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第九十八話 トワとアヤメの試練その六~四神召喚~

「うぅ……アヤメお姉さん……ウンディーネ……イフリート……アス」


 トワは全身の痛みに呻き声を上げながら目を覚ました。

 戦いで意識を失って最初にする事は自分と仲間の状態確認。

 レイから聞かされた戦闘の心得を頭の中で反復しながら、手足に力を込める。

 五体満足、痛みは感じるが欠損は一切無い。


 周囲のモノ全てが消し飛ぶ様な爆風で、大きな怪我が無いのは奇跡だ。

 トワは自身に被った土を拭いながら、あたりを見回した。


 薄汚れた姿で地に臥すウンディーネとイフリート。

 二人よりも更にボロボロの傷だらけになった黄龍。

 そして……


「アヤメ……お姉さん……だよね?」


 金色の龍に縋りつき、涙を流すくノ一。

 彼女の額には仄かに光る小さな角。

 神秘的で人間離れした美貌のアヤメはいつもの彼女とは別人。


 その光景が美しくて、悲しくて、胸が詰まるくらい切なくて、トワは息を呑んだ。


「ゴメン、トワちゃん。お願いがあるんだけど……」

「……何?」


 アヤメが黄龍の首元を優しく撫でながら、ポツリと呟く。

 別人のように大人びたその姿に、トワは一瞬言葉を詰まらせた。


「悪いんだけど、ウンディーネとイフリートを引っ込めてくれるかな。シュターデンの魔素は純粋な聖獣にとっては毒なんだ」

「それってどういう……?」


 青白い顔のアヤメの口から力なく言葉が漏れる。

 トワはわけが分からず、呆けた表情で聞き返す。


「黄龍が教えてくれたんだ。シュターデンの魔素は霊的存在に強く干渉する。普通なら何も感じないし、少し多めに浴びても居心地が悪くなる程度。だけど、あまり強い魔素を浴び続けると野生動物のモンスター化と同様の現象が起きちまうんだ。

 黄龍がウンディーネ達四大精霊と仲が悪かったのも一族を魔素から守る為。下級精霊への嫌がらせってのも力の弱い聖獣を精霊から遠ざける為」


 トワは言葉を失った。

 精霊と聖獣の確執の中に、こんな裏事情があるなんて夢にも思っていなかった。


「さっき黄龍が真っ黒だったのは魔素の悪影響。黄龍は他の聖獣が狂わない様に、魔素をこの地に集めた。この黄山は精霊から逃げ込む為の領域(テリトリー)じゃない。精霊を守る為の結界だったんだ」

