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第百九十一話 貴族として

「ん?人?シュターデ……」


 レイは可能な限り急ぎ足で街中を駆けた。

 通行人を躱し、建物を飛び越え、知り合いに見つかっても目もくれず、一直線に街外れの瓦礫置き場に向かった。

 その目的は……


「アス、エアグライダーは飛べるか?」

(いつでも飛行可能)


 この瓦礫置き場は現在、誰も近づく事が無く、レイの研究所と化していた。

 目的は移動手段の確保。

 エアグライダーはマッハ三ほどで飛行する一人乗りの飛行機。

 即席で作ったので武装は一切積んでいないし、装甲も薄く、機銃を一発当てられれば即墜落する脆弱さ。

 空の悪魔が残した残骸のギラニウム装甲は別の用途に使ったので致し方ない。


「アス、北のエネルギー反応の動きはどうだ?」

(南西に真っ直ぐ……目標はリーングレイス領と推測)

「将を射るにはまず馬からか……」


 レイは苦々しい声を上げ、歯噛みした。


 エネルギー反応の正体は勿論空の悪魔の機械兵器。

 敵の目的は明らかだ。

 レイを王都から引きずり出して、そこからティアラを(さら)う。


 八意森羅はティアラにご執心だった。

 ティアラを攫えば彼の欲望は満たされるし、自分に対しても有効な人質になる。

 ティアラの婚約者の領を襲えば、ティアラ自身がレイを派遣する可能性も高くなる。


 空の悪魔は少なくとも、レイとティアラ、ウィリアムの関係性を知っている。

 無人偵察機は可能な限り破壊したが、全て壊すのは不可能だったみたいだ。


「アス、行くぞ」

(了解、マスターレイ)


 レイはエアグライダーに乗り込み、エンジンに火を入れる。

 目標地点まで、およそ十五分。

 間に合ってくれと願いながら……



 王都グリセリアより北西におよそ千キロ。

 リーングレイス領、領主の屋敷にて。


「ウィリアム様!火急の伝令でございます!」


 領主の息子、女王陛下の婚約者、次期国王候補の筆頭、金髪碧眼の美男子にして完璧な貴公子、ウィリアム=フォン=リーングレイスは切迫した近衛の声で叩き起こされた。


「どうした、ブライアン?」

「大変です!急ぎ脱出の準備を!」

「落ち着け!どうしたと聞いている!」


 新人の近衛ブライアンは恐慌状態でウィリアムに支度を促す。

 だが、詳細を一切話さない彼の言葉にしびれを切らしたウィリアムが一喝。

 目を丸くした新人が肩をビクッと震わせながら、ポツポツと語り出す。


「東より空の悪魔と思われる軍勢が迫っております。途中のミシディア砦は既に陥落。生存者は早馬で逃げ延びた数名のみ」

「なっ!」


 ウィリアムは顔を真っ青にした。

 ミシディア砦は防衛と交通の要衝。

 ここを抑えられては、王都とのやり取りもままならない。


 それに砦には防衛のための兵士だけで一万人、関係者並びに家族が合わせて五万人以上いたはず。

 それが全滅となると……


「ブライアン。敵の数は?」

「……およそ千との報告」

「分かった。全軍に告げる。これより領都前のシャンティン要塞に全軍を集結。そこで侵略者の軍を迎え撃つ」


 ウィリアムは覇気に満ちた声で軍令を下した。


「そんな!無茶です!相手は空の悪魔!勝てっこありません!」


 命令を下された新人近衛がブルブルと震えた声で異を唱える。

 だが、それはウィリアムが望む答えではなかった。


「ブライアン。我々は貴族だ。有事の際、民の盾になって彼らを守る義務が我々にはある。我々貴族や兵士が普段偉そうにできるのは、こういう時に真っ先に命を捨てる事を義務付けられているからだ。ブライアン、君は伝令が済み次第、領民を纏めて王都まで脱出しろ。平民の君が無駄に命を散らす必要はない」

「か……閣下」


 ウィリアムは優しく諭すように、新人近衛に改めて命を下した。


「早く行き給え。今は一分一秒を争う」

「ハッ!」


 ブライアンは感涙しながら、ウィリアムに背を向ける。

 新人近衛の背中を見送るウィリアムの心は不思議と穏やかだった。


「ティアラ様……このウィリアム。一人でも多くの空の悪魔を地獄に道連れにします。どうかお元気で」


 ウィリアムは蒼く厳つい鎧を纏いながら、まだ痛む顎を撫でた。


「シュターデン……ティアラ様の事は任せたぞ」


 ウィリアムはポツリと呟いた。

 できれば、もう一度彼と対峙して、目障りな婚約者として嫌味の一つも言ってやりたかった。

 彼が自分の最愛の人を自分の手が届かない場所に連れて行くのを見届けたかった。

 でも……それでも……


「さて……責務を果たすか」


 ウィリアムはベランダに向かってゆっくりと歩を進めながら、懐から呪符……蒼山木行呪符を取り出した。


「〈木行蒼天の衣〉」


 それは陰陽道だった。

 ウィリアムの身体は、木行の式神青龍の力で風を纏い、どんよりとした曇り空に舞い上がった。

 自分は貴族だ。

 自分には民と国と……そして女王陛下を守る義務がある。


 例え、この身が朽ちようとも……

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