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第九十七話 トワとアヤメの試練その五~アヤメの過去~

「うぅ……痛て……なんだい、こりゃ」


 アヤメ=スズバヤシは呻き声を上げた。


「トワちゃん、ウンディーネ、イフリート……それに黄龍」


 彼女の目の前に広がる光景は想像を絶していた。

 倒れ伏すトワ、ウンディーネ、イフリート、黄龍。

 あの馬鹿げた爆発に巻き込まれたのに、()()()()で済むなんて奇跡だ。


 全員もれなくズタボロで、アヤメとトワは土と埃塗れ……だが、全員が確かに生きていた。


 アヤメは打撲だらけで痛む身体を叱咤し立ち上がった。

 そして、引きずるような足取りで彼女が向かった先はトワ……ではなく黄龍だった。


「黄龍……あんた」

『……葉隠れの子か……無事で……よかった』


 息も絶え絶えに漏らす老人の声は安堵に満ちていた。

 その口元にはうっすらと笑み。


「黄龍。どうしてあたい達を守った?」


 アヤメは自身の髪にこびりついた泥を払いながら問いかけた。


『そうか……防壁は役に立ったか』

「答えろ!なんで……あんたは……」


 気づけば涙が溢れていた。

 なんでこの聖獣は自分とトワを守った。

 なんでこんなにも優しい声を自分に……


『一族の子を戦争に駆り出そうとするシュターデンが許せなかった。それだけだ』

「あんた……知ってたのかい」


 アヤメは長い前髪の下を手のひらで押さえながら、涙を零した。


『そうか……麒麟の子だったか。道理で……』


 黄龍は心底嬉しそうに口元を緩めて笑った。

 アヤメの額に小さく輝く純白の角を眺めながら……



 アヤメ=スズバヤシは葉隠れの頭領ハンゾー=スズバヤシの孫娘として育てられた。

 だが、ハンゾーは齢六十を過ぎて未だ独身。

 当然、子を為したことなど無い。


 アヤメ=スズバヤシは孤児(みなしご)だった。


 彼女は二十二年前の春の晩。

 ハンゾーの家の前に置き去りにされていた。

 恐れく、止むに止まれぬ事情があったのだろう。

 わざわざ春を選び、温かな布で大事に包み、義と情に篤い葉隠れの頭領の下に預けたのがその証拠だ。

 アヤメが入っていた赤ん坊籠には彼女を育てるのに十分なお金とハンゾー宛の手紙が添えられていた。

 その内容はおよそ以下の通りだ。


『初めまして、葉隠れの里頭領ハンゾー=スズバヤシ様。

 突然このようなお手紙を差し上げた事、そして名も告げず、顔も出せない無礼をどうかお許し下さい。

 ハンゾー様を義に篤い真の男児と見込んでお願いがございます。


 まず籠の中にいる我が子アヤメですが、この子は聖獣麒麟の先祖返り。

 この子の母は葉隠れの抜け忍です。

 故にこれからするお願いは貴方にとって、とても不快なものかもしれませんし、このような事を赤の他人であるハンゾー様にするのは筋違いだという事も承知しております。


 しかし、わたくしにはこの子を守るだけの力が無く、他に頼る者もございません。

 どうかお願いします。

 わたくし達の子、愛しき娘アヤメが大人になるまで、葉隠れの庇護下において頂きたい。

 勝手は重々承知しております。

 ですが、この子を守る為にわたくしができる事はこれしかありませんでした。

 どうか娘をお願いします』


 そこには無力で身勝手な親の願いが綴られていた。

 麒麟とは額に角を生やした馬の様な聖獣で世界に吉兆を知らせる瑞獣。

 葉隠れの民は聖獣の血を引くという言い伝えがあったが、ハンゾー自身アヤメを見るまではただの伝説だと思っていた。


 ハンゾーは娘の身を案じる親心に涙し、キャッキャと笑う赤ん坊(アヤメ)の額を撫でながら、この娘を一人前のくノ一に育てようと決意した。


 それから時は流れ、アヤメはすくすくと成長した。

 アヤメはハンゾーが実の祖父であると全く疑っていなかった。

 ハンゾーに「どうして、あたいには角が生えてるの?」と聞いた時も、「なんでじゃろな?まぁ、そんな子供もいるじゃろう」くらいしか言わなかった。

 里の人達の反応も「その角おしゃれね」「どうやったら角生やせるんだろう」程度だった。

 まぁ、ルミナスには角の生えた獣人もいるし、人間タイプで角が生えている者がいても不思議は無いだろう、くらいの感覚だったのだろう。

 王国最高のスパイ集団葉隠れの里は良くも悪くもおおらかだった。


 そんな環境で育ったものだから、アヤメはどこか能天気でそれでいて義理人情に篤い娘に成長した。


 彼女が自分の異質に気づいたのは、少し大きくなって里の外に出る様になり始めた頃。

 祖父のハンゾーに額の角を隠す様に言われた事からだ。

 最初の頃はその理由が分からなかったが、里の外に出てすぐに分かった。

 人間タイプで角を生やした者は一人もいなかったのだ。

 アヤメは能天気だが決して頭は悪くない。

 ハンゾーの言いつけがアヤメ自身を守る為であるとすぐに察した。


 それからもう一つ、アヤメには陰陽道の才能……もっと言えば聖獣との相性がずば抜けて高かった。

 普通であれば、才能に恵まれた陰陽師でも最低十五歳になってからようやく最初の聖獣と契約する。

 しかも、最初に借りられる力はほんのわずかで、経験と共に少しずつ聖獣との信頼関係を育む事で、ようやく一人前に力を行使できるようになる。

 この期間は人それぞれだが、通常は一式を極めるのに十年以上かかる。


 だがアヤメが最初の聖獣、金行を司る白虎と契約したのが十歳で、金行を完全にマスターしたのが十二歳。

 これは明らかに異例だ。


 この時ハンゾーは悟ったのだろう。

 麒麟の子であるアヤメは人と聖獣の橋渡しになる力がある。

 だが、強大な力は時として人を狂わせる。

 この子の力が世に知れれば、不幸な結果が訪れる可能性が非常に高いと……


 アヤメが二式目の聖獣、水行を司る玄武と契約した十五歳の春。

 ハンゾーに自身の出自や力の理由を聞かされ、力を隠す様に厳命された。


 とは言ったモノの一生里の中に閉じこもるわけにもいかない。

 ハンゾーは散々悩んだ末に、比較的命の危険が少ない任務を与える事を解決策とした。

 尤も、ドラゴンの皮膚を採取する任務の危険度や、そこで出会った『救星の種』は完全に想定外だったのだろうが……



 兎にも角にもこうして今、アヤメ=スズバヤシは人と聖獣黄龍との橋渡しになろうとしていた。

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