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第百二話 ACA

「さあ!行くぞ!私の寿退職を阻む外道が!」


 レイの眼前で在りもしない妄想にしがみつく行き遅れ(カミラ)が吠える。


「試合の前にルールの説明です。先に一撃当てれば勝ち。ガードされた攻撃は無効。ガード判定はシェイさん達騎士団が行う。相手を殺すような攻撃は禁止。行動範囲はこの街全域。それ以外は特に制限無し。武器攻撃、飛び道具、罠、遠距離魔法、範囲魔法、大魔法何でもあり。ただし罠系は攻撃判定が無いものとする。以上で宜しいでしょうか?」

「それでいいわ。そもそも罠なんて使わないし」


 レイは淡々と語る。

 心が水面の様に凪ぐ。

 頭は限りなくクリアで、ただ目の前の女をぶん殴る方法だけがシミュレーションされる。

 今のレイは少しばかり冷静ではなかったかもしれない。

 何故なら……


「宜しいのですか?そんな条件で」

「はい。あの手の輩は一度痛い目にあった方がいいです」


 シェイの心配そうな問いかけに、自分でも底冷えするような声で応える。

 レイは宇宙艦隊にいた頃の理不尽を思い出し苛立っていたのかもしれない。


 目の前の馬鹿女は自分に勝ったとして、この後どうするのだろうか?

 彼女の理想の金髪イケオジを探すのだろうか?

 それで迷惑を被るのは間違いなくシェイを始めとする隊員達だ。

 こういう周りの事を考える脳みそを持たない愚者は心底苛立つ。


 言わばこれは私闘だ。

 腹が立つから戦うのだ。

 こんなしょうもない理由で戦う自分が無性に腹立たしい。

 自分で自分の事が分からないなんて久しぶりだ。


(マスターレイ。現状、パイロットスーツは使用不可。殺傷能力が高すぎる為、ビームブレイド、フォトンガンの使用も不可。現有戦力はマスターの体術のみ。勝率は極めて低いと判断)


 脳内でアスの冷静な機械音声が、状況を的確に判断。


ACA(エーシーエー)の効果を試す。実験では一定の成果を上げているし、理論上は上手く行くはずだ)

(いきなりの実戦投入は危険と判断)

(話はここまでだ。それに実戦でしか分からない事もある)


 レイはアスの苦言を遮る。

 ピリピリとした殺気を感じたからだ。


「ん?思ったより鈍くはないようだな。殺気を見せた瞬間に反応した」


 発生源はレイから十メートル先に立つカミラ。

 不意打ちしないのは騎士としての矜持だろうか。

 そんなものを持ち合わせているなら、その十分の一の常識も持ち合わせて欲しかった。


「もう始めてもいいか?」

「断りを入れるなんて甘いですね。ここは戦場なのですから不意打ちでも何でもすればいいです」


 待ちくたびれたとばかりに零すカミラにレイが挑発。

 ちょっとした軽口のつもりだったが、カミラの気に障ったのか。

 腰に佩いた剣を握りしめる右腕に力がこもる。


「ふん!やはり私は間違ってなどいなかった!貴様の様な誇りの欠片も無い者が『救星の種』であるはずがない!」


 怒りと共にカミラが抜剣。

 天高く掲げた大剣に炎が宿る。


「喰らえ!蛇炎斬(じゃえんざん)!」


 刃に宿った炎がまるで蛇の様に伸びレイを襲う。

 レイはグニャグニャとのたうち回る炎を冷静に大きく躱す。


「反応は悪くない。勘もいいみたいだ……なぁ!」


 蛇の頭がグニャリと曲がり、再び炎の牙を剥き出しにする。


「チッ!」


 レイは思わず舌打ちしながら、距離を空ける。

 パイロットスーツがあれば、コンバットモードで一息に距離を詰められるというのに……

 今更ながら、自分が如何に道具に頼り切っていたかを思い知らされる。


「まだまだ!鳳仙花(ほうせんか)!」


 カミラが左手で使った火球をレイに投げつける。

 速度は人間がボールを放り投げるくらいだろうか。

 今まで超高速戦闘を繰り広げてきたレイにとってはカタツムリ並みの速さだ。

 だが、このノロマな火の玉にレイは言い知れぬ危機感を覚えた。


「爆ぜろ!」


 レイはカミラが叫ぶ前に全力で後退した。

 今回はそれが功を奏した。

 火球は手榴弾の様に破裂し、周囲数十メートルを火の粉と爆風が吹き荒れる。


「くっ!本当に勘のいい!」


 とっておきを避けられてカミラが歯噛みする。

 だがそれはレイも同じ事。

 近づけば炎の蛇、遠ざかれば火炎の手榴弾。

 これでは近づく事もままならない。


 レイは思った。

 まさに絶好の実験相手だと……


(アス!ACA実行!)

