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第百三話 『救星の種』

 レイとカミラの試合が終わった直後。

 レイは何食わぬ顔でグレイプニル工場建設に勤しんでいた。


「シェイさん。カミラさんの容態はどうですか?」

「気を失っているだけであります!しばらくすれば目を覚ますでしょう!」


 午前中に作ったアリーナ施設ほどの巨大で無機質な工場の片隅。

 レイは複製機(デュプリケーター)で厳つい工作機械を作成しながら、ちょび髭の副官に問いかける。

 尤も問われたシェイの方は及び腰で、はきはきとした口調には恐怖が滲み出ている。


「シェイさん。先ほどの事ですが……」

「はい!勿論あれは当方の不手際によって起こった事でありますので、カミラ隊長の所業については上に報告してキツく罰して頂きますし、レイ様に責任を問う事はありません!」

「……自分は怒っていませんので、あまり大事にしないで頂ければ」

「はい!レイ様の御慈悲に愚かな隊長に代わり、お礼申し上げます!」


 歴戦の中間管理職シェイ副長がまるで鬼教官に怯える新兵の様だ。

 レイも流石にやり過ぎたと思い、出来るだけ柔らかい口調で言葉を紡ぐ。


「あの……さっきみたいな事はもうしませんので普通に喋って頂ければ」

「……そうでありますか。それではお言葉に甘えさせて頂きます」


 シェイはホッとした表情で息を吐く。

 よっぽど緊張していたのだろう。

 その顔色は少し青い。


「シェイさん。宜しければそこに掛けてお茶でもいかがですか」

「あぁ……かたじけない。正直、喉がカラカラでして」


 レイは先ほど設置したばかりの木製の椅子を勧め、水筒とコップを取り出す。

 シェイは安心した表情でコップを受け取る。


「しかしレイ様、凄まじいですなぁ。僅か半日でこのような巨大な建物をお作りになるなんて」

「いえ、少し便利な道具を使っているだけですので」

「シュターデンの古文書……ですね」

「はい」


 レイはシュターデンのせいにして誤魔化した。

 正直、トラクタービームや複製機(デュプリケーター)について、ルミナス人に説明するのは不可能だし、手間が掛かり過ぎる。

 端的に言えば面倒くさい。


「ここで空の悪魔と戦う為のシュターデンの兵器を製造なさるのですよね」

「はい」

「兵器を作って、空の悪魔を撃退した後はどうなさるおつもりですか?」

「グレイプニルを一機作り終えたらこの工場は破壊します。空の悪魔を撃退したらグレイプニルも破壊します」

「左様ですか……いや、それが良いでしょうな」


 シェイは一瞬だけ逡巡し、すぐに笑顔で頷いた。

 グレイプニルの有用性と戦略的価値を理解しつつ、それ以上の危険性についてすぐに思い至ったのだろう。

 厄介な隊長を支えながら騎士隊を機能させているだけあって、彼はとても思慮深い。


 自分も宇宙艦隊で歳を取っていたら彼みたいになっていたのだろうか?

 レイはシェイになんとも言い難い親近感を覚えていた。


「ところでシェイさん。一つお聞きしたいのですが」

「何でしょう?」


 気付けば同族(シェイ)に自分から話し掛けていた。

 レイは基本的に人と話すのが苦手なタイプだ。

 気の利いた話題なんて持ち合わせていないし、そもそもずっと一人で軍務にあたっていたので会話の経験値が圧倒的に足りない。

 そんな不器用な青年にシェイの真面目な笑顔がありがたい。


「皆さん、随分と『救星の種』という言葉に過敏に反応しているようですけど」

「あぁ、その事ですか。グラーフ族のレイ様にはあまり馴染みが無い言葉かもしれませんね」


 コップのお茶に口を付け、ちょび髭を軽く触りながら、シェイがポツポツと言葉を紡ぐ。


「これはシュターデン教を中心に伝わる民話の様なモノなのですが……シュターデンは彼が生きた時代の一万年後に訪れる危機を予見していたと言われております」


 そう前置きし、シェイがふぅ~と一呼吸。

 レイの脳裏にはまだ会った事も無いマオという老人の名前が過る。


「それと同時にシュターデンは、その危機に対抗する『救星主』とそれを生み出す『救星の種』についても予見しておりました」

「えっ?」


 レイは大きく目を見開いた。

 『救星主』を生み出すのが『救星の種』?

 自分は観測者にルミナスを救ってくれと言われた。

 何かを生み出せなどとは一言も言われていない。


「カミラ隊長は『救星の種』と結ばれて、自分が『救星主』の母になるのだと息巻いておりましたが……」


 冗談混じりに苦笑するシェイの声も頭に入ってこない。


 シュターデン……マオは何故自分に『救星の種』などという使命を託した。

 時間移動ができるのなら自分で解決すればいい。

 それができない理由でもあるのだろうか?


 レイが思考の坩堝に落ち込み、眉間にしわを寄せているところに、シェイが話を再開する。


「わたくしはこの凄まじい施設を見て確信しました。空の悪魔と戦う兵器を生み出し、ルミナスに希望をもたらしてくれるレイ様こそ『救星の種』なのだと」


 シェイは感極まった声で締めくくった。

 確かに彼の言う通り、戦う手段と希望を生み出すから『救星の種』という事もできなくない。


 だが……引っ掛かる。


 何故自分を『救星主』と言わない?

 何故『救星の種』が必要なのか?

 もしかすると……


「どうされました?レイ様。顔色が優れないようですが?」


 シェイが心配そうにこちらを覗き込む。


「いえ、大丈夫です。なんでもありません」


 レイは慌てて思考を打ち切った。

 シェイに心配を掛けたくないという気持ちもあったが、それ以上に今頭を過った想像を深く考えるのが怖かった。


「シェイさん。お話に付き合ってくれてありがとうございます。自分は作業に戻ります」


 レイは覚束ない足取りでその場を立ち上がる。


「レイ様。あまりご無理をなさいませんように」


 シェイの心配そうな声にレイは無言で一礼する。


 レイはシェイに感謝しつつ、グレイプニルの設計図を開く。

 そこには見覚えのある日本語がびっしりと書き込まれていた。

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