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第二百九話 両虎龍(リャン=フーロン)

「はぁ~……」


 場所は引き続きティアラの執務室。

 話を終えたハクジャが退室した後、ティアラはため息ばかり吐いていた。


「ティアラ。よかったら話を聞くが……」

「うん……」

「お~い、ティアラ~。聞いているか?」

「うん……なんだっけ?」


 レイが話しかけてもぼぉーっとして上の空。

 やはり両親の国葬の事で頭がいっぱいなのだろうか?

 レイは心配になりつつ、できるだけいつも通りの平坦な声で話を切り出す。


「ご両親の国葬について悩んでいるのか?」

「……うん。色々やる事があるから」

「色々とは?」


 不景気な顔でポツリと呟くティアラに、レイは敢えて問いかけた。

 こういう時は口に出す事で、頭を整理するのが一番いい。


「えっと、まずは弔問者への連絡。事が国葬だから、王国貴族全員それから他国の賓客に呼びかけるわ。連絡官を通じて場所とか日程とかを告示して、案内状を出す。連絡が済んだら今度は会場設営。それから全国民に対する正式な訃報の発信に、儀式の準備……とにかくやる事が山積みなのよ」

「うぅ……大変そうだな。良かったら手伝おうか?」


 レイはげっそりとしたティアラに出来るだけ優しい口調で提案する。

 自分は立場上、ただの見習い近衛だが流石に知らんぷりもできない。


「ううん……大丈夫。準備の大半はウィリアムとリーングレイス公爵が手伝ってくれるから。正式な戴冠が済むまではあんまり頼りたくなかったんだけど、背に腹は代えられないし」


 レイの申し出をティアラが弱々しい笑顔でやんわりと断る。

 彼女は基本的には、護衛と空の悪魔関連の事以外をレイにやらせようとはしない。

 世間や権力からレイを守るという最初の約束を必死に果たそうとしている。

 彼女は『レイがこの国にいる間は面倒を見る』と王族として約束した。

 誓いを反故にするのは彼女の王族としての矜持が許さないのだろう。


()()()……あまり気負うなよ。会場設営やら、手紙の配達やら、要人の護衛やらなら手伝えるからな」


 不安で顔を強張らせたティアラの為に、レイは冷蔵庫からミルクを取り出し、甘いアイスココアを淹れた。


「うん、ありがとう。()()


 レイの不器用な言葉に、ティアラはココアを口に付けながら弱々しく微笑んだ。


 静寂の中、ちびちびとココアをすする音だけが静かに響く。

 レイは不謹慎にも、愛しの姫君との二人きりの時間を楽しんでいた。



 それからおよそ二週間後の国葬当日。

 この日、レイはティアラと別行動だった。


(アス。王都の様子はどうだ?)

(今のところ、王都内部および周辺に不審な気配無し)


 葬式には似つかわしくない雲一つない青空。

 照り付ける太陽の中、レイはアスと一緒に王城の一番高い見張り台でレーダーによる索敵を行っていた。


(アス。ティアラの様子は?)

(こちらも異常無し。現在ウィリアム様と一緒に弔問者への挨拶中)

(……そうか)


 レイはほんの少しだけ胸がモヤモヤした。

 ウィリアムはティアラの婚約者だ。

 こういう公的な行事で一緒に行動するのは当然の事。


 懸命に両親の葬儀を取り仕切る若い女王とそれを支える麗しき王配。

 傍から見れば仲睦まじいお似合いのカップルだし、お互いに好意も持っている。

 あれこそが本来あるべき姿のはずなのに、妙に心がざわつく。

 レイは嫉妬という得体の知れない感情に戸惑っていた。


(警告!マスターレイ。葬儀が行われている王城中央広場から東に五キロ地点の商業エリアにて、アラヤシキの反応あり)

(宇宙艦隊か?)


 レイがこわばった表情で問いかける。

 アスは半径十キロの近距離索敵に限り、アラヤシキの反応を探知する事ができる。

 これは王城周辺を確認するのは充分だが、王都全体をカバーするには不十分な性能だ。

 そして何より、広域レーダーと併用できない為、懐深くに入り込んだ敵に対して反応が僅かに遅くなる。


(肯定、数一)

(一人……だと?)


