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第二百七話 閑話_悪魔の中の武人

 八意森羅旗艦ユグドラシル研究室。

 煌々と輝く青白い人工の光と、部屋中を埋め尽くす様々な機械とコンソール。

 そして……


「ぐわぁあああああ!やめて!助けて!お願いだ!何でもします!何でもしますからそれだけは……それだけはぁああああああああああああああああああああああああ!」


 手術台の上で怪しげな薬を投与される一体の()()()()()

 活きの良い悲鳴(こえ)を上げる屈強なルミナス人男性を目の前には、軍人らしくない綺麗な白衣を纏った痩せぎすのメガネ男。

 八意森羅はボサボサ頭を掻き、血色が悪い紫色の唇を不機嫌に歪めながら、手元の端末をいじっていた。


「マスター!マスター!今日は玩具で実験したんです!指の関節がどこまで反対に曲がるかって実験!」


 疲れた表情で端末から目を離した先に飛び込んで来たのは、満面の笑みを浮かべる水色髪の美少女(ペット)の無邪気な笑顔。


「ほう、それは興味深いですね。どのくらい曲がりましたか?」

「えっとですね……途中でもげたから憶えてません!」


 最近は怯えるペットを凌辱するのも飽きたので、少々脳みそをいじってみた。

 脳みそをいじると言っても、ちょっとした刷り込みで、()()()()が大好きな子供心を植え付けただけだ。


「おっと、いけませんね。実験なんですからちゃんと記録を付けないと」

「うぅ……ごめんなさい」

「まぁまぁ、そんなに落ち込まないで。ちゃんと映像は記録したのでしょう?後で一緒に確認しましょうね」

「うん!マスター大好き!」


 八意は抱き着くファラリス(ペット)の頭を優しく撫でる。

 これが父性というものか……(ペット)がすくすくと自分好み(クズ)に育つのを見るのは中々に楽しい。


(そうだ。今度こちらに来る前に冷凍保存していた両親(あれ)をこの子に与えてみよう。きっと大喜びで拷問する(あそぶ)に違いない。まぁ、自分の子供を売るような親ですし、自業自得でしょう)


 八意はくさくさした気持ちが少しずつ晴れるのを感じた。

 アニマルセラピーは自分が思った以上に効果てきめんだったらしい。

 八意は気持ちが持ち直したところで、改めて端末のデータに目を向ける。


「随分とお楽しみのようですね?」

「おぉ!ガ=デレク准尉。もうそんな時間でしたか?」


 八意の耳に些か品性に欠ける男の声が届く。

 そちらに目を向けると、如何にも頭の悪そうなヤンキーといった風体の部下。

 どうやら実験に夢中になり過ぎて、約束の時間になった事を忘れていたようだ。

 八意は端末の時計とガ=デレクを見比べながら、誤魔化すように頭を掻く。


「どうですか?次の作戦の準備は?」

「滞りなく。予定通り三ヶ月後にはグリセリア全土を焦土に沈めて見せましょう」

「おぉ、それは頼もしい。期待しておりますよ」


 八意は部下の勇ましい声に内心では嘲笑しながら、上っ面だけの激励を口にする。


(まぁ、捨て駒は捨て駒らしく、面白いデータをたっぷり取って来てくれればそれでいいのですがね)


 八意は先日、ガ=デレクが持ち帰ったデータを思い返しながら、薄っすらと気色の悪い笑みを浮かべた。

 彼が持ち帰ったシュターデンのデータに八意は柄にもなく絶頂した。


 短期間で且つ個人でエアグライダーを作る手腕と技術力。

 クローンの精神的な不安定さを利用した心理戦。

 無数のクローンを全く寄せ付けない圧倒的な戦闘能力。

 あの男を倒そうと思ったら、戦艦を数隻ぶつけなくては話にならないだろう。


 そして何よりシュターデンが使う力……魔法について。

 記録データから推測するに、彼はアラヤシキに似た特殊なナノマシンを体内に保有しているようだ。

 ナノマシンが脳波に反応し、兵器へと姿を変える。

 それが魔法の原理なのだろうが、実現にはブラックボックスの部分が多すぎる。

 今もこうやってルミナス人(モルモット)を使って色々試してはいるが、結果は芳しくない。


 八意森羅は歓喜と屈辱の板挟みになっていた。

 八意は骨の髄まで研究者であり探求者だ。

 自分の無知を何よりも憎む。

 知りたいと願う。

 知った時に歓喜する。


 八意にとって無知とは憎むべき敵であると共に愛すべき友なのだ。

 憎み愛する、愛し憎む。

 まるでシュターデンに対する想いそのもの。

 八意森羅はシュターデンを嫉妬し、羨望し、憎悪し、尊敬し……心から愛していた。


「ふん!三ヶ月後か?随分と悠長だな」


 すっかり自分の世界に入り込んでいた八意の思考が途切れる。

 原因は鋭くて雄々しく、それでいて爽やかな男の声。

 八意は声の方へと視線を移す。


「これはリャン少佐。貴官が研究室に来るなんて珍しいですね」


 八意は仏頂面の珍客にニヤニヤと、ねばりつくような声で出迎える。


「八意、この惑星に降り立ってもう四ヶ月以上。貴様の近くにいれば、活きの良い獲物に巡り合えると思って来てみれば、雑魚の相手ばかり。こちとらもうウンザリしているのだ」


