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第百五話 雑談

「うわぁ……凄い……」

「これ、あんたが一人で作ったのかい?」


 トワとアヤメは驚愕した。


「はい。ここが以前トワに話したグレイプニル製造工場です」


 彼らの目の前にはアリーナ施設ほどある巨大な金属製の建物。

 これほど巨大な施設はルミナスには存在しないだろう。

 唖然とする二人を余所に、レイは淡々とした口調。


「さあ、そんな所に突っ立てないで中に入りましょう」

「…………」


 驚天動地の出来事に動揺する自分達を置いて、何食わぬ顔でレイが手招き。


「トワちゃん……あたい夢でも見てるのかな?」

「現実だよ。受け入れ難いけど……」


 トワはレイが今まで行った数々の無茶を目撃、あるいはアスからの伝聞で知っている。

 だが今回のケースは極めつけだ。

 こんな化け物みたいな施設を独力で作り上げるなんて。


「二人とも。早く中に入って。これから食事を作りますので」


 尤も元凶は施設の事よりも食事の心配。

 自分がやらかした事の重大さには無頓着。

 これを作る前は未開惑星不可侵条約がどうのとか、かけ離れた科学技術は今ある文明を壊す恐れがあるとか、そんな事を心配していた癖に……


 いや、彼にとっては遠い未来の一億の命よりも、目の前の一つの命の方が重いのかもしれない。


「行こっか……」

「……そだね」


 アヤメに促され、トワはトボトボと工場の中へと歩を進める。


「さあ、こちらです」


 レイに案内されたのは、小さな裏口から入ってすぐの所にある食堂だった。

 天井が高く、広さはそれなりで、中には使った形跡のある木製の長テーブルと椅子が十脚。

 壁と天井は全てティアマトに使われていた金属を薄く伸ばしたもので、非常に物々しくて頑丈そう。

 部屋の隅には大人くらいの大きさの金属製の箱(冷蔵庫)とコップ置き場。


「適当に掛けて下さい。今、飲み物と摘まめるモノを持ってきます」


 そう言って、レイは慣れた手つきで金属製の箱から冷えたお茶とお茶請けの果物を取り出し、コップと一緒にトワ達の目の前に置く。


「なんか悪いねぇ。来て早々」

「いえ……今日は魚料理にしようと思うのですが、生魚は大丈夫ですか?」

「おぉ!刺身かい?大好物だよ」

「それはよかった」


 歓迎を受けてご満悦のアヤメと、淡々とした口調の割に楽しそうなレイを、ヤマリンゴを齧りながら眺めていると。


「トワは生魚は平気だけど、辛すぎるのはダメだったな」

「うん……よく覚えてるね」

「ちょっと前にウンディーネにワサビを出されて、悶絶した話を聞かされたからな」


 レイが小さく笑いながら、食堂の奥にある扉へと引っ込んでいく。


「へぇ……そんな事があったのかい」

「……言うんじゃなかった」


 アヤメにニヤニヤとからかわれ、顔がカァーっと熱くなる。

 何食わぬ顔でこの場を離脱するレイの背中を睨みつけてみたけど、効果は無い。


「ねぇ、トワちゃん。レイ君、前と性格変わってない?」


 レイを去るのを見送った直後、アヤメがブドウを摘まみながらコソコソと呟く。


「そうだね。元々無理して生真面目にやってた感じだったし、もしかしたら今の方が素なのかもね」

「そんなもんかい。あたいはあんまり付き合い長くないから分かんないけど」


 食事の到着を待つ間、トワとアヤメが話したのはもっぱらレイの変貌ぶりについて。

 尤もトワとレイが行動を共にしたのは二十日ほどだし、アヤメに至っては十日ほどしか付き合いがない。

 レイの新しい一面が見られて、意外でもあり新鮮でもあった。



 ……アヤメと駄弁りながら待つ事、三十分ほど。


「お待たせしました」


 レイがお盆に料理を載せてやって来た。


「うわぁ~!美味しそう!」

「こりゃ、ご馳走だね」


 メニューはちらし寿司、シジミのすまし汁、てんぷら、アジの塩焼き、茶わん蒸し。

 湯気が立つ料理にトワとアヤメが舌なめずり。


『そうでしょう。私もお手伝いしましたから』


 不意に何もないはずのレイの右隣辺りから美しい女性の声。

 嬉しそうなその声色に、料理に飛び掛からんとしていた二人の動きが止まる。


「えっ?ウンディーネ?なんでここに?」


 目を丸くするトワの声に呼応する様に、声の発生源から蒼く煌めく水球が顕現する。

 水球は瞬く間に増殖し、水色の美しい女性へと姿を変える。


『トワ様、二日ぶりです。私が居ては変ですか?』

「いや……変じゃないけど」


 鬼バ……ウンディーネの登場にトワのテンションが一気に下がる。


「今までどうしてたんだい?一昨日の訓練から急にいなくなったから心配したよ」

『あら?アヤメ様()お優しいのですね。お二人がレイ様にお会いになられると仰ってましたので、先回りしておりました』


 アヤメの呆れた様な呟きにウンディーネが微笑(ほほえ)む。

 何故、()を強調する、と思いながらトワがウンディーネを睨み付ける。


「ウンディーネさんにはちらし寿司の切り身とアジの下処理をお願いしました。彼女の魚介を扱う腕は一級品ですね」

『あら、レイ様。この前も言いましたがさん付けは不要です。ノームと話した時はちゃんと呼び捨てでしたのに?』

「いえ、やはり大人の女性を呼び捨ては憚られます」

『なるほど。レイ様の基準では私とアヤメ様は大人でトワ様は子供なのですね』

「そこ、うるさいよ!」


 楽しそうに雑談するレイとウンディーネに胸の中がモヤモヤする。

 誰がガキだ!この年m……


『トワ様。言いたい事があるならはっきり仰って下さい』

「……別に何もないよ」


 底冷えするようなウンディーネの笑顔に背筋が凍る。

 ……なんでこっちの考えている事が分かるんだ、あの長命種。


「ウンディーネさん、ありがとうございました。色々お話できて楽しかったです」

『ふふっ、こちらこそです。特にトワ様の教育方針についてお話できたのはとても有意義でした。私はどうも加減が苦手みたいですので、もっとギリギリを狙っていこうと思います』

「それは良かったです。今度、アスに言ってトワの能力を数値化しますので、参考にして下さい」

『まぁ!何から何まで、ありがとうございます』


 レイとウンディーネの笑顔の談笑に背筋が凍る。

 この二人は自分がいない間にどんな話をした。


「トワちゃん……諦めな」

「アヤメお姉さん……泣いていい?」

「うん、あたいの胸で良ければ」


 トワはアヤメの豊かな胸に顔を埋め、涙を零した。

 もう自分の味方はこのポンコツお姉さんしかいない。

 魔性の女ウンディーネに篭絡されたレイの事と、今後の訓練が苛烈さを増す予感に、悲しみが止まらないトワだった。

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