 レイはアスの報告を聞きながら困惑した。

 空の悪魔……宇宙艦隊は軍隊だ。

 その行動原則は人数と兵器による蹂躙。

 たった一人で敵の本拠地に乗り込んでくるなんてあり得ない。


(マスターレイ。可能性としては低いですが、有人偵察かも知れません)

(……そうだな。陽動という線も捨てきれないが、確認しないわけにもいかないな)


 レイは足が仄かに輝く。

 たった一人の宇宙艦隊兵士。

 もし敵が本当に空の悪魔だとすれば、相当の手練れなのだろう。

 一抹の不安を抱えながら、レイは現地へと赴いた。



 走る事しばし……

 商業地エリアはいつも通りだった。


 簡素な石造りの家屋や店舗。

 買い物するご婦人や親子連れ。

 飲食店で昼休憩を取る労働者達。

 目の前に広がるのはごくありふれた日常。


(マスターレイ。左前方二十メートル、カフェテラスでお茶を飲んでいる黒髪の男です)


 アスの声に従い、レイはゆったりとした歩幅で怪しまれないように、一般人を装いながら男へと近づく。


「貴様がシュターデンか?」


 レイが男の後方五メートルのところに近づいたところで、男が後ろ手に縛った長髪を揺らしながらこちらに振り返った。


「そうですが……どこかでお会いしましたか?」


 レイは引きつりそうな表情筋を全力で制御し、惚けたふりをしながら男との距離を詰める。


 歳は自分より少し上の二十台前半だろうか?

 肉食獣のようにしなやかな鍛え抜かれた肉体。

 自然体に見えて、一切隙の無い所作。

 細い糸目の奥に秘めた恐ろしいまでの殺気と覇気。

 ゲイリー=アークライトと比較しても遜色無い圧倒的な武の気配。


 そしてなにより……装いこそルミナス人と同じだが、こびり付いた血の匂いまでは隠し切れない。


 レイは思った。

 間違いなく自分が今まで出会った()の中で一番強いと……


「ほう……血の匂いくらいは分かるようだな」

「……猿芝居は通用しないか」


 感心したように男が息を吐く。

 レイも観念したという風に、これ見よがしにため息を吐いた。


「心配するな。今日はただの顔見せだ。こんなところで戦う気は無い」


 男はカップを手に取り、お茶を口に付ける。


「貴様も座れ。あいにく烏龍茶が無いらしくてな。不味い紅茶だが奢るぞ」

「……」


 レイは男に言われるまま、黙って勧められた席に着く。


「意外だな。貴官らは虐殺しかしないのだと思っていた」


 レイは開口一番、男に対して非難を浴びせた。

 見るからにプライドが高そうな男がどう反応するのか……


「ふん!八意のモルモット狩りについて言っているのなら小生は知らん。正直奴の趣味は性に合わん」


 男は眉をひそめ、憮然とした態度で鼻を鳴らす。

 他の空の悪魔と同類に見られた事に憤慨しているように見える。


「そうなのか?気に入らないのなら宗旨を変えてみてはどうだ?」

「腹の探り合いは好かん。期待していない事を口にするものではない」


 レイの探りに返ってきたのは明確な拒絶だった。


「そんな事よりお互い自己紹介をしようか。これから殺される相手の名前くらい知っておきたいだろう?日本人」

「……それもそうだな」


 レイは思わず息を呑んだ。

 この糸目の男は、自分の正体を見抜き、確信を持って日本人と言った。

 彼もまた地球人……そしておそらく抗体者。


「どうした?まさか誇る名が無いか?所詮は小中華。誇り高き漢民族とは違うという事か」

「…………周藤嶺」


 レイは安い挑発に僅かに眉をひそめながら本名を名乗った。

 自分は偽名を使っているが、別に本名を恥じた事は無い。

 そんな感情を見透かしてか、男はクスクスと愉快そうに笑い出す。


「周藤嶺……か。悪くない名だ。嶺と呼ばせてもらおう」

「……貴官の名は?」


 レイはじっとりとした目で、男を睨み付けた。

 敵の癖にどこか気安いこの男がどうにも好きになれない。


「小生の名か?そんなに小生の名が気になるか?」

「…………」


 男が嬉々として焦らす。

 レイはうんざりした表情で立ち上がる素振りを見せた。


「おい、待て待て。せっかくこうして巡り合えたのに貴様だけ名乗って、はいさよならは無しだぞ」


 男が慌てた素振りで引き留める。

 どうやら()()()()()()らしい。

 レイは、ため息を吐きながら座り直す。


「小生は両虎龍(リャン=フーロン)。貴様には特別にフーロンと呼ぶ事を許そう」


 男……フーロンは椅子にふんぞり返りながら、尊大な態度で名乗りを上げた。


「まぁ、仲良くやっていこう。小生達はこれから殺し合う仲なのだから」


 フーロンは口元を歪め、心底愉快そうに嗤った。

 それと同時に、店のウェイトレスがテーブルにお茶を運んできた。


 ……どうやら、この男を無視するという選択肢は無くなったようだ。

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