り裂く。


「ウィリアム様……今のは……」


 バラバラと崩れ落ちる鉄格子を目の前に、レイは目を見開いた。

 これが霊術……陰陽道と同系統の術だろうか?

 前回の決闘では使用前に戦闘不能に追い込んだから、霊術を拝むのは初めてだ。

 レイの心が驚きと好奇心で満たされた。


「君もそんな目をするのだな」


 ウィリアムが浮かべる小さな微笑みにレイはハッとした。

 久しく忘れていた新しい魔法への好奇心と探求心。

 ウィリアムの碧眼に映る自分の瞳はキラキラと輝いていた。


「シュターデン。その武器は使うな。ティアラ様の隣に立つ君には相応しくない」


 ウィリアムがポツリと呟いた。

 彼の声にはまるで草原を吹き抜ける風のような爽やかさがあった。

 その声色からはティアラと……そして自分を思う気持ちが真っ直ぐに伝わって来た。


「はい」


 レイはやっぱりウィリアムが嫌いだ。

 全てを持っているこの男に嫉妬するたび、自分の矮小さを思い知らされる。

 でも……


「ところで、ここの看守はどうします?」


 レイは意趣返しとばかりに聞き返した。

 ウィリアムの行為は完全に牢破りだ。

 彼が咎められても文句は言えない。


「ワレンスキー刑務次官に聞いてみよう。誤認逮捕と民間人への暴行、賄賂の要求の件も込みでな」


 ウィリアムは爽やかな貴公子の笑顔で答えた。

 レイはウィリアムの事が嫌いだ。

 でも……悔しいけど……ティアラの事を任せてもいいかもと、ほんの少しだけ思えた。

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