第百九十三話 リーングレイス領防衛戦 後編
崩れ落ちた要塞の程近く。
エアグライダーの墜落に巻き込まれた戦車の残骸達が、どんよりとした曇り空の下で黒煙を上げる。
壊れた戦車から這い出てきたのは、赤黒いパイロットスーツを纏った同じ顔の兵士達。
「……クローンか?」
如何にも下品で頭の悪いヤンキーのような顔をした男ガ=デレク《《達》》に、レイが一瞥しながら、淡々と問いかける。
『アァン!だったら何だって言うんだよ!テメェもオリジナルじゃないからって見下すタイプか?言っとくけど、俺らはクローンでもテメェらサルと違って、選ばれた上位種族なんだよ!』
クローン技術……同じ遺伝子を持つ人間を複製する技術だが、色々と問題があると聞く。
例えば、オリジナルに比べて精神が不安定な傾向にある。
具体的に言えば、オリジナルよりも短慮……則ち馬鹿になるのだ。
そして知能指数が下がった影響で、能力は軒並みオリジナルの劣化版になる。
人手が必要な時には重宝しそうだが、一回生み出してしまえば一生馬鹿の面倒を見ないといけなくなる為、現代の銀河同盟では手を出さなくなった技術だ。
ガ=デレクのクローンも御多分に漏れず、オリジナルよりも更に馬鹿のようだ。
『テメェ!ナニ笑ってやがんだよ!アァン!』
どうやら口元が緩んでいたようだ。
奴らは自身がオリジナルよりも能力的に劣っている事を認めながら、自身の出自がクローンである事に劣等感を抱いている。
それを知りつつ相手を挑発するあたり、レイは自分の性格が悪くなっている事に内心で苦笑した。
「この中にオリジナルのガ=デレクはいるか?いないだろうな。奴は卑怯で卑劣な臆病者だ。出来損ないの貴様らを見ていれば、オリジナルが出来損ないだというくらい直ぐに分かる」
レイは不敵な笑みを浮かべて、クローン達を最大限侮辱した。
『……殺す』
クローン達の表情がみるみる怒りに染まる。
ボソリと呟いたクローンの一人が、間髪入れずフォトンガンでレイを撃つ。
「〈防御スクリーン〉」
真っ赤な細い光線は防御スクリーンの透明な力場によって捻じ曲げられ、フォトンガンを撃ったクローンの隣に立っていたもう一人のクローンを撃ち抜く。
「どうした?出来損ない。フォトンガンの射撃なんて小学生でもできるぞ。敵と味方の区別もつかないなんて、やはりオリジナルと同じ無能な役立たずだな」
レイはクローン達を更に煽った。
冷静な判断をさせない為に……標的を後ろのリーングレイス兵達に向かせない為に……
『舐めやがってぇえええええええ!いいだろう!その喧嘩!言い値で買ってやるよぉおおおおおおおおお!』
激昂したクローン達がレイに集中砲火。
フォトンガン、手榴弾、機関銃、戦車砲……全ての火力と敵意がレイに殺到する。
「〈オーバーリミットモード〉」
レイの全身が青白く眩い光を放つ。
体内の魔素が活性化し、身体能力、反応速度を百倍以上に高める。
周囲の景色がスローモーションに見える。
レイは遅くなった世界の中で、冷静に攻撃の隙間をすり抜け、クローン軍団の中に飛び込む。
「〈ビームブレイド〉」
レイは空中から二本の光の剣を取り出す。
そして二本の刃を一閃……堅牢な戦車の装甲が、まるでバターのように切り裂かれる。
『歩兵が戦車を切り裂くだと!』
「先日、ティターンを破壊したのは自分だ。忘れたか?間抜けめ」
驚愕するクローン達をレイは淡々と挑発する。
すると案の定、頭に血が上ったクローン達がこめかみに青筋を立てる。
『舐めやがってぇえええええええ!くたばれ!クソ野郎ぉおおおおおおおおお!』
またしても集中砲火。
遅すぎる射撃をレイは一足飛びで宙に舞い上がり躱す。
「乱戦での射撃武器使用。だから貴様らは間抜けなんだ」
レイは空中からクローン達を見下しながら、嘲りの言葉は吐き捨てる。
『しまっ!うわぁあああああああ!』
包囲状態のレイに攻撃を躱されれば、当然流れ弾はクローン達に向く。
自らの攻撃で同士討ちし、自ら阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出す姿は間抜けそのものだ。
「まったく、オリジナルと同様、馬鹿で愚かで救いようが無いな」
クローン達の悲鳴が木霊する中心地に、レイは悠々と着地し、口元に嘲笑を浮かべながら侮辱を重ねる。
