第十一話 祈祷師トワと観測者
『小僧。お主はよくやった』
炎の魔人に全身を焼かれ地に臥す嶺。
イフリートの口から零れたのは称賛。
『まさか我の心臓に風穴を開けるとはな』
イフリートは目を細め、口元を綻ばせ、胸元に手をやる。
みるみる塞がっていく傷口。
精霊は魔素の群体。
そもそも通常の生物とは違い、臓器などというモノは存在しない。
つまり心臓を貫こうと、頭を砕こうと、魔素の数が一時的に減るだけなのだ。
『さて、そろそろ終いにするか』
そして精霊は無慈悲だった。
イフリートは嶺に戦士として敬意を持った。
だが同時に敵対者として畏怖した。
精霊は敵対者に容赦しない。
イフリートの巨大な腕が嶺の首へと伸びる。
「待ち……なさい……あんたの相手は……アタシだよ」
不意にイフリートの背後から弱々しい少女の声。
『風と草の民の娘。見事なり』
イフリートは心底感服した。
トワと……嶺に対して。
「グラーフ族の族長が娘にして、偉大なるグラーフの祈祷師トワ=グラーフが願う……」
祈祷師の祝詞……精霊と契約を行う祈祷師が精霊を縛る言葉。
フラフラと立つのもやっとの状態。
焦点の定まらない瞳。
だが声だけは……意思だけは毅然としていた。
『我もだいぶ弱らされていたようだな……面白い。我の拳とお主の祝詞。どちらが早いか競争だ‼』
イフリートは嶺の胸倉を掴み、拳を振り下ろ…………せなかった。
(う……腕が動かない)
「…………」
祈祷師の娘の力ではない。
娘は次の祝詞を紡ごうとしているが、濃すぎる魔素のせいで息も絶え絶え。
とてもイフリートを拘束するだけの力は残っていない。
(では誰が?)
イフリートは自身の腕に黒い靄が纏わりついているのを幻視した。
(まさか、シュターデンの観測者……だとするとこの小僧……いや!このお方は!)
イフリートは驚愕し……そして自らの運命を悟った。
「偉大なる炎の精霊の長にして、四大精霊イフリートよ!我と契約されたし!」
霧散しそうな意識の中、血を吐くような絶叫と共にトワは祝詞を完成させた。
イフリートは薄っすらと笑みを浮かべた。
小さく幼く、されど勇敢な新しい主との契約に……
そして救星の任を共にする事となった己の天命に。
「はぁはぁ……生きてる……アタシ達……助かっ……」
霧の様に消え失せる炎の魔人。
入り口を塞いでいた岩がガラガラと崩れ落ちる音。
祈祷師の少女は満足したように笑いながら…………意識を失った。