第二百四話 お披露目後編
「さあ、いくわよ!シュターデン、構えて!」
ティアラの身体が仄かに金色の輝きを放った。
土の魔素の輝きだ。
光はティアラの前で収束し、瞬く間に形を変える。
『姉ちゃん、今日は珍しい時間に訓練だね?誰?そのおじさん?』
トンボのような透けた六枚羽を生やした身長三十センチくらいの生意気そうな少年……精霊スオロ。
いきなり現れた物語の妖精そっくりな少年に、公爵は目を丸くする。
自分達には見慣れた光景だが、初見だと驚くのも無理はない。
そんな公爵閣下を置き去りにスオロが好奇心に満ちた顔でティアラを覗き込む。
「スオロ、あの方はリーングレイス公爵。この国の偉い人よ」
『ふ~ん、じゃあ姉ちゃんの子分なんだな。って事は俺の子分でもあるわけだ』
「はぁ?なんでそうなるのよ?」
呼び出された途端、スオロが見た目通りの生意気な口調で超理論を展開する。
ティアラは彼の言い分が理解できず、首を傾げた。
レイとしてもティアラに同感だ。
『だって、あのおじさん姉ちゃんの子分だろ?で、俺は姉ちゃんの相棒だからつまりただの子分であるおじさんより格上。よっておじさんは俺の子分でもある。OK?』
「何が、OK?……よ!調子に乗るんじゃないわよ!新参者のあんたは格下も格下よ!」
ティアラの拳が生意気なクソガキの脳天に突き刺さる。
公爵の目の前だというのに、まるで下町の子供の姉弟喧嘩だ。
これにはレイも公爵も苦笑いを禁じ得ない。
『痛って!何すんだよ!ヒスババア!魔法使えるのは俺のおかげだってのに!』
「誰がヒスババアよ!今度その言葉口にしたら、その口縫い合わせて二度と口利けないようにしてやるって言ったわよね!」
『ふん!できもしない事言うなよ!ヒスババア~~~』
「むきぃいいいいいいい!シュターデンの前にあんたをボコボコにしてやるぅううううう!」
そして二人の口喧嘩は取っ組み合いの喧嘩へと発展。
毎度の事ながら、この茶番をしないと気が済まないのだろうか?
本気で殴り合う二人に公爵はおろおろとこちらに視線を泳がせる。
「コラ、スオロ。公爵閣下の御前だ。女王陛下もご自重下さい」
レイはスオロの襟首を掴み、ティアラから引き剥がす。
『兄ちゃん?ナニその喋り方?キッショ!』
畏まった口調のレイをスオロが茶化す。
流石は見た目通りのクソガキ。
レイは公爵の手前、鉄の理性で何とか堪える。
『あれ?どうしたの?いつもだったら鉄拳制裁なのに?もしかしてあのおじさんが怖いわけ?いつも自分が姉ちゃんの騎士だって息巻いてる癖にあんなオヤジが怖いの?ショボ過ぎてウケる~……ウゲッ!』
レイは生意気なクソガキが喋れないように、襟首をグッと締め上げる。
スオロは苦しそうに胸をタップするが、無表情のレイはギリギリと力を強める。
「スオロ……公爵閣下は国の重鎮だ。無礼の無いように」
『ウゥ……うん……う……』
スオロがぐったりと首を縦に振ったところで、レイは力を緩める。
これで上下関係がしっかり体に染み付いただろう。
「女王陛下、シュターデン殿。これは?」
公爵が恐る恐るこちらに疑問を投げる。
魔法を見せてくれると言われて、こんな茶番を見せつけられれば、困惑するだろう。
「土の精霊スオロ。女王陛下の契約精霊です」
『おう!俺が姉ちゃんの相棒のスオロだ。姉ちゃんの事は俺が面倒見てやるから、おじさんも俺の子分とし……うぅ!』
レイは説明に割って入った身の程知らずな精霊の襟首をもう一度締め上げる。
曇天に木霊するスオロの呻き声と公爵の苦笑い。
「シュターデン殿。スオロ殿も反省しているようだし、その辺で……」
「……チッ!分かりました。公爵閣下がそう仰るなら」
レイは舌打ちしながら、渋々手を離した。
礼儀を弁えないクソガキを寛大に許すなんて、この公爵は聖人か……
レイの公爵に対する好感度は大きく上がった。
『はぁはぁ……ふぅ~、助かったぜ。おじさんありがとな。暴力夫婦から救ってく……痛って!』
減らず口を止めない生意気なガキの脳天に、レイが鉄拳を叩き込む。
鈍い打撃音とコミカルな悲鳴と共にスオロが頭を抑えながら蹲る。
「女王陛下、これ以上スオロを野放しにすると話が進みません。さっさと魔法を披露して終わりにしましょう」
「そうね!そうしましょう!」
「…………」
何事も無かったかのように、澄ました顔のレイが話を進める。
さっさと予定を消化したいこちらの気持ちを察してか、ティアラも前のめりで話に乗っかる。
ただ一人置いてけぼりの公爵を残して……
「では女王陛下。スオロと二人で全力攻撃して下さい」
「レギュレーションは?」
「そうですね……こちらは一歩も動きません」
レイはティアラの問いに答えながら、スオロに不敵な笑みを浮かべる。
