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第二百話 対策会議

「よし!出来た!」


 タイムスリップから二十八日目。

 まだ朝日も出ていない未明の空にはどんよりと漆黒の雲。

 自前の室内灯で照らされた明るいレイの私室から歓喜の声が鳴り響いた。


「どうしたんですか?シュターデンさん?」

「……セリカさん。お久しぶりです」


 喜んだのも束の間。

 ノックもせずに入って来た悪女(セリカ)の訝しむような声に、レイの機嫌は窓辺の空のように雨が降る寸前だ。


「あら?つれないですわね。部屋に閉じ籠りきりの殿方が()()()持て余していないか心配で来たというのに」

「お帰り下さい。阿婆擦れ(あなた)の出る幕はありません」


 レイはうんざりした気分で吐き捨てた。

 この女が側にいると、どうもイライラして調子が狂う。


「ところでシュターデンさん?随分とお部屋が明るいですが、何をされたのですか?」

「……今日の会談で使う報告書と提案資料の作成です」

「いえ……そうではなくて……」


 レイが機械的に吐いた言葉に、セリカが首を傾げて困惑した声を漏らした。


「この部屋を照らしている天井の灯りの事です。蝋燭の灯より遥かに明るい」


 レイはハッとした。

 レイの部屋は文明レベルを無視して色々と魔改造を施している。

 部屋を煌々と照らす室内灯は勿論、机の上には個人用情報端末と電気ポットとインスタントコーヒーの入ったカップ。

 机の隣には小型空調と防音フィールド発生装置。

 この部屋だけ、文明レベルが数十世紀先に進んでいた。


「いちいち説明するのが面倒くさいです。自分はそういう物を作る知識があるとだけ憶えておいて下さい」

「あらあら?随分と辛辣ですね?」

「仲良くする必要の無い相手に、愛想を良くする必要性を感じませんので」

「……随分と辛辣ですね」


 レイのギラニウム装甲よりも固い心の壁に、セリカの声色に焦りの色が浮かぶ。


「そういえば姫様の部屋にも同じモノがあったような……」

「女王陛下です。セリカさん」


 レイは馴れ馴れしくティアラを姫様呼びする先輩侍女をギロリと睨み付ける。


「おっと、ゴメンなさい。つい癖で……何せ付き合いが長いですから」


 軽く威圧してみたが暖簾に腕押し。

 クスクスと笑いながら、マウントを取ってくる始末。

 この飄々とした女をティアラから……というより自分から遠ざけたいというのが本心だが、彼女がいないと今の王城は回らない。


 セリカの今の立場は侍女長。

 リーングレイス公爵の推薦で、ティアラも渋々許可した。

 正直、侍女長になった彼女の仕事ぶりは目を見張るモノがある。

 あの会談以来、レイが城の雑用から解放されたのは、彼女の手腕によるところが大きい。


 こうして、自室に引き籠って資料を纏められるのも、彼女のおかげだと言っても過言ではないだろう。


「シュターデンさん。今日の公爵閣下との会談は昼食後からですが宜しいですか?」

「……問題ありません」

「では、()()にもそのようにお伝え申し上げます」

「…………お願いします」


 なるほど、明かりのついた部屋に勝手に入って来たセリカの目的はスケジュール確認か。

 ふざけた調子だがちゃんと仕事はしている侍女長に感心すればいいのか、この期に及んで付き合いが長いマウントを取ってくる馬鹿女に呆れればいいのか。

 しょうもない困惑がレイの返事を僅かに遅らせた。



 ……時間は少し進み、昼時の応接間にて。


「それでは女王陛下。先のリーングレイス領襲撃についての詳細報告、並びに今後の空の悪魔への対策について、会議を始めとう存じます」


 この場にいるのは、レイ、ティアラ、リーングレイス公爵、セリカの四人。

 セリカが淹れた紅茶の香りが漂う中、リーングレイス公爵の言葉を皮切りに会議が始まった。


「それでは、まずはリーングレイス領の被害状況の詳細について私、セリカから報告させていただきます」


 最初に口を開いたのは、凛とした佇まいの如何にもできる女といった雰囲気を醸し出すセリカだった。

 リーングレイス公爵の後ろに控えていた彼女に、ティアラが訝しげなじっとりとした視線を送る。


「ねぇ、シュターデン。セリカはワタシの侍女長よね?なんであっち側にいるのよ」