(了解、マスターレイ)


 レイが脳内で命じると、アスが移されたロケットペンダントが淡く光る


「なっ!」


 カミラは驚愕の声を上げた。

 レイの速度が目で追えないほど上がったのだ。


「肉体強化魔法か?」

「驚いている暇はありませんよ」


 カミラの隙を突いて、彼女の左に回り込んだレイが視覚外から顔面に向けて拳を振り抜く。


「甘い!」


 拳のインパクト寸前。

 カミラの身体が淡く光り、大剣の腹で素早く拳を受け止める。


「肉体強化……ですか」

「…………」


 拳を受けたカミラは五メートルほど吹き飛ばされるも、何とか転倒する事無く踏みとどまる。

 その額にはうっすらと汗。


「貴様!一体どんな手品を使った!」


 レイの攻撃で手を痺れているのか。

 プルプルと右手を震わせながら、カミラが怒りを露わにする。


「それを知ってどうします?」


 吠えるカミラの隙を突いて、懐に飛び込んだレイが、再び正拳を繰り出す。

 腹部めがけて飛んでくる拳は、またしても大剣によって阻まれる。


「貴様!痛みを知らんのか!」

「この程度、慣れましたよ」


 今度は両拳による乱打。

 カミラは心底慌てながら、怒涛の攻撃を何とか受け止める。

 この時、彼女の表情は心の底からの恐怖を物語っていた。

 鋼鉄製の大剣を殴り続けたレイの拳は自らの血で真っ赤に染まっていた。


「おい!もう止めろ!このままでは貴様の拳が先に壊れるぞ!」

「ならさっさと降参するのですね。尤も自分が先に倒れるなどありえませんが」


 両腕をプルプルと震わせたカミラが必死に訴えるが、レイの拳は止まらない。


(ACAによる肉体強化、痛覚遮断の発動を確認。自然治癒強化については発動しているモノの効果は低い模様)


 アスの機械音声が脳内に響く。


 ACAアラヤシキ・コントロール・アンチボディ……対アラヤシキ制御抗体薬の略。

 レイを含む宇宙艦隊の軍人にはアラヤシキと呼ばれるナノマシンが注入されている。

 元々アラヤシキは犯罪者同然だった暗黒の歴史(ブラックレコード)時代の軍人を洗脳する為に作られたモノだが、人とナノマシン兵器の親和性を飛躍的に高める効果もある。

 レイは抗体者と呼ばれる特殊な体質の持ち主でアラヤシキの洗脳を受ける事なくナノマシンの恩恵を受ける事ができる。

 レイがガ=デレクやファラリスを圧倒できた理由の一つがこれだ。


 尤もアラヤシキは宇宙艦隊が保有するAIオモイカネで制御でき、このままアークライト隊と相対すれば、レイ自身が洗脳される可能性もあった。

 そこでレイが予防策として考案し、アスが作ったのがACAだ。


 アラヤシキは魔素と同様、特定の波長を受けると制御できるという性質が備わっており、オモイカネはこれを利用して、保有者を洗脳する。

 ACAは血管から注入する事で、アラヤシキの制御をオモイカネから保有者の脳波に書き換える事ができる。

 その副産物として保有者の体内に限り、魔素と同じような効果を得られるのだ。


 閑話休題。

 パイロットスーツの力を借りずに、疑似的に肉体強化、感覚操作、自然治癒が出来るようになったレイが、カミラに拳の嵐を叩きつける。


「うぉおおおおおおおおおお!!!」

「うぅ……うぅっうわぁああああああああああああああ!!!」


 拳圧に耐えられなくなったカミラが宙に舞う。


「おぉ!」

「まじか!」

「腕っぷしだけは強ぇカミラ隊長が……」


 誰からともなく沸き上がる悲鳴にも似た歓声。

 審判役の騎士達が驚嘆の声を上げる。


「勝負あ……」


 シェイが決着を宣言しようとしたまさにその時……


 ……宙に舞うカミラを追いかけ、レイもまた飛翔する。


「う……そ……」

「終わりだ!」


 吹っ飛ぶカミラの表情が固まる。

 彼女の顔面に迫るレイの右足。

 そして……


「っうぐぅ……」


 鈍い打撃音。

 声にならないカミラの悲鳴。

 哀れな騎士隊長の脳天が容赦なく地面に突き刺さる。


「ふぅ……任務完了」


 一足遅れてスタっと着地したレイの顔には満面の笑み。

 おそらくこんなにすっきりしたレイの顔はトワも見たことが無いだろう。


「シェイさん。勝敗は?」


 唖然とする騎士達の方に向き直り、鉄面皮に戻ったレイがポツリと一言。


「……勝者レイ=シュート」


 シェイの震える声が勝利者を告げる。

 後に『救星の種』レイ=シュートの名は、王国騎士の中で恐怖と共に語り継がれるのだった。

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