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第百六話 責任

「さて、今後について話したいのですが」


 レイ達が食事を終えた直後。

 美味しい食事で機嫌を取り直したトワとアヤメに、レイが話を切り出す。


「その前に報告があるんだけどいいかい?」


 最初に神妙な顔で手を挙げたのはアヤメだった。

 レイは黙って頷き話を促す。


「先日、葉隠れからの報告がなんだけど、シュターデンの遺物があると思われる遺跡の場所が判明した」

「本当ですか!」


 レイが驚き前のめりに聞き返すと、アヤメは黙って頷く。


「場所は何処ですか?」


 レイは椅子に座り直し深呼吸。

 努めて冷静に振る舞いつつ報告を促す。


「グラーフ草原だよ」


 くノ一の顔になったアヤメが淡々と答える。


「レイ君、トワちゃん。これはあたいからの提案なんだけど、今すぐ遺跡に向かうべきだと思う」


 葉隠れのくノ一が真剣な眼差しでレイ達に問いかける。

 トワの方に目を向けると、うんうんと頷き賛成の意を示す。


「アヤメさん。理由を聞いても?」


 アヤメの表情は切迫していた。

 レイはその理由がいまいち掴みかねていた。

 マオ……シュターデンの言葉を信じるなら、遺跡に向かうのは十日余り後でなければならない。

 まだ充分時間に余裕があるのに焦る理由が分からない。


「レイ君。王国と公国の国境は封鎖されてるよね」

「はい」


 レイが首を捻っていると、アヤメが呆れた表情で口を開く。


「レイ君はピンと来ないかもしれないけど、今、王国も公国も国境の調整でゴタついててね。そんな状態だから警備もいつも以上に厳しくなっててさ」

「つまり、前回みたいに上から飛び越える事もできないと?」

「……あれはあたいがしたくない」


 アヤメが青ざめた顔で首を振る。


「……つまりあたいが言いたいのは、王国と公国の国境が使えない以上、移動は王国、連邦、公国、グラーフ草原と大回りしないといけないって事さね!」


 イフリートダイブを回避しようと、アヤメが必死に訴える。

 その姿に憐みの情が湧いたのか、トワも眉毛をへの字にしながら言葉を紡ぐ。


「お兄さん。グラーフ草原までは高速馬車を使っても七日以上かかるんだ。遺跡を特定する時間や高速馬車の便を考えると今がギリギリのタイミングなんだよ」


 困ったようなトワの声に、レイは少し視線を上に向け、頭の中を整理する。

 そしてレイが出した結論は……


「分かりました。では空を飛んで行きましょう」

「はっ?」「はっ?」


 レイが出した結論はグレイプニルだった。

 トワとアヤメは状況が分からず、素っ頓狂な声を出す。

 そんな二人を余所に、レイはその場を立ち上がる。


「ついて来て下さい」


 レイは二人を手招きし、テクテクとグレイプニル格納庫へと向かう。


「えっ……アッ!うん!」

「……ちょっ!ちょっと待っとくれよ!」


 一足遅れてトワとアヤメが駆け足でレイの背中を追う。



 ……歩く事少し。

 グレイプニル格納庫。


 トワとアヤメは再び絶句した。


「お兄さん。これ何?」

「魔素式大気圏内戦闘艇グレイプニルだ」

「レ…レイ君!なんでこんなところにドラゴンがいるんだい!」

「違います。魔素式大気圏内戦闘艇グレイプニルです」


 トワ達の眼前に鎮座するのは全長二十メートル、高さ六メートルの巨大なドラゴンの様なナニか。

 ヘッジホッグ(ドラゴン)に襲われた経験があるアヤメ(マチ)にとって、その姿はトラウマそのものだろう。


「えっと、お兄さん?アタシ、アスの中に入ってる設計図見ても、全く何のことか分からなかったんだけど、説明してくれる?」

「あぁ……」


 ここからはレイ先生の小学生でも分かる戦闘艇講座。

 レイはグレイプニルの概要を出来るだけ噛み砕いて説明した。


「魔素式大気圏内戦闘艇グレイプニル。最高速度は第一宇宙速度を超えるマッハ四十(時速約47660キロ)。最高時速までの到達時間はおよそ十秒。搭乗人数は最大で四名。搭乗者が快適に過ごせるようGコントロールフィールド搭載。ギラニウム装甲と対艦砲射撃防御スクリーンを装備。ホログラフによる光学迷彩及び各種レーダーに対するステルス機能搭載。主な攻撃手段は24型フォトンキャノンと量子爆雷。魔素による自動修理(オートリペア)機能搭載。大気圏内の機動性と攻防に特化しており、宇宙空間ではフェンリルに劣るモノの、惑星上では一段勝る性能を保有。水の魔力で生み出した水素を火の魔力で融合する事でエネルギーを生み出す魔素式核融合炉を採用」

「ちょっと待ちな!情報量が多い!」

「お兄さん、何言ってるの?ルミナス語でしゃべってよ」

「ちゃんとルミナス語でしゃべっている」

「分かんないよ!専門用語が多すぎて!」


 尤もレイ先生が説明できるのは、ある程度基礎知識を持った銀河同盟の小学生に限る。

 基礎知識ゼロで情報爆撃を喰らったルミナス人(トワとアヤメ)はますます混乱。


『マスタートワ、アヤメ様。端的に説明すれば、理論上では(最高速度を出すと宇宙に飛び出すので実際は無理だが)約四十秒でグランソイル~アクアテラス間(約五百キロ)を移動でき、ティアマトのフォトンキャノンを受けてもビクともせず、ティアマトを一撃で葬る兵器を所持した空飛ぶ船です』