「……イフリート、ウンディーネ」

『御意』『はい』


 トワはイフリートとウンディーネに退去を命じた。

 二柱の精霊は恭しく礼を執りながら、静かに姿を消した。


「ありがとう、トワちゃん。ついでにもう一つお願いがあるんだけどいいかな?」

「……うん、いいよ」


 蒼白の顔色で力なく笑うアヤメに、トワが小さく頷く。


「これから見る事は……他言無用でお願いね」


 言い終わるや、アヤメの角が眩い山吹色の光を放つ。

 角は光の大きさに呼応する様に肥大化し、やがて象牙の様に純白で美しい十五センチほどの螺旋の一本角へと変貌を遂げる。

 トワはその姿をとても神聖で尊いモノに思えた。


「葉隠れの陰陽師にして、麒麟の子アヤメ=スズバヤシが乞う。我が身に宿りし西方を司る金行の式神白虎よ。その姿を顕現されたし!」


 アヤメの角と指先が白く輝く。

 アヤメは光り輝く指先で空中に文字を……白山金行呪符の真言を書き連ねる。


「えっ!嘘……」


 トワは目の前の奇跡の呆然とした。

 アヤメは魔素を一切介する事無く、魔法を行使していた。

 いや、違う……これは魔法じゃない。

 レイが使っている様な科学の力でもない。

 これは……


「霊力……ってやつさね」


 トワの疑問に答える様にアヤメが呟いた。


 霊力……魔法万能のルミナスでも解明されていない未知の力。

 別名古代魔法とも呼ばれ、葉隠れの里などの限られた地域にのみで口伝されている秘術。


 魔法学校の禁書庫にこの手の本があったので、トワも存在だけは知っていたが、いざ実物を見ると驚愕せざるを得ない。


『麒麟の子よ。何用か?』


 柔らかい青年の声と共に現れたのは凛々しい顔つきの白き猛虎。

 金行を司る式神、聖獣白虎。


「白虎、力を貸してほしい。黄龍を助けたい」


 アヤメの黒曜石の瞳が真っ直ぐに白虎を見据える。

 白虎は傷ついた黄龍に痛ましく思う様な視線を向けた後、アヤメの瞳を興味深そうに覗き込む。


四神相生(しじんそうせい)かい?』


 白虎は心底愉快そうに笑った。

 そのやや低めの声は男性的な美しさで、彼が人間ならさぞや美男子なのだろうなと思わせる魅力があった。


「流石白虎。話が早くて助かるよ」

『お嬢とは一番長い付き合いだからね。考えている事なんてお見通しだよ』


 快活に笑うアヤメに対して、どこまでもレディーキラーな白虎が不敵な笑みを浮かべる。

 自分を頼る婦人に恭しく頭を下げた後、天を仰ぎ遠吠え。


「えっ?何?」


 トワは目を見開いた。

 白虎の周囲には無数の鋼柱。

 その表面には溢れんばかりの清水。


「金生水!葉隠れの陰陽師にして、麒麟の子アヤメ=スズバヤシが乞う。我が身に宿りし北方を司る水行の式神玄武よ。その姿を顕現されたし!」


 額の角を黒く光らせたアヤメが、中空に玄山水行呪符の真言を書く。

 それに呼応する様に鋼柱の清水が形を変える。

 その姿は雄々しく屈強な玄き大亀、玄武。


『……承知』


 玄武はアヤメと白虎と黄龍の様子を見て、柔和な好々爺の声で一言。

 何も言わなくても分かっているよ、と言っている様だ。

 アヤメが小さく口元を綻ばせると、玄武の周囲は清らかな泉へと姿を変え、そこから青々とした木々がそびえ立つ。


「水生木!葉隠れの陰陽師にして、麒麟の子アヤメ=スズバヤシが乞う。我が身に宿りし東方を司る木行の式神青龍よ。その姿を顕現されたし!」


 額の角を蒼く光らせたアヤメが、中空に蒼山木行呪符の真言を書く。

 それに呼応する様に泉の木々が形を変える。

 その姿は美しく神秘的な蒼き龍、青龍。


『四神相生ですか……アヤメ嬢、難儀しているようですね』

「うん、頼んだよ。青龍」


 青龍はアヤメと傷ついた黄龍と二柱の式神を見て、妙齢の女性の声でため息。

 面倒くさがりながらも、ちゃんと面倒を見てくれるお節介なお姉さんの口ぶりだ。

 アヤメが笑って頷くと、青龍の周りが巨木の庭と化し、その葉に赤々と炎が灯る。


「木生火!葉隠れの陰陽師にして、麒麟の子アヤメ=スズバヤシが乞う。我が身に宿りし南方を司る火行の式神朱雀よ。その姿を顕現されたし!」


 額の角を赤く光らせたアヤメが、中空に朱山火行呪符の真言を書く。

 それに呼応する様に巨木の炎が形を変える。

 その姿は神々しい焔を纏った朱き大鳥、朱雀。


『ふん!小娘。契約早々我を呼ぶとは……しかも四神相生。気でも狂ったか?』

「至って真面目だよ。今はあんたの力が必要なんだよ」


 朱雀は周囲を見渡し、若い男の声と尊大な態度で難色を示す。

 アヤメと朱雀は契約してまだ間もない。

 契約者と式神の信頼関係がまだ出来ていない状態。

 そんな状態で呼び出された事が不満なのだ。

 常人ならば失神してしまう威圧的な視線でアヤメを睨み付ける。


 だがアヤメは怯まなかった。

 角の光を強め、朱雀を睨み返す。


