第二百六話 訓練風景
「シュターデン殿、客人が来たぞ」
タイムスリップから二ヶ月。
春も終わり、少し汗ばむ程度に暑くなってきたある日。
レイがいつものように第三騎馬隊をしごく前に腹ごしらえをしていた爽やかな早朝。
食堂で精悍な顔立ちの兵士長ムイがこわばった表情で声を掛けてきた。
彼の傍らには安っぽい軽装の皮鎧に古びたフード付きの外套姿の如何にも胡散臭い男の姿。
「スズバヤシさん?何故ここに?」
リーングレイス公爵直属の隠密、心を読む霊術使い、ハクジャ=スズバヤシ。
思いもよらない来客に、レイは微かな警戒心を覚えた。
「久しいな、シュターデン。そう警戒するな。貴官が鍛えた第三騎馬隊の様子を見に来ただけだ」
フードに隠れた顔から陰鬱そうな平坦な声が響く。
(ハクジャより、嘘もしくは隠し事の感情を検知)
アスの機械音声が脳内に響く。
レイもアスと同様、ハクジャの声に後ろめたさみたいな感覚を覚えた。
おそらく公爵の命令で自分に会いに来たのだろう。
第三騎馬隊の様子を見に来たというのも本当だろう。
だが、他にも厄介な任務を帯びているといったところか?
「何かありましたか?」
レイは苦労人の隠密を憐れに思いながら、なるべく平坦な声で問いかける。
「…………お互い嘘はつけんか。ここでは人が多いし後で話す。先に騎馬隊の訓練風景を見せてくれ」
「分かりました。朝食は?」
「結構だ。貴官が食べ終わったら案内を頼む」
「……承知しました」
観念したという口調でハクジャがため息を一つ。
彼の本当の目的が何なのかは気になるが、少なくとも彼の上司である公爵閣下はレイ達と敵対する気は無いし、そこまで構える必要も無いだろう。
レイは素早く食事を済ませ、ハクジャと共に食堂を後にした。
所変わって、グリセリア王城中庭。
「なんだ……この光景は?」
レイに案内されたハクジャが引きつった声でポツリと漏らした。
まるで地獄の一丁目に迷い込んだような表情。
自分にとってはごくありふれた光景だというのに、どこがオカシイのか?
レイは改めて、訓練場を見渡した。
ここは少し前までレイとティアラが訓練場として利用していた廃墟だが、第三騎馬隊に整備させて本格的な訓練場に改造した。
今では瓦礫はすっかり取り除かれ、代わりに打ち込み台や射撃用の的が立ち並び、武骨極まりない風景となっている。
そこには死に物狂いで打ち込み台を木剣で殴る兵士達。
死んだ魚のような目で淡々と的にフォトンガンを照射する兵士達。
謎の雄叫びを上げて鬼気迫る表情でランニングや筋トレをする兵士達。
まるで本物の戦場にいるかの如く目を血走らせ怒声を上げながら組手をする兵士達……等々。
いつも通りの光景だ。
どこもオカシイ所はない。
「スズバヤシさん?どこか気になる場所でも?」
訓練がぬるかっただろうか?
レイが首を傾げながら、ハクジャに問いかけると……
「なんだ、この地獄絵図は?拙者、これほど恐怖に歪んだ兵士の顔を見た事は無いぞ」
「そうですか?訓練ですし、これくらい普通かと」
顔面蒼白なハクジャの反応にレイはますます首を傾げる。
ウンディーネ式訓練法を、訓練強度四分の一でやっているだけなのだが……
グリセリアの兵士達が弱兵ばかりだとは常々思っていたが、ハクジャの反応を見る限り、普段はもっとぬるい訓練をしていたらしい。
レイは込み上げるため息を必死に堪えながら、いったんハクジャを無視し、訓練する兵士達に視線をやる。
「おい!貴様ら!なんだ!そのぬるい剣の振り方は!誰がいつ、そんなぬるい剣の振り方を教えた!貴様らの脳みそは剣の振り方一つ覚えられないポンコツか!そんな剣では貴族のお嬢様のスカートめくりくらいしかできんぞ!」
サー!ノーサー!
「口答えといい度胸だ!その度胸に免じて、貴様らの身体に直接剣の振り方というモノを教えてやろう!全員一列に並べ!」
サー!イエッサー!
