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第百話 精霊と聖獣と……

 黄山。葉隠れの里の南東に位置する聖獣黄龍の領域にて。


『何の用だ?』


 この山の主、金色の巨龍黄龍が不機嫌そうに呟いた。


『何の用だ……とはご挨拶ですね』


 黄龍の眼前に凛とした美しい女性の声が響く。


『姿を見せてはどうだ?水の精霊』

『宜しいのですか?魔素はあなた方にとっては毒なのでしょう?』

『ふん!あれは一万年分の蓄積によるモノ。今更小娘の魔素がひとつ加わった所でどうという事は無い』


 気づかわしげなウンディーネの声を黄龍が鼻で笑う。

 気位の高い彼らしいとウンディーネは心の中で苦笑いを浮かべてから姿を顕現する。


『これでご満足かしら?偉大なる守護者様』

『ふん!いつも通り老害と言ったらどうだ?』


 透明な水色の美女が眉をへの字に曲げながら頭を下げる。

 柄にもなくしおらしいウンディーネに黄龍が怪訝な表情で聞き返す。


『けじめをつけておこうと思いまして……』


 言うや否や、ウンディーネが(こうべ)を垂れて、黄龍の前に片膝を突く。


『偉大なるルミナスの守護者にして、聖獣の長黄龍様。知らぬ事とは言え、今までの無礼の数々。精霊を代表し、臥してお詫び致します。平にご容赦を』

『……もうよい』


 ウンディーネの真摯な謝罪に黄龍は肩透かしを食らった表情で首を振る。


「どうやら仲直り出来た様ですね。ホッとしました」


 不意に老人の声が横槍。

 二人は声の方に振り向き……驚愕する。


『あなたは!』

『…………』


 年の頃は六十くらいだろうか。

 アンデスのウアイノに似たグラーフ族の衣装。

 白髪混じりの短髪にしわくちゃの顔だが、背筋がピンと伸びている為、かなり若く見える。

 老人の姿を見るや、ウンディーネが歓喜の声を上げる。


『なんの用だ?シュターデン』

「おっと!今はマオとお呼び下さい」


 水の精霊とは対照的に黄龍がしかめ面を浮かべながら吐き捨てる。

 二人の顔を見比べながら、老人……マオが柔和な笑顔で言葉を紡ぐ。


「ところで驚かないのですか?わたくしがいきなり現れた事に?」

『驚いているさ……マオ。だが貴様が今更どこに現れても不思議には思わんさ』


 マオの飄々とした問いかけに、黄龍が心底うんざりした声で応じる。


『だいたい、貴様が変に情報を隠さなければウンディーネもおかしな誤解をする事も無かっただろうに』

『確かに……』


 黄龍の発言にウンディーネもうんうんと頷く。

 これにはマオが頬を指で掻きながら愛想笑い。


「その件に関しては大変申し訳なく思っております。何分(なにぶん)プロテクトをかけたのが一万年前ですので、色々と綻びが……」

『言い訳は結構です!あなたはいつもそうです!真面目な様に見えていい加減で!』

「申し訳……ありません」


 ウンディーネは瞳に涙を浮かべて抗議した。

 今、彼女の胸中には様々な感情が渦巻いていた。

 主に会えた事への歓喜、主の失態に対する怒り、威厳の欠片も無く能天気に愛想笑いを浮かべた事への呆れ……もう会えないと思っていた。

 いや……この表現が()()()()()()のだが、とにかく目の前の主に会う事は無いと思っていた。

 一万年の時を経て、何の前触れも無く、しかも()()()()()()()にひょいっと顔を出すいい加減さ。

 昔はもう少し真面目な堅物だったのに……


 彼をそうさせたのは多分……


「ウンディーネ。トワとアヤメさんはどうだった?」


 マオの柔らかい声にウンディーネは我に返る。


『想像以上ですね。()()()も思いましたけど、若くて、才気に溢れ、何より真っ直ぐでとてもいい子達』


 ウンディーネは古い記憶を思い起こし、目を細める。


『待て!その口ぶりだと貴様ら……』

「おっと!ここまで!今日はこんな雑談をしに来たわけではないのです」


 心底驚いた黄龍の声をマオがぶった切る。

 口調こそ柔らかいが、これ以上は何も言わないという確固たる意志が伝わってくる。


『では何用で来た。貴様はこの時代的にはもう死人なのだぞ』

「分かっていますよ、黄龍。実は××……皆が観測者と呼んでいる子の事なのですが」


 観測者の名を聞いた途端、黄龍が不機嫌に顔をしかめる。


『観測者……忌々しい名だな。そもそもあやつがしっかり仕事をしないから』

「そう言わないで上げて下さい。あの子だって一万年間メンテナンス無しで頑張って来たのです。落ち度があるとすれば製作者であるわたくしです」

『分かっているなら何とかしろ!本来、この地に流れる魔素の量は人の子が魔法を扱える最低限のはずだった。それをあやつは……』


 一万年間の鬱憤が溜まりに溜まっているのだろう。

 黄龍は腹の底からの怒りをマオに吐き出す。


「お怒りは御尤もです。わたくしは魔素を作るにあたって、あなた方に影響は及ぼさないと約束したのですから。それを反故にしたわたくしを叱るのは当然でしょう」

『そうだな。そこまで分かっていて良くもぬけぬけと……』


 怒り心頭の黄龍にひたすらマオが頭を下げる。

 伝説の大魔法使いがクレーム対応係宜しく、平謝りする姿は奇妙そのもの。


『主、黄龍。本題に入っては?』


 呆れた声でウンディーネが話を促す。


「そうでした。謝罪と賠償は後で致しますので、今は話をさせて頂いても?」

『……まぁいいだろう』


 かつてルミナスを救った大魔法使いに頭を下げられた事とウンディーネの言葉で、黄龍の溜飲も下がったのだろう。

 冷静になった聖獣の長が小さく頷く。


「それでは……コホン」


 ようやくクレーム対応から解放された情けない伝説の魔法使いが咳払いを一つ。


「まず最初にお二人にお知らせとお願いなのですが、シュターデンの遺物が起動した時に起こり得る事について説明します……」


 遺物の全容をマオが淡々と語る……


『その話は……誠か?』

『事実です。私が生き証人ですから』


 それは衝撃的な内容だったのだろう。

 語られた事実を知らなかった黄龍は愕然し、元々()()()()()ウンディーネは小さく頷く。


『それが本当として……貴様は我らに何を望む?』

「何が起きても騒がない事、遺物に関する事象に干渉しない事です」

『何故だ?』


 自分達を蚊帳の外に追いやろうとするマオの言葉に、苛立ちを押し込めた表情で黄龍が問う。


「歴史の変動幅を最小限に抑える為です。ウンディーネ、あなたならこの意味が分かりますね」

『はい……はっきり言って承服はしかねますが』

「堪えて下さい。タイムパラドックスだけは何としても避けたいのです」

『……』『……』


 マオの……いや、シュターデンの言葉に二人は渋々頷く。


「信じて()()()()()あげましょう。あの若造達を……」


 一人呟くマオは何かを懐かしむように目を細めていた。

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