第百一話 招かれざる来客
救星の旅三十三日目。
レイ達がノームの長話から解放されてから二晩経った日の早朝。
所はシーサーペント艦内にて。
朝食のヤマリンゴを齧るレイは、大きな問題に直面していた。
「アス、パイロットスーツの調子はどうだ?」
『コンバットモードと通信機能に異常あり。修理用ナノマシンにて調整中ですが、着用状態での整備は困難』
無機質な元制御室の隅。
即席で作ったハンガーに掛けたボロボロのパイロットスーツ。
ファラリスとの闘いで大きく損傷したそれを眺めながら、レイは特大級のため息を一つ。
これでは有事に対応できないし、トワとの通信もままならない。
幸い、あちらにはアスの子機があるので、会話ができなくても意思疎通は可能だが……
「アス、トワの様子はどうだ?」
今まで毎晩お互いの情報共有(おしゃべりとも言う)をしていたので、トワが拗ねていないか心配で仕方ない。
その事について、ロケットペンダントに機能を移したアスに確認を取ってみても、返ってくる答えはいつも同じ。
『マスタートワの健康状態は良好。その問いには三十分前にも回答』
「いや、そうじゃなくて」
『質問の意図が理解不能。何故、そのような無駄を繰り返すのか思考の開示を要求』
「…………」
融通の利かないAIは忖度などしてくれない。
レイはどうやったら自分の心情を過不足なくこの石頭に伝えられるか頭を悩ませていた。
「……もういい。修理にはどのくらいかかる?」
『最短で四十二時間と三十二分二十秒必要』
約二日間。
レイは不貞腐れながら、今後の予定について思案する。
今できる事と言えば、星間通信機の作成に、グレイプニル製造施設の作成に、武器の整備に、新装備の作成に、広域レーダーによる情報収集に、自己鍛錬……思ったよりやる事が山積みだ。
ある程度はアスに任せる事もできるが、通信機の組み上げとグレイプニル製造施設の作成の様な、物理的に大質量を動かす作業は自分でするより他ない。
「アス。クオンさんとグラーフ夫妻の様子は?」
『クオン様は昨日の段階で公国首都に帰還。グラーフ夫妻は連邦を経由して公国に入った所。予定通り二日後にはグラーフ草原に帰還する予定』
それぞれが無事な事にレイはホッと一息。
ノームとの会談後、四人はその場で現地解散した。
クオンはリシュタニア教会に戻り、ウリエルの力をより完璧にする為、特別な場所で瞑想をするらしい。
グラーフ夫妻はシルフ本体に会って、トワに本契約をさせる為の下準備をするらしい。
グラーフ夫妻が言うには、トワの魔力はルミナス史上でも異例なほど高く、四大精霊全てと契約するだけのキャパシティを持っているとか……
キャパシティとは、噛み砕いて言えば魔法を覚えられる才能。
魔力とは魔素を操る脳波の強さ。
脳波の出力と持続力こそ、キャパシティであり、魔法使いの才能そのもの。
アスの解析結果によると、トワの脳波は他のルミナス人に比べて、魔素との親和性が恐ろしく高く、少しの脳波で魔素に大きく干渉できるらしい。
因みにレイも自身の脳波で魔素を操れないか試してみたが、ウンともスンとも言わなかった。
そもそも魔素を操る感覚が理解できない。
理論はほぼ完璧に理解できたが実行する才能が無い。
恋愛マニュアルを完全に頭の中に叩き込んだが、コミュ障で実行できない童貞野郎。
それが今のレイと魔素の関係だ。
閑話休題。
状況確認を終えたレイは、グレイプニル製造施設作成へと戻る……
……半日が経過し、昼時。
工事用に作ったトラクタービーム発生器(力場を作り、物を運ぶ光線銃)と複製機を駆使し、グレイプニル製造施設の外枠を作り終えた頃。
『炎要らずの鍋』でサーモンのバターソテーを作っていた時の事……
「そこにいる妖しい男!姓名を名乗れ!」
不意に背後から、威圧的な女性の声。
振り返るとそこには騎士風の男女の一団。
人数は九人、ルミナスの部隊の最大人数。
皆、六芒星の刻印が肩に刻まれた銀色の甲冑をフル装備して、如何にも物々しい。
「…………」
いきなりの出来事にレイが無言で警戒していると、その中でも一際立派な甲冑と兜を纏った美人だがきつそうな女性騎士が眉間にしわを寄せながら、こちらに詰め寄る。
「聞こえないのか!我々は王国魔法騎士隊!もう一度言う!そこの男、姓名を名乗れ!」
女性騎士の尊大な態度にレイは漏れそうになるため息を必死に堪えた。
どうやら彼女達はこの国の高級士官らしい。
宇宙艦隊でもそうだったが、どこの軍隊でも高級士官は偉そうなようだ。
「レイ=シュート」
ここは逆らうだけ損。
レイは鍋の火を落としながら、短く淡々と答える。
「レイ=シュート。国王陛下が言っていた『救星の種』か……思ったより貧相な男だな」
女性騎士は何処か不満そうに一人呟く。
その切れ長で真っ赤な瞳には若干の落胆。
レイは余計なお世話だと思いつつ、クレーム対応係の本能から無表情の仮面を被る。
こういう時は相手に逆らわず、波風を立てず、嵐が去るのを待つのが一番。
「レイ=シュート。身分証明書などは持っているか?」
どうやら自分の身元に不信があるようだ。
レイは今まで使う機会が少なかったハンターカードを取り出し、女性騎士に突き付ける。