お前の攻撃なんて一歩も動かなくても捌ける……という安い挑発なのだが、案の定スオロは憤慨する。
「スオロ?舐められてるみたいだけどいいの?」
『いいわけない……だろぉお!』
青筋を立てたスオロが開始の合図を待たずに吠える。
途端、レイは視界に突然の夜が訪れたように真っ黒になる。
『潰れろぉおおおおおおおお!』
スオロが生み出した岩石だ。
大きさはおよそ三メートルくらいだろうか。
トワが使う中級魔法くらいの威力はあるだろう。
レイは心の中で感心しながら、迫りくる岩石を見据える。
「コンバットモード・フィスト」
レイの拳が仄かに青白く輝く。
マオとの戦いで使えるようになった部分強化だ。
全身強化に比べて、コントロールは難しく強化していない部分は弱いままだが、エネルギー消費が少なく瞬間的な出力も高い。
「せい!」
輝く拳を一振り……轟音と共に大岩は粉々に砕け散る。
「〈ロックランス〉」
ささやくようなティアラの詠唱。
大岩の影に隠れて、無数の石の短槍がレイを取り囲み……飛来する。
「破っ!」
レイは強化したままの両拳で槍の群れを叩き落とす。
『まだまだ!降り注げ!〈ストーンシャワー〉!』
「〈ガトリングストーン〉」
空から降り注ぐ人の頭ほどの岩の雨と、正面から襲い掛かる石礫の機関銃。
レイは息の合ったコンビネーションに口元が緩む。
二人の行動は一貫している。
スオロが派手な魔法でレイの目を引き、ティアラが手数の多い魔法で一本を狙う。
派手好きで頭に血が上りやすいスオロを、冷静なティアラが見事に使いこなしている。
二人の相性の良さとティアラのクレバーさに心底感心する。
だが……
「オーバーリミットモードカスタム」
それは勝負とは別問題……レイは損得の無い勝負事では意外に負けず嫌いだった。
レイの全身が眩い光を放つ。
体内の魔素により力、スピード、反射神経が百倍以上に高められる。
「おぉ!」
スローモーションになった世界の中、レイは降り注ぐ岩を全て受け止め、その岩を盾とし石礫の機関銃を防ぐ。
「〈マッドトラップ〉〈ロックブレイド〉〈ストーンニードル〉」
岩石の盾を叩く石礫の打撃音に紛れて、ティアラが魔法の詠唱をささやき続ける。
ドロドロの泥沼と化す地面、背中を狙う岩の大剣、前後左右から襲い来る鋭い石針。
強化された聴覚で聞き取れなければ、一瞬反応が遅れていただろう。
レイは泥沼に足を取られながら、迎撃態勢を取る。
「オーバーリミットモード・レッグ」
レイの両足が目の眩むほど煌々と光を放つ。
「おぉおおおおおお!」
数百倍に強化された脚力で強引に足元の泥沼を強引に蹴り抜く。
音速を超える回し蹴りは衝撃波と共に泥の弾丸を周囲にまき散らし、無数の石針を叩き落とし、石の大剣を粉々に打ち砕く。
「……はぁ~、これでも駄目かぁ~」
『もう!なんなんだよ!この兄ちゃん!こんだけやって一本取れないなんて!』
疲れた顔のティアラが魔力切れで地べたにへたり込み、その隣でスオロが悔しそうに地団駄を踏む。
ハンデ有りで負ければ、腹も立つだろう。
ここはひとつ、フォローしておいた方がいいだろう。
「いや、大したものです。女王陛下もスオロもかなり魔法が上達しております。そうは思いませんか?公爵閣下」
レイは訓練をポカンと眺めていた公爵に話を振った。
公爵の驚いた表情から、二人の魔法はグリセリアの霊術師と比較しても引けを取らないと推測できる。
彼はこの国の重鎮で見るからに武人だ。
きっと忖度抜きで二人に良い評価を下してくれるだろう。
「あぁ……武力だけで言えば、軍に属する霊術使いよりも強いだろう」
公爵が呆けた表情で力なく呟く。
「あら!リーングレイス卿。ワタシ達の力を認めて下さるの?」
「勿論でございます」
『ホントか!いや~、おじさん見る目があるなぁ~』
「こら!調子に乗るんじゃない!」
破顔するティアラの問いに、公爵はほんの僅かに引きつった笑顔で答えた。
「シュターデン殿……魔法に才能は必要ないのだったな?」
「はい」
褒められた喜びでじゃれ合うティアラとスオロを余所に、震える声の公爵がレイに問いかけた。
これにレイは短く肯定した。
厳密に言えば、ルミナス人のみが持つ魔素を操る脳波のおかげなのだが、公爵の問いに対する答えとしては、ルミナス人全員が魔法を使えるから間違いではないだろう。
「誰でも……女王陛下のような力が得られるのか?」
「訓練次第ですが、このくらいの水準なら半年も訓練すれば、ほとんどの者はできるようになるかと」
「……そうか」
レイの答えを聞いた公爵の顔色がみるみる青ざめていった。
彼は想像してしまったのだろう。
魔法がもたらす新たな世界と、霊術使いが支配するグリセリア王国の終わりを。




