第二百一話 不和
「貴女様が証拠とはどういう事でしょうか?女王陛下」
険しい顔のリーングレイス公爵が、緊張した面持ちのティアラに問いかける。
「……説明を始める前に、魔法に関する資料をご覧になって頂けるかしら。シュターデン」
「はい、女王陛下」
ティアラの固い声に、レイがいつもの平坦な声で応えて、手元の資料をティアラと公爵に手渡す。
「資料の項目は魔法の原理、魔法によって引き起こされる現象、魔法を利用した産業改革、魔法による国防、空の悪魔に対する防衛手段並びに戦術の考案となっているわ。一先ず目を通しながら、話を聞いてもらってもいいかしら。質問は後でまとめて受け付けるわ」
「……御意」
…………ティアラがこわばった口調とガチガチの表情で資料を読み上げる。
上級貴族を前にした女王として初めてのプレゼンに緊張は最高潮なのだろう。
説明中に噛まなかっただけでも大したものだ。
ティアラの説明を聞き終えた公爵は眉間にしわを寄せ、瞑目し、唸り声を上げた。
「まず分かっているところから確認しましょう。土の精霊により農作物の生産力が大幅に上がったとありますが、これは王都で行われている特殊な土による農法と捉えて問題ないでしょうか?」
「えぇ、公爵。それで間違いないわ」
「シュターデン殿の超人的な力と光の剣や光線は魔法によるモノで間違いないでしょうか?」
「えぇ、そうよ」
「では次にシュターデン殿に質問だが、我々も訓練次第ではそなたと同様の魔法を使えるようになるのか?」
「おそらく不可能でしょう。自分は体内にマオさん……無属性の大精霊を内包しておりますので」
「大精霊とは?」
「人格を持った巨大な魔素の集合体です。魔素は説明書にある通り、魔法を使う素となる極小サイズの生命体で、それ自体には大した意思はありません。意思が無いという事は力を欲さないという事です。力を得る為にはより強い意思が必要です。現状、大精霊になるほどの強い人格を人工的に作る事は不可能です」
「……何を言っているのかよく分からないが、現状シュターデン殿と同等以上の戦力を得るのは不可能という解釈でよいか?」
「はい」
一通り状況確認した公爵が低い唸り声と共に頭を抱える。
食糧問題以外の住宅問題や防衛問題については即効性のある解決策が無いからだ。
苦悩する彼には為政者としての責任感がありありと窺える。
レイは国を守ろうと必死な公爵に少しばかり好感を抱きながら口を開く。
「まず、空の悪魔についてですが、しばらくは問題ありません。軍事行動の準備とは時間が掛かるモノです。今回の空の悪魔の出兵だって、あの程度の規模で一月近く掛かりました。国全土を巻き込むような大規模な軍事行動には数ヶ月の準備を要するでしょう。その間、可能であれば、地方の小さな村々の住民を全て王都に移住させて頂ければありがたいです。王都だけなら自分一人で防衛可能です」
「シュターデン殿……今、あの程度と言ったか?」
「はい、敵はクローン兵で装備も旧式のモノばかり。おそらく様子見の使い捨てでしょう。敵の損失は限りなくゼロです」
「……あれが使い捨て?」
「それが現実です」
レイが淡々と絶望的な現状を語る。
その言葉に公爵の顔面が蒼白になる。
「幸い、敵の装備はいくらか奪取できましたし、それらを整備すれば多少マシにはなるでしょう。訓練は必要でしょうが、普段武器を使い慣れている兵士なら問題なく扱えると思います。車両については補助AIを付けて、基本自動操縦にして、輸送と固定砲台として使えば戦力の足しくらいにはなるでしょうし」
レイはティアラと公爵の前に資料を一枚差し出す。
そこにはレイが奪取した装備の一覧と運用方法が記載されていた。
欲を言えばギラニウム装甲の車両を手に入れて、グレイプニルと同型の戦闘機の素材にしたかったが無い物強請りをしても始まらない。
そんな内心を飲み込みながら、レイは説明を続ける。
「公爵閣下には、百人ほど精鋭の騎士を選別して頂きたくお願い申し上げます。空の悪魔から奪取した装備の使用方法について訓練したく存じます」
「承知した。可及的速やかに対応しよう」
「ご理解感謝いたします」
疲れた表情の公爵に、レイが恭しく頭を下げる。
ここでしばしの沈黙……ティアラと公爵の顔色が優れない。
