表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/116

第九十六話 トワとアヤメの試練その四~怒れる精霊~

 立ち込める黒雲。

 荒れ狂う雷鳴。

 漆黒に染まった黄龍の巨体が、咆哮を上げながらトワ達に迫る。


『くたばれ!偉大なる守護者を忘れた不浄なる者共!』

『させません!』


 強大な龍の突進をウンディーネが水の刀一本で受け止める。

 黄龍の爪に比べれば、まるで枯れ枝の様に細い水刃は超重量を前にビクともしない。


『アヤメ様!』

「分かってるさね!せやぁああああ!」


 ひらりと舞い上がり一閃。

 動きを止めた黄龍の腹を、漆黒に輝くギラニウムの刃が切り裂く。

 だが……


『どうした、小娘?蚊に刺されたほどでもないわ』

「ちっ!デカすぎる」


 本来、金行で作ったギラニウム刀と土行の龍である黄龍とは相性がいい。

 加えてここは陰陽道の聖地である黄山であり、五行の相性が色濃く反映される地。

 アヤメの攻撃は大ダメージを与えて然るべきなのだが、如何せんサイズが違い過ぎる。

 いくら強力な一撃でもこちらが虫サイズではどうにもならない。


『ほれ、どうした。もっと攻撃してみてはどうだ?貴様がノロノロと攻めあぐねている内に、先ほどの傷はもう癒えたぞ』


 黄龍はニヤニヤと表情を歪め、アヤメを嘲笑する。


『おや、よそ見している暇なんてありませんよ!』


 振り上げ一閃。

 ウンディーネが油断した黄龍の爪をその手首ごと切り捨て、そのまま身体を回転させて、龍の巨体に回し蹴りを叩き込む。


『トワ様!』

「分かってる!〈ウォーターハンマー〉!」


 トワはウンディーネと仮契約した事で、強力な水魔法も使える様になっていた。

 ウォーターハンマー……水で出来た巨大なハンマーを生成し、敵を殴りつける水属性中級魔法。

 トワは自身の数倍はあろうかという水のハンマーを投擲。

 城壁すらも吹き飛ばす一撃が、黄龍の横面を殴りつける。


『……ふっ、その程度か?オールドライフの末裔よ』


 漆黒の龍はニヤリと口元を歪める。

 その顔には余裕と嘲り。


「嘘……無傷……」

『相変わらず忌々しい耐久力。図体だけはデカい木偶の坊め』


 愕然とするトワ。

 キッと黄龍を睨みつけて舌打ちするウンディーネ。


『次はこちらの番だ!〈地烈斬〉!』


 黄龍は巨大な尻尾を地面に叩きつける。

 轟音と共に裂ける大地。

 飛散する岩石。

 爆発的に広がる岩の散弾が津波となってトワ達を襲う。


『くっ!各自散開!』

「無理!地面が揺れて歩けない!」


 地割れ時に発生した揺れで、トワが尻もち。

 立ち上がる事もできず、その場に縫い留められる。


「トワちゃん!」


 トワの危機にいち早く気付いたのはアヤメだった。

 疾風の如き黒装束のくノ一が、トワと土砂の津波の間に割って入る。


「〈木行霊樹壁〉!」


 木行霊樹壁……蒼山木行呪符の力にて、堅牢な霊木の壁を生み出す魔法。

 アヤメが胸元から取り出した大量の呪符が地面に五芒星を描き、そこを中心に樹齢数千年の巨木を創成。

 巨木は防壁となってトワとアヤメを守る。


『ほぅ……あれを防ぐか。シュターデンに穢されたとはいえ、やはり腐っても我が眷属よ』


 黄龍は自身の攻撃を防がれたにも関らず、どこか満足気に高笑い。


『それではもう一撃!消し飛べ!〈地烈斬〉!』


 黄龍が再度尻尾を地面に叩きつける。


「くっ!持たない!」


