第二百十話 悪魔の影
所変わって、国葬会場。
弔問者との挨拶を済ませたティアラとウィリアムは、城内に臨時で設置された休憩室で束の間の休憩を取っていた。
「ティアラ様、お疲れ様です。宜しければ……」
「ありがとう、ウィリアム」
数脚の机と椅子が設置されただけの殺風景な休憩室。
二人だけの静かな空間。
ティアラはウィリアムに手渡されたサンドイッチを一齧り……あまり美味しくない。
「お口に合わなかったようですね」
「……こんな日だからね」
眉をへの字にし、気弱な笑顔を浮かべるウィリアムに、ティアラも小さく微笑む。
優しく紳士的で自分を一番に考えてくれる婚約者。
悲しい時、苦しい時に寄り添ってくれる理想の男性。
金髪碧眼の貴公子の美術品のような柔らかな笑顔にティアラはホッと息を吐いた。
そうだ……自分はグリセリアの女王。
これが本来のあるべき姿なんだ。
なのに……
パサパサしたパンに萎れた野菜を挟んだサンドイッチを齧りながら、ボサボサ頭の不愛想な彼が頭を過る。
仕事の時は他人行儀でどこか自分に対して一線を引いていて、今だって任務だからと言って自分の事はほったらかし。
二人きりの時でもぶっきらぼうで、なんでも器用にこなすくせに不器用で、辛い事があっても決して表に出さず、何か問題があれば黙って解決する。
そんな彼への想いが、胸をチクリと刺す。
「ウィリアム様、休憩中に恐れ入ります。警備の者より報告です」
休憩室に兵士が息を弾ませながら、足早にウィリアムに駆け寄る。
「ん?どうした?」
「実は……」
ウィリアムの問いかけに、兵士は神妙な表情で静かに耳打ち。
途端、ウィリアムが眉をひそめ、表情に影が落ちる。
「何か問題?」
ティアラが声のトーンを落としながら問いかける。
ウィリアムの曇った表情から察するに、良い報せでないのは間違いない。
「本日まだ到着していないザーリッシュ卿が王都の北、五キロ地点の街道で遺体となって発見されました」
「エッ!ザーリッシュ伯爵が!」
ティアラは目を見開き、驚愕の声を上げた。
ザーリッシュ伯爵は王都の北東に領地を持つ有力貴族。
ザーリッシュ領はグリセリア有数の穀倉地帯で、空の悪魔が現れた事で発言権を強めた貴族の一人だ。
彼はよく言えば領地と領民の利益を最優先に考える領主。
悪く言えば強欲な俗物。
空の悪魔襲撃直後に王都への食糧支援を要請して、渋られた時には憤慨もしたが、死ぬような目にあっても良いと思えるほどの悪人ではなかった。
ザーリッシュ伯爵の事は好きでも嫌いでも無かったと思う。
ティアラはただ、両親の葬儀の日に知人が死んだ事に胸を痛めた。
「ザーリッシュ伯爵の死因は?」
ティアラはクラクラする頭を抱えながら、ウィリアムに問いかけた。
「……頭蓋骨陥没、拳による一撃です。ザーリッシュ卿だけではなく、護衛や従者、馬車の馬に至るまで全員が拳、若しくは蹴りによる打撃で殺害されました」
「犯人は?」
「不明です。ただ現場が少し奇妙でして……」
「奇妙?」
「はい」
頭痛を堪えながら、上擦った声でティアラが問いかけた。
それに対してウィリアムは深呼吸を一つ。
言葉を探すような素振りをみせながら言葉を紡ぐ。
「最初は貴族を狙った野盗の犯行だと思われていたのですが、盗まれた物が服と小銭入れのみで、高価な装飾品は一切手付かず。現金だけを狙ったのは換金の際足がつく事を恐れた可能性もありますが、だったら護衛が多くリスクの高い貴族の馬車を襲う理由が分かりません。それに現金だけならまだしも服を盗んだ理由が全くの謎です」
ウィリアムが眉間にしわを寄せながら、唸り声を上げる。
確かに奇妙だ。
貴族の馬車を襲って、手に入れたのが服と現金?
リスクとリターンが全く釣り合っていない。
いや、違う。
下手人はおそらく……
「ねぇ?盗まれた服って、もしかして一般庶民が着るような普通の服?」
「その通りです!よくお分かりに!」
ウィリアムが驚きで目を見開く。
ティアラは心の中を暗澹とした思いが支配した。
できれば当たって欲しくない勘だった。
「これはあくまでもワタシの想像なんだけど、下手人は着替えと路銀が欲しかった。だから適当に通りかかった馬車から奪った。下手人はおそらくかなりの手練れで、貴族の馬車を襲うなんて呼吸をするよりもたやすい事だったのだと思うわ」
「……まさか!」
ウィリアムの顔色がみるみる青ざめる。
ティアラが何を言いたいのかを察したのだろう。
「おそらく下手人は空の悪魔。服と現金を奪ったのは王都に潜入する為」
ティアラの全身が震え上がり、血が凍ったような寒気に襲われた。
空の悪魔は父と母を殺しただけでは飽き足らず、葬儀という別れの儀式すら踏みにじりに来た。
許せないと思った……でもそれ以上に恐怖が先行した。
焼かれた王都を、潰された民衆を、瓦礫の下敷きになった父を……そして頭を吹き飛ばされた母の姿がフラッシュバックした。
「ティアラ様。下手人の捜索は私の方でやります。どうか『送り火の儀式』が始まるまでの間、お休みになられて下さい」
「ありがとう。でも下手人を見つけても絶対に手を出してはダメ。まずはシュターデンに連絡して……」
「…………心得ております」
ウィリアムが万人を魅了してやまない甘い微笑みを浮かべる。
ティアラは金髪碧眼の完璧な貴公子の笑顔に見つめられながら……不安になった。
(駄目だな、ワタシ。完全に依存してる)
彼女が今求めているのは、鋭い漆黒の瞳の鉄面皮が無理して作る不器用な笑顔だった。




