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第九十九話 トワとアヤメの試練その七~何でもない会話~

 救星の旅三十三日目。

 トワとアヤメは黄山を降り、麓の街で一晩明かした後、徒歩で一日かけて葉隠れの里に戻って来た。


『トワ様、アヤメ様、お疲れ様です。今日はしっかり休んで英気を養う事にしましょう』


 早朝の爽やかな青空の下、草むらにぐったりと項垂れるトワ達。

 『徹夜で対モンスターサバイバル訓練・体術だけで生き延びろ』を終えた二人の頭上から降って来たのは優しげなウンディーネの声。


「あんたねぇ……いい笑顔でよく言うよ……」

「アヤメお姉さん、逆らっちゃダメだよ。()()って判断されたら訓練追加されるから」


 ()()なアヤメを余所に、調教されきったトワがボソリと呟く。


『あら?トワ様はまだ()()みたいですね。もうひとっ走りしてきますか?』

「いいえ!もうヘトヘトであります!慈悲深いウンディーネ様!どうかご勘弁を!」

「……トワちゃん」


 どうやら、アヤメに余計な事を吹き込んだのが良くなかったようだ。

 ウンディーネの底冷えしそうな笑顔に、トワがスライディング土下座。

 その流麗さにアヤメもドン引き。


『ふふっ、冗談ですよ。お二人とも今回は本当によく頑張りました。私はちょっと野暮用がありますから明日まで離れますけど、その間ゆっくりしていて下さい』


 掛け値無しの美しい笑顔を残して、水の精霊が姿を消す。

 まるで最初から何も無かったかのような青空を眺めながら、トワ達が顔を見合わせる。


「なんか……嬉しそうだったね」

「……そうさね」


 しばしの沈黙。

 疲労困憊の二人は近くの木陰にゴロンと寝転がり……


「ホントに大変だったね」

「あぁ、でも色々知れたし……何より黄龍を助けられた」

「『真の五式』だったっけ?」

「その二つ名はちょっとガラじゃないかな」

「だね……へっぽこなアヤメお姉さんのイメージじゃないよね」

「なにをぉぉぉお~!悪い事を言う口はこいつか!こいつか!」

「いだだだだだだ!ぼめ~~ん!あやばるがらゆるじで~~~!」


 トワの減らず口をアヤメがぽっぺたごと掴んで横に引っ張る。

 こうやってじゃれ合っていると、アヤメが本当の姉みたいだ。

 気の置けない人間なんて、両親とグラーフ族のみんな以外いなかったトワにとって、アヤメとのやり取りはとても新鮮だった。


「どうだい?これでちっとは懲りたかい?」

「うん……ほっぺがまだヒリヒリする。もうちょっと手加減してよ~、大人げない」

「うるさい!人は痛みを伴わないと学ばないんだよ!」


 トワが頬を手のひらでさすりながら、ジト目で抗議。

 アヤメはプイっと顔を背けてそれを一蹴。


「アヤメお姉さん。オールドライフってなんだと思う?」


 じゃれ合いから一転。

 トワが真剣な眼差しでアヤメに問いかける。


「そういえば黄龍や朱雀が言ってたね」

「それにティアマトもね。アタシがオールドライフの末裔だって」

「共通点は全員シュターデンと面識がある事くらいかな?ちょっと分かんないね」

「やっぱ、そうだよね」


 口に出しては見たモノの、結局答えは見つからず気の抜けた声だけが早朝の澄んだ空気の中に消えていく。


「そういえばアヤメお姉さんの角、元に戻っちゃったね」

「今更だねぇ。まぁ角は急所だからね。本気モードの時以外は小さい方が何かと便利だし」

「どういう仕組みなの」

「知らない」

「自分の事なのに?」

「じゃあ聞くけど、トワちゃんの魔力はなんでそんなに無尽蔵なのさ」

「知らない」

「自分の事なのに?」


 しょうもないやり取りに、二人ともクスクスと笑い出す。

 いつぶりだろうか?

 こんな気の抜けた会話をするのは……


 レイとの出会い、イフリートとの契約、クオンとアヤメとの出会い、ティアマトとの闘い、おn……ウンディーネとの修行、そして先日の黄龍との闘い。

 たった一ヶ月余りで濃厚な日々。


「空って……こんなに青かったんだね」


 グラーフ草原に居た時には飽きるほど見ていた空。

 目まぐるしく変わる日々の中、ゆっくり空を見るなんていつぶりだろう。

 少しばかり感傷に浸っていたトワに、アヤメが顔をしかめる。


「なんだい?いきなり隠居したババアみたいな事言って」

「ヒドイ!アタシまだ十二だよ!」

「あぁ、あんたは十二のガキンチョさね。」


 頬を膨らませるトワにアヤメがニカっと笑う。


「今のあんたはレイ君の悪いとこまで見習っちまってる様に見えたからさ。責任感とか、使命感とか、グラーフ族族長の娘とか、オールドライフの末裔とか、四大精霊の主とか……あんたはもっと自分勝手にワガママに生きてもいいのさね」


 身体を起こし、胡坐をかいたアヤメが事も無げに零す。


「あたいはこんな()()額に付けてるけど、結構気ままにやらせてもらってるよ。里じゃあたいの事を麒麟の子とか聖獣の末裔とか言うヤツなんて一人も居やしない。アヤメちゃんとか、お姉ちゃんとか、馬鹿娘とか…………もうちょっとチヤホヤしたり敬ってくれてもさ」

「……ぷっ」


 嬉しそうにしていたかと思えば、理不尽に怒り出す。

 アヤメの百面相にトワは思わず吹き出す。


「なんだい?何か変な事言ったかい?」

「うん、言った。なんで特別な事に重荷を感じるなって話から、特別扱いされたいって話になるの?」

「それは……ノリだよ!パッションだよ!あたいはもっとみんなに特別扱いされて、将来は左団扇でウッハウハな贅沢三昧の暮らしをしたいのさ!」

「うわぁ……」

「やめてくれる?そのうわぁ……」


 欲望全開のアヤメに思わずドン引き。

 自然と出た引きつった声にアヤメが涙目で抗議。


「ありがとう。アヤメお姉さん」

「……どういたしまして」


 その後、二人は何も言わずに目を瞑った。

 徹夜明けの回らない頭でこれ以上話しても何も得るモノは無い。


 穏やかな寝息を立てる二人の顔に、里の悪ガキが落書きをしたのはまた別の話。

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