レイの怒号に兵士達の顔から血の気が失せる。
「はいと言っても、いいえと言っても結果は同じか……」
レイの思考を読んだハクジャがポツリと呆れた口調で呟く。
当然、こちらの耳にも届いたが今は無視だ。
レイは木剣を片手に、兵士達を次々になぎ倒していった。
「最後は貴様か!ゴドウィン!」
「教官殿!今日こそは負けませ……ぐわぁああああああ!」
レイは肉体強化を一切使わず、素の力だけで百人斬りを達成。
息一つ切らしていないレイの顔と兵士達の屍?をマジマジと眺めるハクジャの表情からは薄っすらと恐怖が滲み出ていた。
「チッ!もう一ヶ月も経つというのに、この体たらくか……」
レイはポツリと呟きながらハクジャへと向き直った。
「スズバヤシさん。お見苦しい所をお見せしました。自分が指導者として未熟なせいなのでしょうが、基礎体力、戦闘技術、魔法習得率、全て二十三パーセント前後の遅れです。このままで空の悪魔と戦えるのか……」
レイは忸怩たる想いでハクジャに頭を下げた。
今の彼らではクローン兵と戦うのがやっとだろう。
このままでは間違いなく戦死者が出てしまう。
せっかく公爵閣下が預けてくれた精鋭部隊だというのに……
「いや……貴官はよくやっていると思うぞ」
ハクジャが引きつった表情でフォローを口にした。
彼は自分を気遣ってくれているのだろうが、実情を知らないからだろう。
特に魔法習得率が酷い。
比較的簡単な肉体強化すら半数が習得できておらず、完璧に肉体強化を使いこなせるのはゴドウィン以下数名だけだ。
きっと自分がルミナス人じゃないから、ルミナス式の魔法を教えるのが下手なのだろう。
トワの同級生のイナンナに神聖魔法を教えた時も、彼女が元々魔法を使えたからできただけであって……
せめてちゃんと魔法が使えるルミナス人がいれば……
「そうだ!ティ……女王陛下に協力して貰えば……」
「それだけは止めておけ!」
レイの世迷言にとうとう我慢できなくなったハクジャが声を荒げた。
フードで表情が隠れていようとも、声だけで彼の焦りがありありと伝わってくる。
「はっ!すみません。焦りで冷静さを失っていたようです」
「……そのようだな。女王陛下はお忙しい身であるし、なによりも女性だ。こんなむさ苦しい男共の中に放り込んで何かあったら……」
「その点については問題ありません。彼女の魔法なら第三騎馬隊全員を粉砕するなんて造作もありません」
「……貴官、いったい女王陛下をどこに向かわせるつもりだ」
この一ヶ月間でレイが鍛えたのは何も第三騎馬隊だけでない。
ティアラもまたレイの生徒。
こちらは第三騎馬隊と違って、レイの予想をはるかに上回る優秀さだ。
現在、ティアラはレイが新しくプログラミングした火、風の中級精霊並びに下級精霊から中級精霊に進化したスオロの三体と契約している。
結果、彼女は火、風、土の三属性の上級魔法まで使えるようになった。
精霊は時間が経つと進化するというのは、レイもここに来て初めて知った。
おそらく魔素の生成量に比べて魔法を使う人間が少ないから、その分精霊が取り込む魔素の量が多くなったのが原因だろう。
レイはスオロが進化する現場に立ち会った日の夜は興奮で眠れず、その日の出来事をレポートにまとめると共に、大精霊作成の理論構築を徹夜で行う始末。
自分自身の魔法馬鹿ぶりに心底呆れたモノだ。
閑話休題。
ハクジャが呆れるのも納得ではあるが、ティアラには自衛の為の力を持って欲しいというのが、レイの本音だった。
「さて、第三騎馬隊はこれから朝食ですし、見学はこの辺で大丈夫ですか?」
「……あぁ」
「では、場所を変えましょう。スズバヤシさんの本題も気になりますし」
「…………そうだな」
終始呆れ顔のハクジャに問いかけてみれば、返ってくるのは疲れた声。
レイ達は屍と化した第三騎馬隊を背に、訓練場を後にするのだった。




