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第百九十六話 駆け引き

 グリセリア王城客室。

 先日大急ぎで整えたばかりの、おそらくこの王城で一番豪華な部屋。

 レイがセリカに懇願(きょうはく)されて、ヘトヘトの身体を引きずりながらこの部屋に来たのは、客人に会う為。

 客人の名はルートヴィヒ=フォン=リーングレイス公爵。

 グリセリアの大貴族にして、先王時代からの重鎮だ。


「そなたがシュターデンか。お初にお目に掛かる。私はルートヴィヒ。ルートヴィヒ=フォン=リーングレイスだ」


 丁寧に磨き上げられたオーク材の扉をくぐった先には、燃えるような真っ赤な髪と烈火の如く赤々とした瞳を持つ武人が待ち構えていた。

 鍛え上げられた鋼鉄の肉体と百戦錬磨の気配は、心の弱い者なら震え上がる事だろう。


「ティアラ=グリセリア=オールドライフ女王陛下の騎士シュターデンです。ご尊顔を拝謁致しました事、恐悦至極と存じます」


 レイは騎士らしく片膝を折り、公爵の前に跪く。

 その姿をルートヴィヒは興味深そうに眺める。


「ほぅ……我が息子ウィリアムを打ちのめしたと聞いたからどのような人物かと思えば、礼節は弁えているのだな」

「自分が無作法な振る舞いをすれば、主が恥をかきます故」


 ルートヴィヒは息子を痛めつけられた事を責めているのだろうが、そんな嫌味は敢えて無視した。


「ほぅ……私の覇気にも動じないか。大した胆力だ」

「恐縮です」


 ルートヴィヒが感心したような表情で口元を緩め、右手で自身の顎を撫でる。

 レイは首を垂れたまま、恭しく答える。

 確かに中々の圧力(プレッシャー)だが、イフリートやウンディーネ、ゲイリーに比べたら赤子同然だ。


「まずは掛けてくれ。そのままでは話しにくかろう」

「お気遣い痛み入ります」


 レイは勧められるまま、ルートヴィヒの正面の椅子に着席した。


(アス、部屋の様子は)

(屋根裏に一人。生体反応からハクジャ。扉の前にはセリカ。如何なさいますか?)


 レイはアスの事務的な言葉に頭を悩ませた。

 おそらくハクジャは人の考えを読み取る能力の持ち主。

 扉の前のセリカは話が終わるまで自分を逃がさないようにする為の見張り。


(アス、彼らがここまでする理由は何だと思う?)

(おそらくマスターレイを自分の陣営に引き込む為の勧誘。空の悪魔と戦うだけの武力を有している事がバレたのですから、当然の反応かと)

(……そんなところだろうな)


 平坦なアスの言葉を聞きながら、レイは面倒くさい状況に辟易した。

 自分の一番の目的はトワの先祖であるティアラを守る事。

 無益な権力争いに巻き込まれるのは御免被りたいものだ。


「そう身構えるな。取って喰いはせん」

「ははぁ……恐縮です」


 ルートヴィヒが豪快に笑い飛ばす。

 レイは愛想笑いで応じた。

 こういう時に権力者に逆らってはいけないと、クレーム対応係の本能がささやく。


「ところで()()とは誰だ?」

「!!」


 レイは驚愕した。

 ルートヴィヒの口からアスの名前を聞くとは思っていなかった。


「驚く事は無かろう。そなたは分かっているのであろう?スズバヤシの能力を」

「……恐れ入ります」


 レイは再び恭しく頭を下げた。

 相手はこちらの思考を読める事を開示して、精神的に優位に立とうとしている。

 ここで迂闊に反応しては負けだ。


「それでアスとは誰だ?」

「…………」


 ルートヴィヒが重ねた問いに、レイは黙秘を貫いた。

 どうせ説明しても分からないだろうが……


「分かりました。全てお話ししましょう」


 どうせ心を読まれるのだ。

 だったらこちらから喋った方が心象も悪くないだろう。


「うむ、賢明な判断だな」

「ただし!」


 感心するルートヴィヒの言葉を、レイは敢えて遮った。

 詳細に心を読まれている状況。

 これはある意味チャンスかもしれない。


「ティアラとセリカさん、それからスズバヤシさんの同席を求めます。それからスズバヤシさんの嘘を禁止します。自分もスズバヤシさん程ではありませんが、嘘を見破る方法を持っています」


 レイの提案にルートヴィヒが呻き声を上げ、眉間に深いしわを寄せた。

 ティアラを呼び捨てにしたのが気に食わなかったのか?

 それとも提案を飲むメリットデメリットに気付いて思案しているのか?

 何はともあれ、ようやく一矢報いたといったところだろう。


 この提案を簡単に要約すると、女王陛下の御前でお互いに嘘無しで話し合おうという事だ。

 どうせこっちの情報は筒抜けなのだ。

 ならば情報を隠すよりもあちらの情報を手に入れる事に注力した方がいくらか建設的だ。


「……いいだろう。お互い腹を割って話そう」


 ルートヴィヒはしばらく考え込んだ後、渋々レイの提案を受け入れた。

 五分とまではいかなくても、ルートヴィヒ側もある程度の情報漏洩は覚悟しないといけない状況になったからだ。

 相手の目的が自分の懐柔なら、下手に拒んで信用を失うのは愚策だろう。


「セリカ。女王陛下にご足労願えるよう、頼んでくれ。ルートヴィヒが陛下とシュターデンに大事な話があります。寝巻で構わないからなるべく急ぎでお願いします、とな」

「承りました」


 ルートヴィヒの深夜に話すには不適切なボリュームの声に、扉の向こうのセリカが粛々と応じた。

 さて、戦闘直後だと言うのに今度は狸と腹の探り合い。

 ティアラも巻き込んでしまったが、今回に限っては彼女を蚊帳の外にするわけにはいかないだろう。

 果たしてこの判断が吉と出るか凶と出るか……

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