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第百九話 デート?

「到着しました。皆、降りて下さい」


 レイとトワが仲直りしてから約三十分後。

 レイ達は公国の首都セイレーンの外れの森にいた。

 移動手段は勿論、完成したばかりの漆黒の戦闘艇グレイプニル。


「うぅ……ちょっと待って……気持ち悪い……」

「アヤメお姉さん!しっかり!」


 今回は低速飛行(マッハ十)で慣らし運転をしたのだが、人生初の超音速移動にアヤメの顔が青い。

 トワもあたふたとしながら、心配そうにアヤメの顔色を覗き込む。


「急いで下さい。いつまでも乗っていたらステルスモードが起動できません。今日中にクオンさんと合流して、グラーフ族の集落に行くんですから」


 アヤメに非難の声を向けられても何のその。

 高さ五メートルのコックピットから飛び降りたレイからは無慈悲な声。

 トワと諦めた表情のアヤメがタラップで、おずおずと五メートル垂直移動。



 ……それから一時間程が経過。

 時間は昼前。

 レイ達はフラフラのアヤメと共に、再びセイレーンの地に辿り着いた。


 町のイメージは地中海の観光都市に近いだろうか。

 白を基調とした石造りの建物が立ち並ぶ、神秘的で落ち着いた雰囲気。

 街の人の服装はイスラムの服から頭の被り物を取った感じで、簡素で華美を好まない信心深いお国柄を表しているようだ。

 賑やかではあるが一定の秩序が保たれていて、雑多さは一切感じない。

 厳格なリシュタニア教会の総本山ならではの空気と言えよう。


 以前来た時はシュターデンの生誕祭の真っ最中だったし、そもそも裁判沙汰でゴタゴタしていたので街を見る余裕なんて無かった。


 少し前の出来事のはずなのにまるで昔の事の様だ。

 そんな事を思い返していたからだろうか。

 レイの頭にふとある想いがよぎった。


「トワ。クオンさんと会えるのは夕方になりそうだ。その間街を回ってみないか?」

「えっ?嬉しいけど、どういう風の吹き回し?」


 トワが首を傾げた。

 レイが自分から遊びに誘ってくれたのは今回が初めてだ。


「いや……この前はお祭りを楽しみにしていたのに、一緒に回れなかったから」

「アッ……そんな事気にしてたんだ」

「気が向かないか?」

「ううん!行く!」


 トワが弾けるような笑顔で答える。

 余程嬉しかったのだろう。

 今にも飛び跳ねんばかりの勢いだ。


「アヤメさんはどうしますか?」

「うぅ~~……あたいはパス……うぇ……気持ち悪い」

「そうですか。良かったら宿で部屋を借りましょうか?」

「あぁ。そうしてくれるかい……うぇ~」


 アヤメは飛行機酔いでグロッキー。

 こんな状態なのに一時間も歩かせてしまい、申し訳ない気分になる。

 レイは心の中でアヤメに頭を下げつつ、適当な宿で部屋を借り、その足で街へと繰り出した。



 ……セイレーン一番通り。

 レイ達はこの街一番の繁華街にやって来た。

 目的はトワの希望で腹ごしらえ。

 ちょっと前にご馳走を食べたばかりなのに、成長期の胃袋は底なしだ。


「さっきはお魚食べたから、今度はお肉が食べたい」

「そうか……とは言ってもどの店が良いやら」


 レイは小さく首を傾げた。

 基本的にレイに好き嫌いは無い。

 宇宙艦隊支給の激マズ携帯食(レーション)に舌を慣らされているので、人間が食べられるモノなら何でも美味しく感じる。

 だがトワは一般的な味覚の持ち主。

 当然味の違いも分かれば、好き嫌いだってある。


 いつもなら行くところはトワに丸投げするのだが、今日は自分がエスコートすると決めた。

 何とかトワに美味しい肉料理を食べさせたい。

 レイが出した結論は……


「ハンターギルドに行こう」

「えっ?なんでそうなるの!?」


 レイの突拍子の無い発言に、トワが素っ頓狂な声を上げる。


「ギルドで飲食店の情報を買う」

「発想が斜め上過ぎるよ!」


 レイ自身は真面目に考えているのだが、トワから怒涛のツッコミが止まらない。

 そんな愉快なやり取りを二人が繰り広げていると……


「よぉ、姉ちゃん。このシミどうしてくれんだ。下ろしたての服なんだけどなぁ~」

「うわぁ~、ケチャップがこんなに。白に赤は目立つからなぁ~」


 ふと、レイ達の耳に届いたのはガラの悪い男の声。


「すみません!すみません!弁償します!おいくらでしょうか?」


 レイがそちらに目をやると、気の弱そうな女性を恫喝する男二人。

 トワの方に目をやると、何故か頭痛を堪える様な表情。


「トワ?どうした?」


 レイはトワの反応に違和感を覚えた。

 普段の彼女なら怒るはずなのに、今は呆れた顔だ。


「アイツら……懲りずにまた……」


 トワはあのチンピラと面識があるようだ。

 どうも当たり屋の常習犯らしい。

 情状酌量の余地は一切なさそうだ。


「トワ、すまないが少し待ってもらっていいか?」

「うん……お願い」


 レイが眉をへの字にしながらお伺いを立てると、トワは肩をすくめながら了承。

 レイは軽い足取りでチンピラと女性の下へと歩を進める。


「すみません。そちらの女性は自分の連れなのですが、何かありましたか?」


