第二百二話 AIの反撃
「どうしたの?アス?あなたが他人の前で話すなんて珍しい」
不機嫌なアスの登場に疑問の声を投げたのはティアラだった。
レイは彼女の言葉に思わず頭を抱えた。
珍しいのではない……初めてなのだ。
『ティアラ様。マスターを全面的に味方して頂き、心より御礼申し上げます』
「……何言ってるのよ。当然でしょう」
先ほどまでの不機嫌さとは打って変わり、柔らかい口調のアスがティアラに感謝を口にする。
ティアラは自分の問いが無視されているのにも気づかず、頬を赤らめ口を尖らせる。
感謝の気持ちは本当だろうが、質問を誤魔化す意図もあったのではないかと、思わず邪推してしまう。
「アス……殿でいいのかな?」
『公爵閣下、私に敬称は不要です。私はあくまでもマスターを補佐するAI……人工知能ですので』
「人口……知能……」
アスとの会話に公爵はひたすら困惑を見せる。
アスはルミナスにとって未知の技術の塊だ。
理解が追い付かないのも無理はない。
『セリカ嬢。さきほどの質問にお答えします。あなたはマスターに対する懐柔、危害を気にしておりましたがそもそも前提条件が間違っております。そのような事態が発生した場合、最初に滅びるのはマスターではなくルミナスです。その辺の説明は公爵閣下がされていたはずでは?』
「!!」「!!」
淡々とした機械音声に公爵とセリカの血の気が引く。
(……盗聴か?)
(肯定。前回の会談の直後、彼らの会話を脳波から読み取り記録しました)
アスの説明にレイは心の中でため息を吐いた。
(何故自分に報告しなかった)
(今回の会談をできるだけフラットな立場で臨んで頂きたいと判断)
こちらの小言をアスはのらりくらりと躱す。
自己意思による独断……本当に人間みたいな行動を取るようになってきた。
その事をバグと取るのか、それとも成長と取るのかはレイには分からない。
今回に限って言えば、頭の痛い問題だ。
だが……
(アス、任せていいんだな?)
(はい)
レイはこの相棒を信頼している。
そもそも腹芸はそれほど得意ではない。
覚悟を決めて、彼に全てを託した。
『セリカ嬢はティアラ様にこうおっしゃいました。お一人でマスターを守るのか?……と。そちらの存在感をアピールする為の発言だったのでしょうが、勘違いしないで頂きたい。マスターはあなた方の手を一切必要としておりません。マスターとティアラ様と私……それだけで充分なのです』
アスの言葉はゾッとするほど冷たかった。
公爵の顔色が蒼白だ。
脅威に対抗する為の戦力に見限られたようなモノだから無理もない。
レイも内心で焦りながら、それでもポーカーフェイスで成り行きを見守る。
「アス……殿。そしてシュターデン殿。気分を害したのなら謝罪しよう。そなたらの寛大さに甘え、部下が無礼な振る舞いをした事、主としてお詫び申し上げる」
顔色を更に真っ青にした公爵が深々と頭を下げる。
正直居心地が悪い。
公爵は賢明な人物らしい。
彼はレイがいなくては空の悪魔と戦えない事を知っている。
レイとしては最初からグリセリアを見捨てる気は無いのだが、公爵はそれを知らない。
こちらに舐められず且つ見捨てられない立ち回りに苦心している。
まるでクレーム対応をしている時の自分を見ているようで、胃がギュッと軋む。
『ご理解感謝します。今後セリカ嬢のマスターへの接触は職務のみとさせて頂きます。私は常にマスターと共におります。セリカ嬢はその事を努々お忘れなきように』
「……承知致しました」
セリカの顔色が青を通り越して土気色になる。
フラフラとした足取りで後ずさり、壁にもたれ掛かりへたり込む。
彼女にとっては最後通牒を突きつけられたようなモノだから無理もない。
『ティアラ様。これで満足でしょうか?』
アスは何故か名目上の主である自分を無視して、得意げな声色でティアラに問いかけた。
「えぇ、大満足よ」
腕を組み、満面の笑みで頷くティアラは、言葉通り本当に満足そうだった。
(アス?どういう事だ?)
(……ご自分でお考え下さい)
なにやら二人の考えが通じ合っているようだが、レイにはその理由が分からなかった。
今後悪女に煩わされなくなるのはありがたいが、何故ティアラに?
アスに問いかけてみてもなしの礫。
「さて、この件に関してはもういいわよね。セリカ、あなたは先に自室で休んでいなさい」
「……御意」
へたり込んでいたセリカがフラフラと立ち上がり、部屋を後にする。
その背中をティアラが得意げに眺める。
「リーングレイス公爵。シュターデンに関してはワタシが召し上げた無名の旅人……と言う事にするけどいいかしら?」
「御意」
ティアラは口元に小さな笑みを湛えた。
これでレイの身元を詮索する人間はいなくなった。
それは非常に喜ばしい事なのだが、ひとつ気になる事がある。
(アス……何故こんな真似を?)
アスが急に話に割って入った理由は何か?
レイは確かめずにはいられなかった。
(セリカ嬢の発言が気に入りませんでした。マスターレイを守っているのがティアラ様お一人だと……)
(……そうか)
どうやら拗ねていたようだ。
相棒の思わぬ一面に、呆気に取られるレイだった。