 この男は両虎龍(リャン=フーロン)

 二十台前半の若くてエネルギーに満ち溢れた肉食獣のようにしなやかな体つき。

 殺気に満ちた糸目と後ろ手にくくった黒の長髪が特徴の武人。

 八意から言わせて貰えば戦闘狂の野蛮人だ。


「すみませんね、レーダーの修理に必要な素材が中々見つからないモノで……貴官は田丸恵(たまるけい)中佐と戦いたかったのでしたね」


 八意率いるユグドラシルクルーの本来の任務は、宇宙艦隊に反旗を翻し、戦艦を奪い逃亡した田丸恵中佐一党を捕らえる事。

 フーロンは銀河系随一の剣術田丸流の免許皆伝者と戦えると意気揚々と任務に志願したのだが、彼女と戦えずフラストレーションがたまっているようだ。

 そんな事情もあり、彼の忠誠心はクルーの中でも圧倒的に低い。

 人間としては面白いのだが、彼の自信に満ちた傲慢な態度は他のクルーとの軋轢を生む。


「フーロン!貴様!少将閣下に無礼だぞ!」


 案の定、我慢も頭も足りないガ=デレクがフーロンに突っかかる。


「ふん!誰かと思えば、ティターンなんて玩具を使った癖に、歩兵に負けた腰巾着のガ=デレク准尉ではないか?貴官こそ少佐である小生に対して無礼ではないか?」


 フーロンは口元のグニャリと歪め、ガ=デレクを嘲笑する。

 八意の立場としてはここで止めてもいいのだが、面白そうなので高みの見物を決め込む。


「テメェー!舐めてんのか!俺は少将閣下に対する無礼について言ったんだ!」

「虎の威を借る狐……まさに小物の所業、負け犬の遠吠えだな」

「言う事欠いて……ぶっ殺してやるぅうううううう!」


 フーロンの侮辱に耐えかねたガ=デレクがフォトンガンを抜く。

 一触即発の緊迫した空気が流れる中、八意はニヤニヤと二人を見比べる。

 片やこめかみに青筋を立て、目を血走らせるガ=デレク。

 片や丸腰で、ため息混じりも相手を見据えるフーロン。


 先に動いたのは、フーロンだった。

 フーロンは悠然とした足取りで、ジリジリと間合いを詰める。


「テメェ!なに余裕ぶっこいてんだ!撃ち殺されてぇのか!アァッ!」

「撃ちたければ撃てばいい。貴官の銃は飾りか?」


 銃口を向けられても、フーロンの足取りは変わらず。

 ガ=デレクが不安そうな面持ちで、八意に目配せする。

 どうやらフーロンを撃ち殺した後の罰を恐れているようだ。


 八意は意外にも理性的な判断ができるガ=デレク(チンピラ)に感心しながら、小さく頷く。


「ヨシ!許可は下りたぜ!くたばれ!いけ好かねぇチャイニーズぅうううううう!」


 銃口が煌めく。

 光線がフーロンの心臓を貫く……と少なくともガ=デレクは思っていただろう。

 八意はニヤニヤとガ=デレクの背後に視線をやる。


「愚か者が……」


 フォトンガンの餌食になったと思われたフーロンの姿は八意の視線の先……則ちガ=デレクの背後にあった。

 フーロンは侮蔑の言葉と共に、ガ=デレクの首に手刀を落とす。


「うぅっ!」


 小さなうめき声と共に、ガ=デレクが膝から崩れ落ちる。

 相変わらず凄まじい体術だ。

 是非とも戦闘用人型兵器の参考にしたいモノだ。

 八意は芸術品のような動きに感嘆の息を吐きながら、ガ=デレクに歩み寄る。


「ふふっ、容赦ありませんね。頸椎が骨折している。おそらく首から下はもう不能でしょう」

「軍規に則って罰するか?」

「まさか!少佐の行動は正当防衛です」


 殺気に満ちたフーロンの目を、ニマニマと笑いながら受け流す。

 こんな面白い素材を失うなんてとんでもない。


「ガ=デレク准尉は幸い脳だけは無事そうですし、サイボーグとして()()()させて頂きますよ」

「相変わらず悪趣味な……」


 糸目の侮蔑が八意に突き刺さる。

 尤も八意にとっては他者からの侮蔑など取るに足らないモノだ。

 それよりも……


「リャン少佐。退屈でしたら、ちょうどいい遊び相手がおりますが……」

「シュターデンか?」


 フーロンがニヤリと舌なめずり。

 狩り甲斐のある獲物に歓喜しているようだ。


「はい、試してほしい装備があります」

「なんだ?言っておくが武器は持たんぞ」


 フーロンが眉をひそめた。

 彼は素手での戦闘を好む。

 勿論、彼の反応は八意も折り込み済みだ。


「ただのバトルスーツですよ。シュターデンのパイロットスーツを参考にして作りました」

「……いいだろう」


 八意は仏頂面のフーロンに装備が入ったアタッシュケースを手渡した。

 果たして、自分の技術力がどこまでシュターデンの技術について行けるか?

 科学者としての八意森羅は子供のようにワクワクと胸を弾ませていた。

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