「…………」

「……マジかい、それ?」

『カタログスペックに虚偽はありません』


 説明が下手くそなレイ先生から授業を引き継いだのは、優秀なAI教師アス。

 アスの極めて分かりやすい説明にトワは引きつった顔で硬直し、アヤメは現実逃避する様に目を泳がせる。


「これならグラーフ草原(直線距離千キロ)まで二分ほどで到着出来ます。飛行実験も兼ねて、コイツでセイレーンとグラーフ族の集落に飛びたいと思うのですが……」


 ショックが抜けきれない二人に、レイが淡々と説明を口にする。


「ただ、まだ燃料の魔力が注入されていない。トワにはイフリートとウンディーネに頼んで魔力を充填して貰いたいのだが……」

「…………」

「トワ?聴いているか?」


 レイが呼びかけるがトワからの返答が無い。

 首を傾げながらその顔を覗き込むがエメラルドの瞳は焦点が定まっていない。

 手のひらを目の前でひらひらとかざしても反応無し。


「トワ……しっかりしろ」

「ふぁぁああああああああッ!」


 心配になったレイがその華奢の肩を揺さぶった所で、素っ頓狂な声と共にようやく復帰。

 その際、レイは怪音波で鼓膜に幾ばくかのダメージを受ける。


「お兄さん!もしかしてこのバケモノの起爆スイッチをアタシに入れろっての!?」


 トワが責める様な口調でレイに詰め寄る。

 彼女は分かっているのだろう。

 このグレイプニルがどれ程多くの命を奪う可能性を秘めているのかを……


「心配するな。グレイプニルを操縦するのは自分だ。グレイプニルによって引き起こされる事象の責任は全て自分が負う」


 レイはトワに視線を合わせて、出来るだけ語気を弱めて、ゆっくりと、努めて優しく語り掛けた。

 些か口調が固くなってしまったのは、自分自身もその責任に潰れそうだからかもしれない。

 だが、そんな事を考えていたからだろう。


 「ねぇ……お兄さん……」


 エメラルドの瞳に怒りと涙が滲む。


「ねぇ!責任を負うってどういう意味!」

「ッ!」


 トワが咆哮(ほえ)た。

 レイは怒りの理由が分からず目を見開く。


「お兄さんは分かってない!人が死んだら取り返しがつかないんだよ!誰かが死んだら責任の取りようなんてないんだよ!」

「……トワちゃん、ちょっと落ち着きな」

「アヤメお姉さんは黙ってて!」


 止めに入ったアヤメにトワが噛みつく。

 あまりの剣幕にアヤメは一歩後ずさる。


(マスターレイ。マスタートワの精神状態に異常。極度の興奮状態により錯乱していると判断。鎮静剤の投与を推奨)

(うるさい!今は黙ってろ!)


 相変わらず()()()()()対処法を提案するアスを脳内で怒鳴り付ける。


「もう一度聞くけど、責任ってどういう意味!」


 今にもレイを噛み殺しそうな剣呑な目つきでトワが問いを重ねる。

 レイは一瞬だけ天井に視線を向け、一呼吸置いてから言葉を紡ぐ。


「今回の戦いでの戦死者を一人でも減らす。戦死者が出たらその(とが)は全て自分が背負う。戦争犯罪者として断罪されれば、それを潔く受け入れる」


 なんとも情けない答えだと思った。

 考えてみれば、自分は元々宇宙艦隊の軍人。

 自分が殺した人間の責任は全て宇宙艦隊に起因していた。

 詰まるところ、今まで他者のせいにして、人殺しの責任逃れをしていたのだ。


 だが今回の戦いは自分で臨んだモノだ。

 何が起きても全て自分のせいだ。

 トワがどうして激昂しているのかは分からない

 だが、自分の不覚悟は自覚できた。


 レイの答えにトワは……


「お兄さん……何も分かってない」


 落胆した。

 その顔は涙でグシャグシャ。

 レイは胸の奥に石が詰まった様な苦しさを感じた。


「トワ?」


 レイは涙を拭いたくて、トワの頬に手を伸ばす。

 だが、その想いは届かず。

 トワはレイの手をパチンと(はた)き落とした。


「お兄さんの馬鹿!アタシはお兄さんに責任なんて取って欲しくない!」


 涙声のトワがそのまま外に走り去る。


「レイ君……追わないのかい?」


 アヤメの声が優しくレイの背中を押す。

 だが……


「すみません……アヤメさん。お願いできますか」


 足に鉄の杭が打ち付けられた様に動かない。

 トワの気持ちが分からない。

 今、トワを追いかけても、きっと傷つけてしまう。

 トワを傷付けるのが……自分が傷つくのが怖い。


「分かったよ。なんとかしてみる」


 アヤメが大きなため息を吐きながら、レイの肩を置く。


「レイ君。あんまり無理をするんじゃないよ。あんただってまだガキなんだから」


 レイはトワを追いかけるアヤメの背中を呆然と見送った。

 彼女の言う通り、自分はまだまだガキなのだと痛感した。

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