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第十七話 告白

(しかしどうしたモノか……せめてもう一度観測者とコンタクトが取れれば……)


 イフリートの洞窟を出た直後、レイは思考に没頭していた。

 目下、彼の悩みは今後どのように立ち回るかという一点にあった。


「あの……お兄さん……」

「……」


 トワが弱々しい声でレイに語り掛ける。

 だがレイは返事ができなかった。

 今の彼にトワを気遣う余裕はなかった。


 レイは宇宙艦隊がルミナスに現れた時の対策を脳内でシミュレーションしていた。

 一番生存確率が高い方法は宇宙艦隊と交戦する事無くルミナスから撤退させる事。

 恒星間通信機を作り、宇宙艦隊にルミナスが未開惑星である事を告げれば、撤退する可能性はゼロではない。

 銀河同盟には未開惑星不可侵条約があるし、ゲイリー=アークライトは良識派としても知られている。

 だが今回に限って言えば撤退する可能性は極めて低い。


「ねえ……お兄さん……」

「…………」


 レイは眉間にしわを寄せて沈黙する。

 トワの不安げな声も耳に届いていなかった。


 一番問題なのは魔素の存在。

 宇宙艦隊の最新鋭コンピュータで解析すれば魔素とバグが同一である事はすぐに判明するだろう。

 魔素の出所はルミナス。


 バグは外宇宙の道筋を阻む敵。

 何より宇宙艦隊にとってもバグは仇。

 バグのせいで一万を超える艦船が撃沈され、何百万人の戦死者を出した。

 ルミナスごと魔素を殲滅する事だって十分にあり得る。

 その場合、いくら未開惑星不可侵条約があった所で何の役にも立たないだろう。


 魔素の自衛行動が結果的にルミナスの首を絞めている。

 ままならない状況にレイは頭を痛める。


『おい、小僧!我が主がお主を呼んでおろう!辛気臭い面は辞めて返事をせい!』


 野太く、それでいて威厳に満ちた声。

 身体の芯を震わせるような声にレイは我に返る。


「イフリート……トワ……」


 目の前には炎の魔人と不安げにこちらの顔色を窺う少女。

 この時、レイは初めて泣き出しそうな様子のトワに気付いた。


「すまない、考え事をしていた」


 レイは眉を下げ、心底申し訳ない気持ちで謝罪した。

 だがトワの表情は一向に晴れない。


「ねぇ、お兄さん。アタシの事嫌いになった?」

「ん?なにを?」


 レイはハッとした。

 トワの表情が妹の杏と重なった。

 それは兄弟喧嘩をした時……原因はどっちが多くおやつを食べたとかそんな些細な事だったと思う。

 喧嘩になるとお互いに無口になるのだが、先に音を上げるのはいつも妹だった。

 今、目の前でレイの袖を引っ張りながら、嫌いにならないで、と懇願するトワの姿が、その時の妹と完全にダブった。


「すまない。余計な心配をかけて」

「アタシを嫌いにならない?」

「当たり前だ」

「そう……よかった」


 ホッと胸を撫で下ろすトワ。

 今にも泣き出しそうだったその顔には満面の笑み。


『全く世話の焼ける小僧だ。ガキの癖にしけた面をしおって』

「……まだいたの?」

『主ぃッ!』


 無邪気に首を傾げるトワに涙声のイフリート。

 そのやり取りが可笑しくてレイは小さく笑った。


「すまない、()()()()。心配をかけて」

『小僧……』


 レイの気遣いに涙声のイフリート。

 その様子に今度はトワがクスクスと笑う。


「二人に話しておきたい事がある……」


 レイは思った。

 今回の件、一人では到底抱えきれるものではない。

 かといって隠し事をしたままでは相談に乗ってもらう事もできない。

 何よりも自分を信じて、協力を申し出てくれたトワに悲しい顔をさせたくない。


 だから……全てを話そう。


 レイの決意を胸に真っ直ぐ二人を見据える。

 トワとイフリートの背筋も自然と伸びる。

 レイはゆっくりと、真摯に言葉を紡いだ…………


「…………というわけだ」


 レイは包み隠さず話した。

 自分が異星人である事も、空の悪魔と呼ばれる存在と自分が同族かもしれない事も、観測者の事も、観測者と宇宙艦隊が敵対関係にある事も、全て洗いざらい話した。


「…………」


 トワは凍り付いていた。


「こんな事を言われても困惑するだろう。正気を疑いたくもなるだろう。信じられないというのであればここで見限ってくれても構わない。だがこれは紛う事無き事実だ」


 トワは混乱する気持ちはレイにも痛いほど分かった。

 だが敢えて淡々と感情を込めずに事実だけを説明した。

 それが不器用なレイの誠意だった。

 トワは助けを求めるようにイフリートに視線を向ける。


『主よ。小僧の言っている事は真実だ』


 威厳に満ちた炎の魔人の言葉は揺るぎなかった。

 揺れるエメラルドの瞳がレイの黒い瞳と重なる。


「ねぇ……アタシにどうして欲しい?」


 その言葉にレイは首を横に振った。


「自分は何を求める資格も無い……だがこれだけは言える」


 レイは小さく口元を緩めた。


「君の好きにすればいい」


 トワはクスリと笑った。

 ここでまさかの意趣返しが来るとは思わなかったのだろう。

 我ながら下手くそなジョークだとレイも自嘲気味に笑った。


「じゃあ、アタシも最後まで付き合うよ。その()()()()……ってやつにね」


 トワは笑った。

 いつもの様に屈託なくニカッと笑った。

 レイと旅をする事……それが彼女の好きにした結果なのだろう。

 レイはお節介な彼女に笑みを向けながら、旅の成功を誓った。

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