「うむ……不審な点は無いようだな。チッ!」
カードを受け取った女性騎士が、副官と思われる中年男性の部下と二、三言葉を交わした後、舌打ち混じりにカードこちらに返す。
「あなた方は?」
レイは態度の悪い女性騎士を無視し、ちょび髭の冴えない中年男性騎士に問いかける。
「我々はワルツブルク王国魔法騎士隊北方警備第一部隊。こちらは隊長のカミラ=ランズベルク。わたくしは副官のシェイ=ムイ」
「これはご丁寧に。レイ=シュートです」
髭の騎士は風格を感じさせる柔らかな物腰で自己紹介。
釣られてレイも頭を下げる。
どうやらこの隊は厄介な若い隊長を副官がカバーする事で成り立っているようだ。
他の隊員も越権行為を行った副官ではなく、隊長の方を押さえている。
憤慨する隊長カミラを余所に、苦笑いを浮かべた副官シェイが語り掛ける。
「今回、我々がこちらに派遣されましたのは、国王陛下の命により、壊滅したシェリガンの調査と『救星の種』レイ=シュート様への協力の為です」
「……はぁ」
レイの口から気の抜けた返事が漏れる。
シェリガンとはこの港町の事だろうか。
ティアマトことシーサーペントを倒した事は、葉隠れを通じて国王にも伝わっている。
国の人間が調査に来るの必然だろう。
だが、何故自分の協力など……
「腑に落ちないと言う顔ですね。お気持ちは察します。正直、陛下が語られた内容は我々にとっても荒唐無稽でしたので……」
シェイが遠慮がちに、こちらの意図を汲み取る。
この人は中間管理職で苦労して、色々察する能力が鍛えられているのだろう。
宇宙艦隊の知り合いにも何人かいた苦労人タイプの姿に涙を禁じ得ない。
「シェイさん。協力とは?」
レイはシェイを労いながら疑問を口にする。
「その前にお昼にしましょう。せっかく作ったサーモンが冷めてしまいます」
シェイはレイの右手の鍋を指差しながら、口元を小さく緩める。
「お気遣い感謝します。あなた方は?」
「どうぞ、お気遣いなく。我々はもう済ませましたので」
精一杯愛想良くしたレイの平坦な声に、苦笑いを浮かべたシェイが応じる。
まぁ、社交辞令で聞いたが、ここで昼食を強請られても困る。
レイはサーモンソテーをバンズに挟み、サンドイッチにすることにした。
「それで具体的には、何をなさるのですか?」
サンドイッチを頬張るレイがシェイに問いかける。
「基本的にはこの近辺のモンスター狩りとレイ様の作業に邪魔が入らない様にする為の人払いです。あとできればティアマトの身体の一部を王都に持ち帰り、研究機関に送りたいのですが……」
シェイが遠慮がちにお伺いを立てる。
どうやら自分の許可無しにティアマトを持ち帰る事を禁じられているようだ。
全体的に王国騎士の教育はしっかり行き届いているらしい……
などと安心していたのも束の間。
「シェイ!先ほどから私を無視して勝手に話を進めて!このような妖しい男、認めた憶えはないぞ!」
問題の隊長からヒステリックな奇声。
どこにでもいる面倒くさい上官に、レイとシェイのため息が重なる。
「隊長。我々は陛下の御下命でレイ様に協力するのです。レイ様との関係構築を阻むが如き発言は厳にお慎み下さい」
「副長!貴様はどちらの味方か!」
「わたくしは王国騎士です。国王、ひいては国民の為に働く事こそ我らの本分です」
「黙れ!国王から命を受けたのは私だ。つまり貴様には私の命に従う義務がある!」
何を言っても無駄とはまさにこの事。
カミラの金切り声に、シェイがうんざりした表情で首を振る。
「あぁ~あぁ~。また始まったよ。カミラ隊長のヒステリー」
「最近、婚約者に逃げられたから苛ついてるんだろう」
「もう三十路過ぎだしな。婚期逃しそうで気が気じゃないんでしょう」
「多分、『救星の種』に期待したんだろうけど、あんな少年じゃねぇ~」
「寿退職する為に料理教室まで行ってたらしいぜ。結婚は上手く行かないのに料理だけ上手くなったって嘆いてたわ」
上官をなだめる為に必死のシェイを余所に、他の隊員達がヒソヒソと内情を暴露。
聞きたくなかった隊長の醜聞にレイの顔が引きつる。
「分かりました。どうすれば自分を認めてくれますか?カミラ=ランズベルク隊長」
レイはため息を必死に堪えながらシェイに助け舟。
これ以上、上司の私情に付き合わせるのは余りにも酷だ。
「そうだな……それでは私と一騎打ちをしろ!勝ったら貴様を認めてやる!」
カミラが口元を緩めながらレイを指差す。
「お止め下さい!自身の憂さ晴らしに客人を巻き込むのは!」
シェイが声を荒げる。
まぁ、カミラの思考が最低なので無理も無い。
宇宙艦隊では見慣れた光景にレイは隠す事もせず、特大級のため息を吐く。
「いいでしょう」
「レイ様!」
カミラの提案にレイが頷く。
これにシェイも驚きながら割って入る。
「シェイさん。ここは自分を信じて下さい」
「……分かりました」
レイの冷静な口調にシェイも渋々引き下がる。
「ふん!話はもういいか!『救星の種』を語る不届き者!本物のレイ=シュート様は金髪で逞しいイケオジに決まっているのだ!断じて貴様などではない!」
なるほど、本音はそれか。
自身の妄想通りにいかない現実に抗う行き遅れ女と、憐れな副官の為に戦う騎士レイとの試合が幕を開いた。