同士討ちをするのもそうだが、空中に飛んだ自分を攻撃しない所が、馬鹿で愚かで無能な出来損ないらしい。
『いい気になるなよ!こっちはまだ半分以上いるんだ!戦車隊!突っ込めぇええええええ!』
「〈フォトンライフル〉」
レイは空中から強力な光線を放つフォトンライフルを取り出し、自分を取り囲んだ五機の戦車のタイヤを打ち抜く。
戦車は機動力を奪われ、フラフラとあらぬ方向に……
ある戦車はその場で横転し、ある車体は味方を巻き込み大破し、ある車体はレイに辿り着いたが、ビームブレイドで真っ二つにされる。
その非現実な光景にクローン達の顔色がいよいよ青ざめる。
『チッ!バケモノが!ここはいったん逃げ……うっ!うわぁああああああ!』
絶望的な状況に逃げ出そうとしたクローンの一人に異変が起きた。
レイに背中を向けた途端、頭を抱えて苦しみだしたのだ。
「アラヤシキによる逃亡防止策か……憐れなモノだな」
レイは心の底からクローン達を不憫に思った。
愚かなオリジナルのクローンとして生まれ、オリジナル同様の下劣な性格で悪逆非道に加担し、オリジナルのエゴで逃げる事すらできない。
つまるところ、彼らは生まれた事そのものが罪だったのだ。
「かかって来い。せめて苦しまないように介錯してやる」
レイは身体を眩く輝かせながら、両手のビームブレイドを構える。
『上から目線で勝手に憐れんでんじゃねぇよぉおおおおお!クソがぁあああああああああああああああああああああ!』
クローン達が全員戦車を捨て、赤い光を放つビームブレイドを握りしめ、絶叫しながらレイに襲い掛かる。
「はぁあああああああああああ!」
うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
レイとクローン達の絶叫が木霊する。
レイは飛び掛かるクローンの斬撃をひらりひらりと躱し、すり抜け様にヘルメットとパイロットスーツの継ぎ目……則ち首を落としていく。
「はぁあああああああああ!」
うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
鬼神の如きレイの斬撃に、クローン達はみるみる数を減らしていく。
青白いビームブレイドの斬撃一振りで、クローンの首が二、三個同時に落ちる。
クローン達の斬撃は神速の動きと軽やかなステップで掠りもしない。
次第にクローン達の雄叫びも小さくなっていく。
「終りだぁああああああああ!」
うぉおおおおお!
そして、最後の首を青のビームブレイドが跳ね飛ばす。
「…………終わったか」
レイは肩で息をしながら、周囲を見回した。
損傷の無い死骸とパイロットスーツ、ビームブレイド、フォトンガンなどの装備一式がおよそ八百。
無傷の戦車がおよそ五十。
損傷はあるけど資源として使えそうな戦車およそ二十。
残念ながらギラニウム装甲は無し。
今回の戦いで兵士は勿論、民間人にも多数の犠牲を出したというのに、戦果の計算をしている。
そんな冷酷な自分に吐き気がする。
「アス。一番状態が良い戦車は?」
(マスターレイの右斜め前の機体がそうです)
レイはせっかくの戦果をいったん放置し、アスが示した戦車へと乗り込む。
「アス、途中で襲われていた砦で誘拐された人達が連れて行かれた場所は?」
(広域レーダー起動……北東三百キロの地点に、北に移動する大規模な集団あり)
レイはホッと胸を撫で下ろした。
まだ救える命がある事に。
「アス、戦車の運転を頼む。最大速度でだ」
(了解……マスターレイ。到着までの二時間、食事と仮眠を取る事を推奨)
「……すまない。そうさせてもらう」
レイはホログラフで、パイロットスーツを赤黒く偽装しながら、久しぶりに激マズ携帯食料を齧った。
非常用に作っておいた分がまさかこんな時に役に立つとは……
「……不味いな」
レイはポツリと呟いた。
ルミナスの食事に慣れたレイにとって、携帯食料の不味さは耐え難いモノとなっていた。
舌が肥えてしまったせいなのか……それとも犠牲者を出した事による悔しさのせいなのか。
今頃、会談で極上の料理を食べているであろうティアラの事を思い浮かべながら、レイは忸怩たる想いで携帯食料を口の中に押し込んだ。