予算編成に法整備に徴兵に公布に魔法の訓練。
急ぎやるべき事が山ほど増えたのだ。
「申し訳ありません。発言をお許し願えますか?」
静寂が支配する応接間の沈黙を破ったのはセリカだった。
セリカはおずおずと手を挙げながら、公爵に上奏する。
「シュターデン殿?」
「はい」
公爵がレイに目配せし、レイは頷いてセリカの発言を許可する。
「シュターデンさんの説明もほとんど終わりましたし、二つほど確認しておきたいのですが……まず知識の出所、もっと言えばシュターデンさんの出自についてお聞きしても?」
「セリカ!」
「いえ、大丈夫です」
顔から血の気が引いた公爵が低い声でセリカを叱責する。
どうやらセリカの発言でレイが気分を害したと思ったのだろう。
今日はハクジャがいない為、こちらの考えが分からない。
公爵が何故そこまで自分との関係性に慎重なのかは分からないが、部屋の空気を悪くしない為にも、レイは極力穏やかな声で応じた。
「セリカさん。自分はシュターデン以上でも以下でもありません。そもそも自分が何者かは大した問題ではないでしょう?」
「しかし、あなたは自分が異邦人であるという説明しかしておりません。身元が分からない者に命を預けるほど、人は他人を信用できる生き物ではありません」
レイは思わず頭を捻った。
セリカの問いかけは御尤もだった。
これがここにいる者達だけの個人レベルの話ならレイの身元など問題にしなくてもいい。
だが、事は国家レベルひいては惑星レベルの話だ。
得体の知れない何者かの言葉に反感を持つ者は少なからず現れるだろう。
「セリカ。それはシュターデンの仕事ではないわ」
セリカの言葉に答えたのはティアラだった。
彼女は努めて厳かな声で言葉を紡いだ。
「仮にシュターデンがどこかの国の高貴な人間で、信頼における身分だったとしましょう。それでもきっと彼に反発する者は現れるでしょう。彼がやろうとしている事は、この世界の根幹を揺るがす革命。既存の霊術使いや、既得権益者等、その地位を脅かされる恐れがある人間ほど反感を持つのだから」
ティアラは言葉を区切り、全員に視線を送った。
そのアメジストの紫瞳は揺るがない覚悟の光を宿していた。
「彼はグリセリアの……そしてルミナスの為に空の悪魔と戦ってくれる勇敢な戦士。その戦士が十全な状態で戦えるように環境を整えるのがワタシ達の仕事。ワタシ達の力は空の悪魔には遠く及ばない。だからこそ、政治や世間から彼を守るのはワタシ達……いえ、ワタシの仕事なの」
覇気に満ちたティアラの言葉に、レイは頬を緩ませた。
最初に会った時から何も変わっていない。
彼女は一見幼くて頼りないが、その本質は王族。
この世に高貴な魂なんてモノがあるとしたなら、それはきっと彼女が持つ精神の事なのだとレイは思った。
だが、言われたセリカはレイとは同じ考えには至らなかったらしく、その表情を強張らせた。
「女王陛下、ご高説御尤もです。しかしながら、世の中はそう単純ではありません。シュターデンさんの力が世に知れ渡るのはもはや時間の問題。そうなった時、周囲は様々な方法でシュターデンさんの力を入手もしくは排除しようと動くでしょう。富、権力、女、薬物、脅迫、ありとあらゆる手段で……そうなった時、女王陛下お一人でシュターデンさんをお守りする事ができますか?」
セリカは真っ直ぐな力がこもった視線で、問いを投げかけた。
……数瞬の沈黙、ほんの少しティアラが考え込んだ僅かな隙間。
『セリカ嬢、あなたの意見には賛同しかねます』
静寂を破ったのは不機嫌な機械音声だった。
「えっ!?ナニ?今の?」
「曲者か!」
機械音声の正体は勿論アスだ。
彼がレイの許可も取らず、独断で他人に話すのは今回が初めてだろう。
レイは突然の出来事に、大いに肝を冷やしていた。
だが、自分よりも驚いている人間が目の前に二人。
誰もいないはずなのに、突如聞こえてきた謎の声。
公爵とセリカは目を見開き、腰を抜かした。
「公爵閣下。これが前回、あなたが気にしていたアスです」
『初めまして。マスター付きの支援AIAS03、個体名アス』
アスは頭を抱える主を余所に、不機嫌そうな平坦な声で形式的な挨拶を口にした。
凍り付いた空気の中、レイは波乱の予感に胃が痛くなる思いだった。




