第二百八話 三つの試練
「シュターデン、スズバヤシ殿。これでもワタシは女王なのよ。謁見するならちゃんとアポを取ってもらわないと」
グリセリア王城、ティアラの執務室。
レイはハクジャに乞われて、二人でティアラの下にやって来たが、開口一番不機嫌そうな彼女から飛び出したのは小言だった。
「申し訳ありません。彼の用件についてですが、話を聞く限り可及的速やかに陛下のお耳に入れておく必要があると判断いたしました」
レイはティアラに騎士らしく慇懃に謝罪した。
「……まあいいわ。それより用件って何?」
ティアラは新たにレイが拵えたのデスクチェアに背中を預け、ため息交じりに問いかける。
王都襲撃から二ヶ月、王城も少しずつ復旧が進み、女王陛下が私室で仕事をしなくてはいけないという状態だけは解消された。
この執務室も襲撃後に復旧した部屋の一つだ。
もっとも中身はレイの私室同様、近代的に魔改造されている。
オフィスデスクにデスクチェアは勿論、ボールペンに紙といった小物関係。
快適に作業をする為の空調に防音装置にポットに冷蔵庫。
綺麗に整理された本棚は整理整頓が苦手なティアラの為に、自動で欲しいモノを出し入れしてくれる優れもの。
流石に情報端末などはティアラが使えないので設置しなかったが、この部屋のおかげで彼女の作業効率は格段に上昇した。
閑話休題。
レイは仏頂面のお姫様と、魔改造された部屋に目をパチパチさせるハクジャに目配せしながら、話を切り出す。
「スズバヤシ殿の報告によると、現在我々には可及的速やかに対応しなくてはならない問題が三つあります。詳しくはスズバヤシ殿から」
レイは前置きを挟んだ後、ティアラが頷くのを確認し、ハクジャに話を引き継ぐ。
「女王陛下、急な来訪にも関らずお時間を頂けました事、感謝に堪えません。さっそくですが用件に入ります。まず一つ目は東のワイマール領がきな臭くなっております。ワイマール領は先日領主が逃亡し、現在は空白状態です。ワイマール領はかつての貿易の要衝。現在は最大取引先のフィーナル大陸との交易が無くなりましたが、それでも漁業並びに海運業の利益は計り知れず、貴族諸侯が水面下で虎視眈々と利権争いを繰り広げております」
スズバヤシの苦々しい口調に、ティアラは思わず頭を抱える。
「聞いてはいたけど、状況は酷いの?」
「かなり……現状ワイマールの治安は目に見えて悪化しておりませんが、経済の方は混沌としております。前領主がいなくなり、取り締まる者もいない状況で、多くの貴族や豪商が事業に新規参入し、違法スレスレの手法で利益を独占しようと暗躍しております。住民からも不満と不安の声が上がっており、いつ暴動が起きてもおかしくない状況です」
「あぁ~!人が復興で忙殺されている隙に!」
ティアラは綺麗な銀色の髪を掻きむしり、雄叫びを上げた。
ハクジャの語る希望に満ち溢れた未来に、暗澹とした気分になるのは当然だろう。
「女王陛下、この調子だと貴族間の権力闘争は表面化している事象以上でしょう。早々に後任の領主を据えられるのが宜しいかと」
「そうね……リーングレイス卿に宛が無いか確認しておいてくれる?」
「御意」
仏頂面のティアラの要請にハクジャが恭しく頭を下げる。
「二つ目の問題ですが、先日聖獣の女王より呼び出しがありました。シュターデンを一時的に五山に呼び寄せたいと」
「エッ!なんで!?」
強張った声で語るハクジャに、ティアラがアメジストの紫瞳を見開きながら問いかける。
先ほどのワイマール領の問題を聞いた時以上に、彼女の表情は驚きを露わにしている。
「スズバヤシ殿?聖獣の女王とは先日話していた麒麟マリーゴールドの事ですか?」
「そうだ。予言の聖獣女王。吉兆を示す瑞獣。全ての霊獣の始祖たる金色のマリーゴールド。霊術使いの信仰の対象だ」
レイの問いに、ハクジャが朗々と語る。
その口ぶりからは、聖獣女王への敬意がありありと伝わってくる。
「女王陛下、麒麟の女王は可能であればオールドライフの末裔も招きたいと仰っておりましたが、如何なさいますか?」
「応じるしかないでしょうね。聖獣女王の招きを断ったとあっては国の成り立ちそのものを否定する事になりかねないわ」
ティアラが疲れた表情で頭を振った。
霊術を使えない彼女が聖獣女王の前に馳せ参じるのは、色々と思うところがあるのだろう。
だが、このグリセリア王国は霊術使いに守られ、統治された歴史がある。
女王として、私情で歴史を軽んじるのは許されない。
「三つ目ですが……」
ここに来てハクジャが初めて言い淀んだ。
今までだって、かなり言い辛い内容だったが、最後の一つはそれ以上という事だろう。
外套のフード越しに彼の苦悩の表情が見て取れる。
「もうすぐ国王陛下と王妃殿下がお亡くなりになって三ヶ月。以前も公爵閣下が申し上げておりましたが、そろそろ国葬を行わなくては諸侯に示しがつきません」
ハクジャの苦々しい言葉に、ティアラの表情に濃い影が差す。
「そうね……ワタシが……やらないと」
ティアラが口から石を吐き出すような苦しそうな口調で呟く。
今一度、両親の死と向き合わなければいけないのだから、さぞや辛いだろう。
この時のレイはただそれだけだと思っていた。




