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第百九十二話 リーングレイス領防衛戦 前編

「チッ!間に合わなかったか!」


 レイは歯噛みした。

 煙を上げて瓦礫と化した砦を、上空から指を咥えて眺める事しかできなかった。

 ここは既に空の悪魔が通り過ぎた後だった。


「アス!生命反応は!」

(生命反応……無し。殺害された、若しくは誘拐されたと推測)

「クソ!」


 レイは怒りと共に吐き捨てた。


(マスターレイ。今は敵軍を倒す事に集中を)


 レイの脳内に淡々としたアスの声が響く。

 感情を獲得したとはいえ、非常時の冷淡さは相変わらずだ。

 そのおかげで冷静になれるから、却ってありがたい。


「アス、敵の現在地点は?」

(領都のおよそ二百キロ手前。最短で向かえば、リーングレイス領軍が空の悪魔と接触する前に会敵が可能)

「ヨシ!全速力で行くぞ!」

(了解)


 レイはエンジンペダルを強く踏み込んだ。少しでも早く戦場に辿り着く為に……



 リーングレイス領都東シャンティン要塞。

 堅牢な石造りの大要塞。

 グリセリア王国の中でも、屈指の頑強さと規模を誇るリーングレイス領の最終防衛ライン。


「兵はどれだけ集まった?」


 領都から文字通り飛んで来たウィリアムが、険しい表情で要塞の防衛司令官に問いかけた。


「現状三万、最終的には五万全軍がこちらに集結する予定です」

「非戦闘員は?」

「順次避難しております」

「……そうか」


 ウィリアムはひとまずホッとした。

 この要塞の兵は優秀だ。

 長きに渡る平和のおかげで本格的な戦闘経験者はほとんどいないが、訓練通りしっかり動いている。


「敵軍の位置は?」

「霊術使いを斥候に出しておりますが、連絡が途切れております」

「いつからだ?」

「一時間程前からです」

「……あまり時間はなさそうだな」


 ウィリアムは眉間にしわを寄せて小さく呻き声を漏らした。

 斥候の霊術使いには遠くに声を飛ばす〈念話〉の力もあるハズ。

 その斥候が一時間前から連絡が無い。


 ミシディア砦の陥落時間から逆算すると、斥候が会敵していないとは考えにくい。

 おそらく連絡する間もなくやられたのだろう。

 こちらの猶予はどんなに長く見積もっても一時間未満。

 いや、空の悪魔の足の速さを考えれば、今すぐに来てもおかしくない。


 などと考えていると……慌てた様子の兵士が乱暴に扉を開き叫ぶ。


「伝令!東方三キロの地点に空の悪魔と思われる軍勢の影あり!」

「チッ!もうか!」


 ウィリアムは兵の前にも関らず、盛大に舌打ちした。

 嫌な予感というモノはよく当たる。


「直ぐに応戦準備だ。私も行く」


 ウィリアムは逸る気持ちを抑え、できるだけ堂々と且つ素早く部屋を飛び出した。



 シャンティン要塞、見張り台にて。


「敵の様子は?」


 足早に駆けつけたウィリアムが少し息を切らしながら、見張りの兵士に問いかける。


「ハッ!あちらです」


 そこにはおよそ百の頭に金属の筒を付けた四角い鉄の車。

 報告には聞いていたが、あんな物は初めて見る。

 馬も使わずに勝手に動く車なんて常軌を逸している。


 唸り声を上げてこちらに迫る金属の塊は、巨体の割に速く、見た目通り力強く、そして何よりどんな武器も通さないほど頑丈そうだ。

 ウィリアムにはあれに勝てるビジョンが思い浮かばなかった。


『こちらは宇宙艦隊八意少将旗下ガ=デレク隊である!そちらの要塞にウィリアム=フォン=リーングレイス、ティアラ=グリセリア=オールドライフ、シュターデンの三名はいるか!』