「ご想像通りです」


 ティアラが唇を尖らせながら、ムスッとした口調で後方に立つレイに問いかける。

 長年付き合って来た侍女が実はスパイでしたなんて話、ティアラからすれば面白いはずが無い。

 おそらく前回の会談あたりから、薄々は察していたのだろうが、いざ目の前に事実を突きつけられれば腹も立つというモノだ。


「まず良い報告からですが、領都への被害は無し。シュターデンさんがシャンティン要塞で、空の悪魔の進行を食い止めてくれたおかげです。次にミシディア砦で攫われたと思われる住民のおよそ九割が、ミシディア砦の北百キロ地点の街に発見されたとの報告。こちらもシュターデンさんのおかげだという事で宜しいでしょうか?」

「間違いありません」


 淡々と分かりやすく会議を進行するセリカの問いに、レイは簡潔に感情を込めずに答えた。


「そうか。シュターデン殿にはまた借りができてしまったな」

「……」


 公爵が大きく息を吐きながら、感謝を口にする。

 公爵様が異邦人風情に殿()を付けているのだから、彼は本心から感謝しているのだろう。

 隣で何故か胸を張るティアラの仕草がなんともコミカルで可愛らしい。

 こういうところは子孫(トワ)にしっかり遺伝したと見受けられる。


「女王陛下。せっかくですからこの()()を使っては?」

「むぅ……別にいいわよ!あなたの手柄でしょう!」


 レイの耳打ちにティアラがムスッとした表情を浮かべる。

 部下の手柄を横取りするみたいで嫌なのだろう。

 臣下の手柄はそれを取り立てた主君の手柄だし、この()()を使えばティアラの状況も少しは楽になるというのに……

 そういう生真面目な甘さとプライドが彼女の欠点であり、魅力でもあるのだろう。

 青臭くて真っ直ぐな彼女に、レイの頬が思わず緩む。


「次に悪い報せです。今回の襲撃でおよそ三万人の戦死者と五万人の負傷兵が発生。シャンティン要塞の半壊とミシディア砦の壊滅を受け、七万人の難民が発生。冬までに難民対策が行われなければ、七万人の内、五万人が餓死すると試算致します」


 セリカが顔色一つ変えずに最悪の報告を口にした。

 難民のほとんどはミシディア砦の住民。

 そしてそのほとんどは戦災孤児や未亡人。

 彼らに今すぐ自分の食い扶持を稼げというのは正直酷だろう。


「どうだろう?シュターデン殿。そなたが助けた手前、見殺しにするのも心苦しいだろう?何か打開策があればご教授願いたい」


 公爵が丁寧且つ含みのある言葉でレイに問いかける。

 その鉄面皮からは「お前が助けたのだからなんとかしろ」という思いが透けて見える。

 レイはこちらに責任を押し付けるような物言いに、些か気分を害しながら、そんな事はおくびにも出さず、スッと手を挙げる。


「……まず、小官の案を説明する前に、問題点を洗い出していきたいと思います」


 レイは淡々とした言葉に、ティアラと公爵が耳をそばだてる。


「問題点は大きく三つです。一つ目、生産力が落ちた事による食糧問題。二つ目、建物が壊された事による住居問題。三つ目、圧倒的な軍事力を持つ空の悪魔に対する防衛力の問題」


 レイの言葉に二人が首を小さく縦に振り、同意を示す。


「それらの対策に当たり、小官は『魔法』を提案したいと存じます」

「……」

「魔法?」「魔法?」


 レイの提案にティアラが神妙な顔つきで黙り込み、公爵とセリカが怪訝な表情を浮かべる。


「魔法とは小官が空の悪魔と戦う際に使用する技術であり、霊術と違い、訓練次第では誰でも使用可能になります……そうですよね、女王陛下」


 レイは淡々とした口調で説明しつつ、ティアラに目配せした。

 ティアラは不安そうな表情でレイに視線を投げたが、こちらが頷くと意を決し、言葉を紡いだ。


「……シュターデンの言う通りよ。ワタシがその証拠だから」


 この場の視線が全てティアラに集中する。

 レイは祈るような想いでティアラを見つめた。

 レイはティアラに女王としての存在感を示してもらう為に、敢えて感情を顔に出さずに見守った。


 ここからが正念場。

 シュターデンが生み出した『魔法』を胡散臭い(まじな)いにするのか、それとも希望の光にするのか。

 ティアラの女王としての器量が今試される。

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