 押し寄せる岩石の雪崩。

 メキメキと軋む霊樹。

 アヤメが苦悶の表情を浮かべる。

 まさに絶体絶命のその時……


『破ァ!』


 霊樹がへし折れる寸前。

 透明な青の剣閃が土砂の海を切り開く。


『また貴様か。穢れの元凶、忌々しきシュターデンの狗め』


 攻撃を防がれた黄龍が心底不愉快そうに呻く。

 その悍ましい咆哮に、トワは一瞬身体を震え上がらせる。

 だが……


『……訂正なさい』


 それ以上の恐怖がトワの背筋を掻け巡る。

 トワの視線の先には、今にも黄龍を噛み殺さんばかりに睨み付けるウンディーネ。

 その声からは本来の凛とした美しさが失われ、代わりに灼熱の憎悪で満たされていた。


『何をだ?貴様が穢れた存在である事をか?』


 プルプルと身体を震わせるウンディーネに降って来たのは、妖怪じみた嘲笑の声。


『黙れ。その臭い口を塞げ。いつ私が貴様に喋る許可を与えた』


 トワはゾッと身体を震わせた。

 ウンディーネの荒々しい声には純粋な殺意。


『愚か者の貴様に教えてやる。私と我が主はとても寛容だ。だから自分がいくらこき下ろされても何も感じないし、我が主への侮辱だって飲み込める。だがな……』


 低い声と共に、青白く眩い光がウンディーネの刀に収束する。


(警告。ウンディーネの周囲に強大なエネルギー反応!ただちに退避を推奨)


 トワの胸元のペンダントから緊迫した機械音声。

 危機的状況を告げるアスからの緊急警報(レッドアラート)

 それを聞いたアヤメがトワを小脇に抱え、その場を飛び退く。


『貴様はトワ()()()とアヤメ()()()を侮辱したァアアアアアアアア!』


 激昂と共に膨れ上がる光。

 膨大なエネルギーは天を衝くほどに巨大な水刃に姿を変える。


『ウンディーネ……貴様!この辺一帯を塵芥にするつもりか!』


 黄龍が初めて狼狽した。

 その声には先ほどまでの妖怪じみた怨念は無い。


 そしてトワもまた、迸る高エネルギーの刃に大きな危機感を抱いた。


「マズイ!〈召喚イフリート〉!」


 トワは己の魔力を集中し、炎の魔人の名を叫ぶ。

 身体は燃える様な深紅の光を放ち、それが瞬く間に巨大な炎の魔人へと姿を変える。


「イフリート!」

『承知!』


 切迫したトワの声に全てを察したイフリートは、ウンディーネに向かってその拳を構える。

 

『うわァアアアアアア!〈水刃絶衝(すいじんぜっしょう)〉!』

『灼熱の(かいな)よ!星となりて我と主に仇なす者共を灰燼に帰せ!〈スターフレア〉!』


 絶叫するウンディーネが刃を振り下ろす。

 そしてその刃の横面にイフリートが奥義を繰り出す。

 まるでバベルの塔の様に肥大化した水刃と、太陽の中心温度に匹敵する強大な熱量の火球がぶつかり合う。

 水蒸気爆発……灼熱の炎で蒸発した水は水蒸気と化し、およそ千七百倍に膨張する。

そして膨れ上がった体積は全てを吹き飛ばす爆熱の嵐と化す。


『くっ!やらせはせん!やらせはせんぞぉおおおおおお!』


 爆音の中、全てをかなぐり捨てて必死に

 漆黒だった黄龍は元の黄金色に戻り、無数の岩壁と自らの巨体で爆風を押さえつける。


『この星は!……・・・・・は我ら守護者が……!』


 爆ぜる轟音。

 全身を貫く衝撃。

 爆風に叩かれて、馬鹿になった鼓膜に届いた最後の声は、正気を取り戻した聖獣の叫びだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