第十六話 豹変
「……というわけだ」
レイは観測者とのやり取りをトワに全て話した。
「う~ん。お兄さん、夢でも見たんじゃ……」
「かもしれない。だが自分は真実だと信じている」
レイの頭がおかしくなったのではないかと、トワが心配そうな顔をする。
尤もな心配ではあるが、レイには観測者の言葉を信じる根拠が二つあった。
一つ、レイが現在無傷である事。
レイはオーバーリミットモードの影響で手足の骨がバラバラに粉砕していた。
それが僅かな時間で回復している。
この現象はナノマシン医療装置による治療の効果と酷似していた。
この場に医療装置なんて存在しないし、トワが医療行為を行えるとも思えない。
第三者の介入……これこそが観測者が存在していた証拠に他ならない。
二つ、AS03に解析させた魔素のデータとデータベースにあるバグのデータが完全に一致した事。
これはレイが生まれた銀河系とこのルミナスが地続きである事、観測者の証言がバグの行動原理の裏付けとなっていた。
勿論、観測者が嘘をついている可能性はある。
だがレイは……杏と同じ姿をした観測者の悲痛な叫びが嘘だとはどうしても思えなかった。
「トワ……自分はセツナさんとの依頼を達成した後、観測者について調査するつもりだ。彼らが言った事が真実ならば、この惑星に間もなく空の悪魔が襲来するという事なのだから」
レイは宇宙艦隊を敢えて空の悪魔と称した。
彼はルミナス側に立つと決めたのだ。
ノーヒントだがやれるだけやるしかない。
レイは行動指針を口に出す事で自分を鼓舞した。
「そっか……じゃあ、アタシもついて行っていい?」
トワはニカッと笑いながら問いかけた。
レイは目を見開いた。
「トワ、分かっているのか⁉相手は空の悪魔だぞ!君にもしもの事があったら……」
レイは声を荒げた。
彼女は分かっていない。
宇宙艦隊の兵器の恐ろしさを……
未開惑星の掃討など戦闘艇一機あれば事足りる。
ましてや相手は旗艦グングニル。
億に一つの勝ち目も無い。
「空の悪魔が相手……だからこそだよ」
エメラルドの瞳がレイを射貫く。
「この世界は魔法の創造主、古代の大魔法使い、最強の英雄シュターデンに護られた。グラーフ族はシュターデンの意思を継ぎ、空の悪魔と戦う為に精霊と共に生きてきた。それがアタシ達の始祖ティオ=グラーフとシュターデンとの間で交わされた契約だから」
レイはハッと目を見開いた。
トワの様子が今までとは明らかに違う。
浅い呼吸。
定まらない視線。
エメラルドの瞳は泥水の様に濁っていた。
「お兄さんは憶えているかな?空の悪魔が私達の祖先に何をしたのか?」
「あぁ……」
彼女の瞳に宿る感情は憤怒と憎悪。
彼女は知っていた。
空の悪魔の悪逆非道を……
「異界の魔法を使って傍若無人、残虐非道の限りを尽くした。男達を奴隷として死ぬまで働かされた。女達を慰み者にした。子供達をモンスターに襲わせて見世物にした。愛し合っていた老夫婦を洗脳してお互いに殺し合いをさせた……」
「トワ……」
レイは息を詰まらせた。
まるで見て来たかの様に語られる空の悪魔の悪行。
それを弾劾するトワの淀んだ瞳に……
空の悪魔は一万年経っても消えない憎しみをルミナスに植え付けたのだ。
「アタシは憎い……もし奴らがこの時代に現れたのなら……アタシがこの手で根絶やしに……」
(警告。トワの精神及び脳の一部に異常。極度の興奮と魔素の干渉による精神異常と推測。武力行使による鎮静化を推奨)
「うるさい!黙れ!」
明らかに正常ではないトワの様子にAS03が的確な忠告。
レイは怒鳴り声と共に鋭く拒絶。
「あっ……ゴメン」
レイは後悔した。
彼の耳に届いたのは震えるトワの声。
レイの怒鳴り声が自分に向けられたモノだと思ったのか。
我に返ったそのエメラルドの瞳には不安と怯えの彩。
「すまない……大声を出して」
「ううん……いいの」
この状況ではレイもAS03の話を切り出す事はできない。
落ち込むトワを眺めながら、自身の迂闊さに心の中でため息を吐く。
「……君の気持ちは分かった。同行を許可する」
「うん……ありがとう」
弱々しく礼を口にするトワ。
レイは言い知れぬ不安に駆られていた。
この憎しみはトワだけのモノなのか?
それともルミナス人全員がこうなのか?
もし惑星全体が空の悪魔を憎んでいるのだとしたら……