 レイはポンと男の内の一人の肩に手を置く。


「なんじゃ!われぇ!ワシは今、この姉ちゃんと話をしとんじゃい!」

「すっこんどれ!このスッタコが!」


 男達の視線が女性からレイに移る。

 唾をまき散らしがなり立てる姿は、宇宙艦隊時代に対処した質の悪いチンピラそのもの。

 クレーム対応モードとなったレイの心から感情が抜け落ちる。


「先ほども申し上げましたが、そちらの女性は自分の連れです」

「えっ!?」


 平坦な声で語る鉄面皮のレイに、女性はすがるような目を向ける。


「ほう……この女の連れちゅう事は、この服の弁償はしてくれるんじゃろな!」

「勿論です。ちょっと失礼します」

「おっ……なんじゃ、われ?」


 凄むチンピラにレイは一歩歩み寄り、マジマジと服のシミを確認する。

 その淡々とした様子にチンピラは尻込みし、一歩後ずさる。


「なるほど、これならシミにならなそうですね。一分ほど服を貸して頂けませんか?シミ抜きしますので」

「……」「……」「……」


 鉄面皮の口から放たれる予想外の言葉にチンピラのみならず、女性まで黙り込む。

 何があろうと、取り敢えず穏便に済ませようとするのがレイのスタイル。


「……なにやってんのよ。あの生真面目おバカ」


 少し離れた場所でトワが呆れた声を漏らす。

 何が不満なのか、レイはいまいち計りかねた。


「もしかして舐めとんのか?」

「その考えに至る理由が分かりません。思考の開示を要求します」

「あぁん!やっぱり舐めとるじゃろ!いてこますぞ、われぇええええええええ!」

「きゃあ!」


 淡々と問いかけるレイに、とうとうチンピラ達が激昂する。

 その右手にはナイフ。

 一緒にいた女性の口から悲鳴が上がる。


(マスターレイ。男達のナイフは粗悪な鉄製。脅威度は限りなく低いと判断)


 おそらく恫喝用のナマクラなのだろう。

 チンピラ共の小物ぶりに、心の中で特大級のため息。


「死にされせぇ!ボケがぁああああ!」

「くたばれぇ!くそがぁああああああああああ!」


 チンピラ共がやくざ映画の三下宜しく、ナイフを腰あたりに構え、そのまま直線的に突っ込んでくる。

 その素人丸出しの動きに呆れを通り越して憐れになってくる。


「…………」


 ACAを使うまでもない。

 レイはチンピラの攻撃を紙一重で躱し、すれ違いざまにナイフを奪い取る。


「死ねやぁああ………あれ?」

「ナイフが……無い?」


 チンピラ達は自分達の手元とレイの手にあるナイフを見比べ動揺する。


「あまり良いナイフではなさそうですね。買い替えをおススメします」


 次の瞬間、レイはACAによる肉体強化を使用。

 ナイフの両端を指でつまみ、パキンっと折る。


「エッ?肉体強化魔法?」

「……バケモンだ……ナイフへし折るなんて」


 チンピラは恐怖で顔を歪めながら、腰砕けでその場を逃げ出す。


「アッ?すみません。シミ抜きとナイフの弁償は宜しかったですか?」


 レイは平坦な声でチンピラの背中に呼びかけるが、雑踏と悲鳴にかき消され届く事は無かった。


「あの……ありがとうございました。なにかお礼をしたいのですが」


 声の発生源は助けた女性。

 余程チンピラが怖かったのか、その顔は紅潮し、声は上擦っていた。


「それでは一つお願いがあるのですが……」

「はい!なんでしょうか?」


 レイはなるべく相手に不安を与えない様に優しく語り掛ける。

 だが女性はますます顔を紅潮させ、その瞳は僅かに潤み、声は一オクターブ上がっていた。


「この辺で美味しい肉料理を出すお店をご存じありませんか?連れとこれから昼食なのですが、この辺には疎くて……」


 レイはトワを親指で示しながら、女性に問いかける。

 途端に女性はガッカリした様な表情を浮かべる。


「……デートならあそこのレストランがおススメですよ!」


 女性は何故か怒りながら、近くのレストランを指し示す。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「どう致しまして!……チッ!売約済みかよ!せっかく年下のいい男ゲットだと思ったのに……」


 意味不明な事を叫びながら、肩を怒らせ女性が去っていた。


(アス、解析を)

(解析……あの女性はマスターレイに好意を持っていたと推測。加えて、マスタートワをマスターレイのパートナーと勘違いした事により、癇癪を起こしたと推測)

(…………)


 レイはアスの解析結果に首を傾げながらトワのほうへ振り返る。

 するとそこには……


「トワ?どうした?」


 顔を真っ赤にしたトワの姿。

 レイは膝を屈め、彼女の顔を覗き込む。


「なっ!何でもないよ!それよりご飯にしよ!」


 トワは手をブンブンと振り、顔をますます紅潮させ、慌てた様子でレストランへと駆けて行く。


「……意味が分からない」


 置き去りにされたレイは途方に暮れた。

 彼は気付いていなかった。

 ルミナス人感覚で見たレイの年齢は十五歳前後。

 実態はともあれ、傍から見ればレイとトワはお似合いなのだ。

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