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第百七話 周藤嶺

 レイは食堂に戻り、ぐったりと机に突っ伏していた。


『レイ様。こっぴどくやられましたね』


 暗澹とした気分で項垂れていると、ふと耳元に美しい女性の声。

 レイがのそのそと顔を上げると、そこには透明な水色の美女。


「ウンディーネさん。見ていましたよね」

『えぇ、勿論』


 水色の美女は黙ったまま、柔らかな笑顔を崩さない。

 大人の彼女なら解決策も知っているだろうし、言いたい事も沢山あるだろう。

 だが、ウンディーネはただ笑ってレイを見守っていた。


「あなたを見ているとシェイさんやアークライト大佐の事を思い出します」


 レイの言葉にウンディーネは目を丸くする。


『シェイさんという方は存じ上げませんが、アークライトといえば敵将の名前ですよね?何故、彼の事を?』


 ウンディーネが首を傾げながら問いかける。

 美人の彼女の可愛らしい仕草にレイは思わず口元が緩む。


「シェイさんは先日までグレイプニル製造でお世話になっていた王国の魔法騎士隊の方です。アークライト大佐は知っての通り敵将であると同時に自分の恩人です。二人とも口数は多い方ではありませんでしたが……とても温かい人でした」


 レイはポツリポツリと語り出した。


「シェイさんには色々と悩みを相談しました。答えが出ない悩みもありました。シェイさんはただ黙って、真剣に自分の話を聞いてくれました。ちょうど今あなたがしてくれている様に」


 レイの言葉に、ウンディーネが口元を緩めて頷く。


「大佐は両親が亡くなってから自分達兄妹の後見人として、公私両面で助けてくれました。あの人がいなかったら、自分達兄妹は生きてはいなかったでしょう」


 声のトーンが自然と一段下がる。

 それに合わせて、ウンディーネの表情も影が差す。

 この女性は本当に感受性豊かで優しい人なのだろう。

 レイの心が少しだけ温かくなった。


「ARS(アラヤシキ拒絶症候群)。それが妹の病名です」

『その病気は!』


 ウンディーネが驚愕の表情で目を大きく見開いた。


「ウンディーネさん。アラヤシキをご存じなのですか?」


 レイは思わず疑問を口にした。

 ウンディーネはルミナスで生まれた精霊。

 銀河同盟で作られたアラヤシキを知る術など無いはず……


『はい。私は一万年前から精霊をやっておりましたので……』


 ウンディーネの美貌が苦々しく歪む。

 そういえば、空の悪魔であるガ=デレクはアラヤシキを投与されていた。

 一万年前に空の悪魔と戦っていたなら、知っていても不思議は無い。


『しかし、何故軍人でもない妹君(いもうとぎみ)がアラヤシキを……』


 愕然とするウンディーネ。

 レイはこれ以上彼女に動揺させない為に、努めて冷静に言葉を紡ぐ。


「自分の両親、周藤戒(しゅうとうかい)(らん)はどちらも軍人でした。自分達を生んだのはアラヤシキの投与後。つまり……」

『体内のアラヤシキが母体を通して、子供に引き継がれた』


 レイはウンディーネの言葉に頷いた。


「幸い自分はアラヤシキに適正がある抗体者だったのですが、杏にはそれがありませんでした。白痴化だけは避けられましたが、脳の覚醒を司る部分が異常をきたし、もう十年近く寝たきりです」


 レイはロケットペンダントを開き、杏の写真に目を落とす。

 十五歳の可愛らしい黒髪少女。

 安らかに目を瞑る姿は、とても十年近く寝ているとは思えないほど美しい。

 ナノマシン治療のおかげで脳以外の身体は健康そのもの。


 アラヤシキの除去さえできればすぐに目を覚ますのだが、脳深くまで侵入していて現在のナノマシン技術では不可能。

 その上、アラヤシキは異物を排除する機能が備わっており、治療用のナノマシンもすぐに体外に排出されてしまう。

 それ故、ARC(アラヤシキ拒絶症候群)には莫大な治療費が掛かる。


 レイは治療費捻出の為に軍人になった。

 宇宙艦隊にとって、抗体者の軍人は貴重だった。

 戦力としても、研究サンプルとしても……


 幼い嶺は妹の為に宇宙艦隊に自分を売ったのだ。


『そのような事が……あったのですね』


 ウンディーネの表情(かお)は今にも泣きそうだった。


「すみません……」

『なんで謝るのですか?』

「あなたにそんな顔をさせる為に話したわけではありません」

『あなたは……なんでそんなに馬鹿なんですか』


 レイは思わず苦笑いを浮かべた。

 水で出来た目元をゴシゴシと乱暴に擦り、強がる彼女が妙に愛らしかった。


『そんなんだからトワ様に怒られるのですよ』


 笑っていた事が気付かれた様だ。

 水色の美女が子供っぽく口を尖らせる。


「すみません。宜しければ大人の女性として、何かアドバイスを頂けませんか?」


 レイは眉をへの字に曲げながら頭を下げる。


『仕方ありませんね。それでは一つだけアドバイスです』


 ウンディーネがいつもの美人お姉さんの顔を取り戻す。


『もっと肩の力を抜いて、それから恋の一つでもして下さい。そうすれば色々と見えてくるモノもあります』


 ウンディーネは凛とした笑顔を残して、霧の様に姿を消した。


「…………自分には一番縁遠い話だな」


 レイは今日一番のため息を吐いた。

 自分で何とかしろという事なのだろう。

 悩める青少年は力を振り絞り立ち上がった。

 考えるより行動しようと思うレイだった。

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