 なんとも下品な男の声が、雑音(ノイズ)混じりに響く。

 空の悪魔の目的は人攫い。

 どうやら今回の標的の中には自分もいるらしい。

 奴らに捕まったが最後、酷い拷問を受けた後に惨たらしく殺されるとか。

 ウィリアムは体の奥底が震えるのを必死に堪えながら、見張り台から身を乗り出した。


「私がウィリアム=フォン=リーングレイスだ!空の悪魔共!貴様らのような下賤の輩がこのウィリアム=フォン=リーングレイスに何用だ!」


 ウィリアムは敢えて虚勢を張った。

 できるだけ自分を大きく見せて、少しでも相手の気を引くために……


 ……というのは半分本当で半分嘘だ。


 心の奥底では強大な敵と迫りくる死に怯えていた。

 大声を張り上げなければ、恐怖に喰い殺されそうだった。


『そうか!貴様がウィリアムか!今すぐ投降しろ!さもないと……』


 下品な声の男が言い終わる前に、鉄の箱の頭に着いた金属の筒がピカリと光り、眩い光線がウィリアムから見て左側の見張り台を撃ち抜く。


「なっ!」


 ウィリアムは絶句した。

 今までそこにあった堅牢な石造りの見張り台が、一瞬にして蒸発した。

 いや、部屋だけじゃない。

 あそこには十人以上の兵が詰めていた。


 その全員が文字通り、跡形もなく()()()()()


『俺は気が短いんだ!さっきみたいに舐めた口を利いたら、容赦なくレーザー砲をぶち込む!これから、貴様は豚で俺がガ=デレク様だ!分かったら返事をしろ!豚ぁああああああ!』


