第百九十八話 魔道具とミルクティー
「シュターデンさんは自室と女王陛下の部屋、どちらでお休みになりますか?」
ルートヴィヒとの腹の探り合いを終えて、ティアラの自室に向かう途中。
しばらく歩き、ルートヴィヒのいる客間から離れた途端、セリカが放った一言がこれだ。
嫌らしい笑みを浮かべるセリカを前に、隣のティアラが顔を真っ赤にする。
そして、レイは悪女の言動に激しい頭痛を催した。
「自室に決まっています」
「そうですか?では夜伽の相手はわたくしが……」
「はっ?」
頬を赤らめ、瞳を潤ませたセリカが、こちらの腕に抱き着こうとする。
レイは悪女の腕を払いのけ、冷たい声で拒絶した。
「あらあら?つれないですね。英雄色を好むと言いますし、てっきり姫様では欲情できないのかと」
セリカがティアラの胸元と自身の胸元を見比べながら、煽情的な瞳をレイに投げかける。
レイは空気を読まない万年発情期女の言葉に頭痛が止まらない。
だが、セリカのおふざけも束の間。
レイの背中にゾッと悪寒が走る。
「セリカ……不敬罪で断頭台に掛けられたいようね……」
悪寒の発生源は隣のティアラ。
笑顔でこめかみに青筋を立てる彼女の発言は暴君そのもの。
だが、今回ばかりはティアラを応援したいと思う。
「あらあら、怒らせてしまったようですね。それでは断頭台に掛けられる前に退散しなくては」
そうおちゃらけた声を残して、セリカはそそくさと走り去っていった。
「……行ってしまったな」
「そうね。次会う時は法廷だけどね」
そして呆気に取られたレイと、怒りで肩を震わせたティアラは、暗い廊下に二人取り残された。
「……部屋まで送ろうか」
「うん……お願い」
気まずい空気の中、顔を真っ赤にしたレイにティアラが手を差し出す。
「廊下、暗いから……しっかりエスコートしなさい」
「……あぁ」
上目遣いのティアラが、可愛らしく懇願する。
レイのゴツゴツとした手が、ティアラの小さくて滑らかで繊細な手をそっと握りしめた。
その柔らかな感触が、レイの頬をますます熱くした。
甘酸っぱい空気の中、歩く事しばし……
レイはティアラの自室の扉をそっと開いた。
「ねぇ、レイ。ちょっと寄っていきなさい」
「はっ?流石に拙いのでは……」
ティアラが頬を赤らめながら手招きする。
レイは思わずギョッとした。
先ほど婚約者の父親に釘を刺された直後だし、流石に二人きりでの同室は憚られた。
「何勘違いしてるのよ!作戦会議よ!」
唇を尖らせたティアラが声を張り上げた。
レイはハッとした。
どうやら悪女の発言が、レイの脳みそをピンク色に染めていたらしい。
確かにティアラの言う通り、今後のリーングレイス公爵への対策を話し合っておく必要がある。
(アス)
(周囲に人間の反応無し)
レイはアスに周囲を見張らせつつ、おずおずとティアラの部屋に入る。
後ろめたい事は無いはずなのに、何故かとてもいけない事をしているような気がした。
「シュターデン、眠気覚ましに紅茶でも入れてくれる?」
「……仰せのままに、女王陛下」
ティアラがいつもの調子で、レイに催促。
入室早々、人使いが荒い。
レイは口元を緩めながら、水差しの水を『炎要らずの鍋』に注ぐ。
「しかし、いつ見ても便利よね。その魔道具って」
「本来は魔石を使って湯沸かしのエネルギーを得るのだが、これは体内の魔素からでもエネルギー供給可能だからな」
興味津々に鍋を覗き込むティアラに、レイが得意げに解説する。
「それって、ワタシにもできるのかしら?」
「君はスオロと契約しているからな。おそらく魔素も体内に保有しているだろうし、できると思うぞ」
目を輝かせるティアラが微笑ましくて、レイの口元が思わず緩む。
「やってもいい?」
「少し待ってくれ。鍋を安全な場所に降ろす」
レイはいったんティアラを制止し、テーブルの上に鍋を降ろした。
「取っ手のこの部分を握ってみてくれ。きっと湯が沸くはずだ。その際魔力を消費するから疲れを感じるかもしれない。辛いと思ったら無理をせず、鍋から手を離すんだぞ」
「うん、分かったわ」
ティアラが取っ手を握った途端、鍋の中の水がクツクツと音を立てて沸き始める。
「どうだ?疲れは感じないか?」
「うん。ほんのちょっと力が抜ける感覚があったけど、すぐに治ったわ」
彼女はスオロと精霊契約してから一日も欠かさずに魔法の訓練をしてきた。
まだまだトワ達には遠く及ばないが、一万年後の一般人くらいの魔力は持ち合わせている。
加えて、レイの努力の甲斐もあり王都周辺に限り、魔素の濃度が一万年後のルミナスに近いレベルまで高くなっている。
今のティアラは土魔法に限り、一般魔法を中級レベルまで使用可能だ。
これは低級精霊としか契約していない祈祷師としては破格の実力だ。
「そうか。頑張ったな」
レイは目を細め、ティアラの頭を優しく撫でた。
「ちょっと!子ども扱いしないでくれる!」
ティアラが恥ずかしそうにレイの手を払いのけ、こちらをキッと睨みながら、その絹のように繊細な銀髪を手櫛で整える。
「アッ……すまない。つい……」
レイは慌てて手を引っ込め謝罪する。
ティアラは年頃の女の子だ。
こういう事をされるのは嫌だったのだろう。
トワや杏はこうすると目を細めて、気持ちよさそうにするから、その癖でやってしまった。
「アッ…………」
手を引っ込めて瞬間、ティアラが何か言いたげな目で息を漏らした。
「ん?どうした?」
「……何でもないわよ!」
ティアラが不機嫌そうに湯の沸いた鍋をレイに突き付ける。
「それよりさっさと紅茶入れてよね!」
レイはご機嫌斜めなお姫様の手から鍋を受け取る。
「仰せのままに……お砂糖はいくつになさいますか?」
「……三つ、ミルクもね」
彼女にはまだまだストレートティーは早いようだ。
レイは口元を緩めながら、慣れた手つきでミルクティーをカップに注いだ。




