第二百三話 お披露目前編
セリカが退場して静かになった応接間。
レイは小休憩の為、アイスミルクココアと紅茶と水をカップに注ぎ、それぞれをティアラ、公爵、自分の席に配膳した。
「ふぅ~、美味しい。生き返るわ~」
「いい香りだ。茶葉の香りがよく出ている」
「恐縮です」
レイが出した飲み物に王族二人は満足そうに息を吐く。
「ところでシュターデン殿。この紅茶だがお湯は何処から持ってきた?そのポットから直接お湯が出たように見えたが?」
リーングレイス公爵はレイの手前に置かれた白いポットを指差しながら、不思議そうに疑問を投げた。
この時代の文明レベルは、地球で言うところの中世初期くらいだ。
戦争は弓と槍だし、水は井戸だし、灯りは蝋燭だし、煮炊きは薪だ。
当然、電気やガスや魔素なんてモノは存在しないし、魔素式湯沸かしポットなんてどこにも無い。
レイが考え無しに使っている文明の利器は彼らにとってはまさに魔法の道具なのだ。
「はい、このポットで沸かしました。水は空間圧縮バッグの中に保存している物です。茶葉やココアパウダー、砂糖、ミルクもそちらに入れております」
「……そうか」
「シュターデン。相変わらず、あなたの説明はよく分からないわ。見た目以上にモノを持ち運びできるポケットとか、火を使わずお湯を沸かせるポットとか、家畜無しで作れるミルクとか」
「女王陛下!今、家畜無しでミルクと仰いましたか!?」
「えぇ、このミルクココアもそうよ。空の悪魔の襲撃のせいでミルクの生産量が著しく落ちたから、ミルクは高級品だし」
「……左様で……ございますか」
気の抜けた声のティアラと額から薄っすらと汗を流す公爵。
両者を見比べるレイはとても妙な気分だった。
自分より遥かに地位が高い公爵閣下が飲み物一杯で驚愕の表情を浮かべる。
『永劫』の遺跡でツクヨミに押し付けられた食品複製機がこんな形で役に立つとは……
食品複製機はタンパク質、糖質、脂肪、ミネラル等を機械的に合成し、食材を複製する機械。
料理を直接作る事もできるが、その場合手作りより二段くらい味が落ちる。
やたら頑丈に設計されていたから、タイムワープの影響も全く受けていない。
おそらくこの時代に来て一番働いている機械はこれだろう。
(マスターレイ。ルミナス人から見たら、我々の持ち物は数千年先の技術の結晶です。驚かれるのは至極当然かと)
(…………)
首を傾げていたレイの脳内にアスからの呆れ声のツッコミ。
レイは自分の迂闊さに閉口する。
もしかしてシュターデン……未来の自分はこの事態を経験したからツクヨミを通じて食品複製機を持たせたのかもしれない。
結果と原因の因果が逆転している。
レイがタイムスリップした事で確実に歴史が改変されている。
今はまだ小さな影響だが、これが波紋となり、いずれ大きな影響に変わっていくのだろう。
レイは心の中で漠然とした不安に襲われた。
果たして自分は一万年後のルミナスにちゃんと戻る事ができるのだろうか?……と。
(マスターレイ。おそらくですが、我々が経験した一万年後の世界はここで我々がどう行動しても絶対に辿り着く未来なのだと推測します。世界は我々がタイムスリップした事を前提に動いております)
レイの不安を脳波で感じ取ったアスが、彼なりの推論を淡々と語り始めた。
(マスターレイは、マスタートワ達と合流して一万年後に戻りたい。そしてその過程で空の悪魔は倒したい。ルミナスの歴史にシュターデンが登場する事とマスタートワが存在する事から、少なくとも空の悪魔を退けるという事と、ティアラ様が子孫を残すというところまでは、今の方針で達成可能かと……)
(逆を言えば、自分達が一万年後に戻れるという保証はどこにも無いのだな?)
(肯定……ただし、マスターレイがいずれ『永劫』と同型の時空転移装置を作るのは確定していると推測)
(そうか……ありがとう)
レイは心の中で小さく微笑んだ。
相棒は感情を獲得しても、事実しか言わないのは相変わらずだ。
彼に嘘を吐いてまでレイを励まそうという考えは無い。
だからこそ、彼の推測する未来に希望が持てる。
「さて、小休憩はここまでよ。続きをしましょう。次の議題はなんだったかしら?」
ミルクココアを飲み終え、幾分か元気を取り戻したティアラがレイに問いかける。
「女王陛下による魔法の実演です。おそらくセリカさんが聞きたかった二つ目の質問がそれでしょうし、公爵閣下も知りたい事でしょう」
レイが椅子から立ち上がりながら、二人に目配せする。
「そうだな。魔法とやらは是非ともこの目で確認しておきたい」
レイに倣い、公爵も席から立ち上がる。
「中庭に行きましょう。ここじゃ派手な魔法は使えないから」
最後にティアラが立ち上がり、三人は応接間を後にした。
グリセリア王城中庭。
案内された公爵は目を見開き絶句した。
「女王陛下……ここは……」
ティターンに踏み荒らされ荒廃した瓦礫だらけの一角。
かつては美しいバラ園があったそうだが、復興で忙殺される日々の中、人々に忘れ去られ、今も戦果の爪痕がそのままで人通りは皆無。
レイ達はその事を逆用して、瓦礫が危険だという理由でここを立ち入り禁止し、秘密の訓練場にしていた。
「見ての通りよ。全部空の悪魔の仕業」
ティアラは少し寂しそうにポツリと呟いた。
「クッ!前国王と王妃が大切にしていたバラ園が……」
公爵が悔しそうに俯いた。
彼がここに来たのは今日が初めてだ。
立ち入り禁止にしていたのだから当然だ。
彼は公爵であり、前国王と王妃を支えた重鎮。
ここがまだ綺麗だった時の事も知っているだろうし、思い入れもあるだろう。
彼が心を痛めるのも必然だろう。
「シュターデン殿……ここで女王陛下と訓練をしていたのか?」
「……はい」
公爵の責めるような口調にレイは思わず顔を背けた。
迂闊だった……この王城にはティアラと彼女の両親の思い出が沢山あったはず。
それを荒れ果てたまま利用するのは、あまりにも無神経だった。
「リーングレイス公爵。お気持ちは嬉しいけどシュターデンを責めるのはお門違いよ。彼はワタシの両親を知らないし、街の復興を考えれば、ここは後回しにせざるを得なかった」
ティアラが寂しそうに微笑んだ。
まるで泣きたいのを我慢している子供みたいな表情だ。
今までティアラは悲しみを胸の奥に押し込みながら、ここで訓練をしていたのかと思うと、胸が締め付けられたみたいに苦しくなった。
「さぁ、実演を始めましょう!今日こそシュターデンから一本取ってやるんだから!」
ティアラの空元気がどんよりとした空に響く。
「そうだな」
レイは小さく頷いた。
今日はできるだけ早く終わらせよう。
もうすぐ雨が降りそうだ。