 下品な声の男ガ=デレクは反吐が出そうな罵声と共に、今度はウィリアムから見て右側の詰め所に光の束を放つ。

 蒸発する建物、恐慌状態に陥る兵士達。

 今まで平和に生きていた彼らにとって、間近に迫る死の恐怖は筆舌に尽くしがたいのだろう。

 それはウィリアムも同様だ。

 そして何より……


「やめろぉおおおおおおおお!お前の目的は私のはずだぁあああああ!兵に手を出すなぁあああああああああ!」


 ウィリアムは慟哭した。

 彼には耐えられなかった。

 自分のせいで兵達が死ぬのが……


『ガ=デレク様だ!この頭の悪い豚がぁああああああああああ!』


 だが彼の叫びは卑劣な侵略者の神経を逆撫でした。

 その声からは醜悪な笑いを浮かべ、唾をまき散らす姿がありありと思い浮かぶ。

 そして今度の標的は……


「ウィリアム……様……」

「あっ……あぁ……」


 今までウィリアムの隣で見張りをしていた兵士だった。

 ガ=デレクが手に持った長い鉄の筒から放たれた細い光が、兵士の腹部を撃ち抜く。

 兵士は血を吐き、苦しそうにウィリアムの助けを求める。

 その恨めしそうな瞳がウィリアムの心を深く抉った。


『さっさとこっちに来やがれ!さもねえと今度は建物の中の連中をぶっ殺すぞ!』


 ガ=デレクががなり声を上げた一秒もしない内に、要塞の堅牢な城壁に鉄の車の巨大な光線が突き刺さる。

 ガラガラと音を立てて、城壁が大穴を開ける。

 その中からは兵士達の悲鳴と怨嗟の声。

 兵士達が呪う対象は空の悪魔と……ウィリアムだった。


「分かった!分かりました!ガ=デレク様!今からそちらに行きます!だから……だから兵達は!」


 ウィリアムは泣きながら懇願した。

 悔しかった、自分の無力さが。

 屈辱だった、外道に罵られる事が。

 情けなかった、外道に慈悲を請う自分が。


 そして何より苦しかった。

 兵達が傷つき苦しむ現実だった。


 だが、顔をぐちゃぐちゃにして、情けなく膝を屈するウィリアムにガ=デレクは……


『豚が人間様の言葉を使ってんじゃねぇよぉおおおおおおお!豚は豚らしく!ブヒブヒ鳴きやがれぇええええええええええ!』


 極太の光線を先ほど出来た大穴の隣に撃ち込んだ。

 ちょうどウィリアムの真下だ。


「うっ!うわぁあああああああ!」


 ウィリアムの足元がガラガラと盛大に音を立てて崩れる。

 壁と柱を失って、天井にあたる足元が耐えられなくなったのだ。

 ウィリアムの絶叫が木霊する。


『おっと、いけねぇ。やり過ぎちまったか……そうだ!穴倉に潜ったつもりの間抜けなサル共!今からしばらく攻撃は止めてやる。今すぐここにウィリアムって名の豚を引っ立てろ!俺はと~っても優しいからな。捕まえた奴にはご褒美として、俺の雑用として生き残る権利をくれてやる。捕まえられなかったら……分かっているよな!はぁっははははぁあああああああああああああああああああああああ!』


 ガ=デレクの醜悪で下劣で恥知らずな要求が、要塞の床に背中を打ちつけたウィリアムの耳をぼんやりと浸食した。

 それから程なく……ボロボロの兵士が一人、ウィリアムの下に忍び寄って来た。


「うぐぅ……う、ウィリアム様……お、お許し下さい……俺にはまだ……故郷に残した恋人が……」


 顔を涙でグチョグチョにした兵士がウィリアムを担ぎ、引きずる。


(ははっ……空の悪魔を道連れにするどころか、味方の兵士に人身御供にされるとはな)


 ウィリアムの心は完全に折れていた。

 相手は悪魔……最初(はな)から人間が勝てる相手ではなかったんだ。

 あんな奴らに勝てるとしたら、それこそ同じ悪魔かバケモノ……でなければ神か『救星主』だけ……


 そう諦めていたその時……


『なんだ!あれは!』


 ガ=デレクの悲鳴のような叫びと共に一瞬空が暗くなる。

 何かが降ってくる。

 あれは……鉄の鳥?


『エアグライダー!なんでこんなところに!』


 鉄の鳥は一直線にガ=デレク達がいる鉄の車の群れに突っ込む。


『うわぁああああああああ!どうなってんだ!誰だ!こんなふざけた真似しやがるのはぁああああああああああああ!』


 激しい爆発音とガ=デレク達の阿鼻叫喚の声が辺りを埋め尽くす。

 ウィリアムの碧眼に涙が溢れ、視界が歪むのは、きっと鼓膜の痛みだけのせいではないだろう。


「シュター……デン……なのか」


 ウィリアムは爆発音で恐慌状態に陥った兵士を振り払い、フラフラとガ=デレクが開けた大穴から鉄の鳥の行方を目で追う。


「あれは……」


 炎を上げてバラバラに粉砕した鉄の鳥と数台の鉄の車。

 炎の中心に佇む無機質な白い鎧を着た男。

 煙も相まって遠目では分かりにくいが間違いなくシュターデンだ。


『ウィリアム様!無事ですか!』


 思った通りシュターデンの声だ。


「ふっ、今更来て……何のつもりだ……これから私が直々に……空の悪魔を成敗するところだったのに……」


 ウィリアムは涙でグシャグシャになった顔を乱暴に袖で拭い、精一杯の強がりを見せた。

 せっかく助けに来たのに、さぞや気分を害しただろう。

 だがそれでいい。


 自分とシュターデンは同じ女性を愛した不倶戴天の敵同士。

 自分に遠慮なんてして欲しくない。

 だから、自分は嫌われるくらいが丁度良い。


『無事で何よりです。あなたが死んだら……女王陛下が悲しみます』


 シュターデンは平坦で……でも少しホッとしたような柔らかい声を漏らした。


「……ははぁ、何を馬鹿な……私が……死ぬわけがない……だろう」


 ウィリアムは最後の気力を振り絞り、減らず口を叩いた。

 この憎まれ口がシュターデンに届いている事を願って。


(ははぁ……勝てないわけだ)


 ウィリアムはその場でへたり込んだ。

 ティアラ様が……自分の愛する人が何故シュターデンにだけは心を開いたのか理解してしまった。


 彼は種なのだ。

 空の悪魔という絶望が忍び寄るこのルミナスに落ちた、たった一つの希望の種なのだ。

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