「見て分かんないのかい!黄龍がヤバイんだよ!早くあんたの火の力で土の力を生み出さないと!」

『知ったことか!』


 アヤメが必死に訴えるも、朱雀は涼しい顔で一蹴。

 気難しい性格が多い聖獣の中でも、朱雀は特に気位が高い。

 大抵の陰陽師が朱雀と黄龍を後回しにするのも、その力の強さと性格からだ。


 だが人情に篤いアヤメにとって、朱雀の態度はまさに地雷だった。


「全く、情けないねぇ!偉大なる火行の聖獣がケツの穴が小さい!」

『ケッ……なんと破廉恥な!』

「喧しい!あんたは今、あたいの角に触れてんだよ!このドサンピンが!」


 麒麟は角を触れられるのが嫌いな聖獣。

 アヤメの言葉は最大級の怒りを示していた。


『……見返りはなんだ?』


 勢いに負けた朱雀がおずおずと問いを投げる。


「はぁ?見返り?」

『そうだ。まさか信頼関係も築けていない相手に無償で何かを求めるなど、そんな厚顔無恥な事を言うつもりではあるまいな?』


 アヤメは頭を抱えた。

 朱雀の言う事はいちいち御尤もだったからだろう。

 精霊の場合でも、力の行使時に魔力を譲渡することでお互いの信頼関係を高める。

 いきなり大魔法を使おうとすると、精霊がそっぽを向いて上手く発動しないなんてザラだ。

 契約したての朱雀が召喚に応じただけでもある意味奇跡なのだ。


「分かった!出世払いでどうだ!」

『はぁ?』


 アヤメの破れかぶれの言葉に、今度は朱雀が呆気に取られる。


「あたいは救星の旅ってヤツに参加している。ここでお願いを聞いてくれたら、偉大なる火の聖獣の名も世に轟くってモノさね。そうすれば信仰も増して、霊力供給も増えるってものさ」

『クッ……それは誠だろうな』

「あぁ、それについては隣にいるグラーフ族のトワ=グラーフ様が保証してくれるよ」

「エッ!アタシ!」


 ニコニコと快活に笑うアヤメにいきなり話を振られたトワが目をひん剥く。


『オールドライフ公認か……ならば信じる価値もあるか』


 困惑するトワを余所に、納得した表情の朱雀が首を縦に振る。


「ちょっと、アヤメお姉さん。アタシ達、別に有名になる為に旅するわけじゃないんだよ」


 トントン拍子で進む話に、不安に駆られたトワがひそひそとアヤメに耳打ち。

 後々になって、約束を反故にしたとクレームを付けられたら堪ったモノではない。


「いいんだよ。朱雀は口実が欲しかっただけなんだから」


 対するアヤメはホッと息を吐きながら応じる。

 どうやら、朱雀も黄龍を助けたい気持ちはあるようだ。

 しかし、未熟な契約者にいきなり大魔法を使わせたのでは、聖獣としての沽券に関わる。

 それでこのような茶番に相成ったわけだ。


 アヤメも冷静な表情を取り繕ってはいるが、内心では心臓がバクバクと早鐘を打っているのだろう。

 その握り拳は少し震えていた。


『おい小娘!さっさと準備をしろ。黄龍も他の三柱もお待ちかねだ』


 苛立ち混じりの若い男の声がアヤメを急かす。

 アヤメは朱雀に頭を下げながら、ふくれ面で舌を出す。

 きっと、お前にだけは言われたくない、と思っているのだろう。

 同感だが、口に出して拗れるのだけは勘弁してほしい。


「悪い、待たせたね。それじゃおっ(ぱじ)めるよ!」


 アヤメが四柱の聖獣の中央にゆっくりとした足取りで進み出る。

 その所作はどこまでも神秘的。

 まるで神々が準備した舞台で儀式を行う巫女のようだ。


「金生水、水生木、木生火、火生土。金属より水が生まれ、水より木が育つ。木より火種が生まれ、火より生まれし灰が土と為す」


 歌うような祝詞にトワは目を輝かせた。

 アヤメの角は眩い金色(こんじき)の光を放ち、その黄金の指先は五芒星を描く。

 トワは悟った。

 これこそが陰陽道を極めし『五式』なのだと……


「四神相生!『火土行転生の炎』!」


 アヤメが纏っていた金色の光が炎に姿を変え、黄龍を包み込む。

 土に帰った魂すら呼び覚ます命の炎。

 金色の龍の傷は瞬く間に消え、まるで日に干した布団に包まれている様な安らかな表情で目を瞑る。


『ありがとう。そして見事なり、麒麟の子アヤメよ。そなたを『真の五式』と認め、我ら五柱聖獣一同、式神として持てる全てをそなたの為に行使すると誓おう』


 黄龍が恭しくアヤメに(こうべ)を垂れる。

 四柱の聖獣も黄龍に倣い、首を垂れる。

 そんな聖獣達のアヤメは照れくさそうに頬を掻きながら一言。


「えっと……なんていうか……一つ訂正したいんだけど、いいかな?」

「なんなりと」


 黄龍が畏まった声で応じる。


「あたいはアヤメ=スズバヤシ。葉隠れのくノ一陰陽師アヤメ=スズバヤシだよ」


 アヤメの決意表明に何処からともなく笑い声が上がった。

 笑い声は伝搬し、やがて黄山山頂を六つの歓喜の声が埋め尽くした。

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