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第六話 知らない空の下で……

 満天の星。

 知っている星座は一つも無い。

 だが星を美しいと感じる心は全人類共通。

 嶺は草むらで寝転がり、一人星空に魅了されていた。


「やぁ、レイ君。そんなに空が珍しいかい?」


 嶺の顔を覗き込む人懐っこい中年男性の笑顔。


「はい、セツナさん。記憶が無いと色々新鮮ですよ」


 熱血そうな刈り上げた赤髪とがっしりとした体格のセツナに嶺は微笑で応じる。

 彼はトワの父親でグラーフ族の戦士長。

 昼間は狩りに行っていた為会えなかったが、晩御飯の時にトワに紹介された。


 彼は非常に面倒見がよく、口下手な嶺ともすぐに打ち解けた。

 おそらく嶺の事を息子か何かだと思っているのだろう。

 女二、男一の少数派で肩身の狭い彼にとって男の仲間は貴重なのかもしれない。


「そっか、俺も時々空を見上げるけど、こういう肌寒くて空気が澄んだ時の星はまた格別だ」

「そうですね」


 嶺は知らない星座達を眺めながら頷いた。

 知らない土地、知らない空、知らない人々が知らない理の下で過ごすこの惑星。

 この何も無いようだけど暖かい何かがある惑星を嶺は好ましく思っていた。


「どうだ?ウチの集落は?」

「みんな良い人達ばかりですね。自分に記憶が無いと知ると色々教えてくれました。特に集落の子供達に乳搾りを教えてもらったのが新鮮で……」


 嶺が今日あった出来事を語ると、よっぽど可笑しかったのかセツナがプププッと吹き出す。

 ヤギの乳を搾る際、上手くできずに顔面が乳塗れになった事がそんなに面白かったのだろうか?


 嶺が首を傾げていると、セツナは頭を下げながら、手に持った湯気の立つコップをこちらに寄越した。

 嶺は微笑しながらコップを受け取った。

 その中身は黒っぽい飲み物。


「これは?」

「俺特製のタンポポコーヒーだ。ちょっと苦いが慣れれば癖になるぞ」

「頂きます」


 嶺は勧められるままタンポポコーヒーを口に含み……むせた。


「おいおい、熱いから気を付けろ」

「はい、すみません」

「まぁいいけどよ。味の方はどうだ?」

「……苦いです」

「ははあ!口に合わなかったか」


 嶺はセツナに恨めし気な視線を向けるが、豪快に笑い飛ばされた。


「お前さん、創造主の魔法の影響で記憶が無いんだってな?」

「いえ……全部ではありません。少し欠けているだけで……」

「そっか。俺に役に立てる事はあるか?」

「それではこちらの常識、社会情勢等について教えて下さい」

「あぁ、分かった」


 嶺はまた嘘を吐き、情報を引き出している事に後ろめたさを感じた。

 そんな彼の心境を知らないセツナ……

 大業な身振り手振りを交えながら、楽しそうに語り出した。


「まず、この世界の名前はルミナス。光って意味だ。

 そしてここはユーゲント大陸の南側グラーフ草原。俺らグラーフ族みたいな遊牧民の根城だな。大陸の中央には神聖リシュタニア公国、北側にはワルツブルク王国、東側にはユルゲン商業連邦。だいたいの奴らは正式名称で呼ばず、公国、王国、連邦って呼んでるな。

 公国と王国は現在冷戦状態で、連邦を通して三角貿易が成り立っている。そういう事情があるから、この大陸の経済や文化の中心は連邦。ウチのトワもつい先日まで連邦にある魔法学校に通っていた。今は精霊との契約を控えて帰省中だ」

「精霊との契約とは?」

「俺らグラーフ族は精霊を使役する精霊魔法を得意としているんだが、使用の条件として精霊と契約する必要がある。精霊は意思を持った魔素の集合体で、彼らに気に入られることが祈祷師の必須条件だ」


 ここでセツナが一呼吸。

 嶺が話を飲み込むのを待ってくれているのだろう。

 嶺はセツナの言葉を頭の中で嚙み砕いた。


(魔素はナノマシンサイズの有機生命体。それの集合体が精霊。さしづめナノマシンが集合して出来たアンドロイドといった所だろう)


 嶺が自分なりに精霊について思案し終えたところで、セツナが話を再開する。


「エレメンタルはマジックほどの汎用性は無いが一点特化で強力な力を持つ。マジックは四大属性全てを使える者が多いが、エレメンタルは契約した精霊の属性のみ。ただし威力は段違いといった具合だ」

「興味深いですね。因みに神聖魔法は?」


 嶺の問いにセツナは渋い顔を浮かべる。


「ホーリーは俺も詳しくは無いんだが……教会が所有する神と呼ばれる巨大魔素の力を少しずつ借りて力を行使する魔法。原理はエレメンタルと同じだが、規模が桁違いだ」

「それだと神を一人で使役できれば強大な力を行使できるのでは?」

「いや、それがそういう訳にもいかねぇらしいんだ」


 セツナは頭を掻きながら補足した。


「さっきも言った通り、神の力は桁違いだ。少しずつ力を借りるなら人間にでもできるが、丸々力を使おうとすると負担がデカすぎて耐えられねぇ。お前さんみたいに記憶を失くすだけならまだ運が良い方。普通、そんな真似したら死んじまう。まぁ、これは祈祷師にとっての四大精霊も同じだな」

「なるほど」


 嶺はセツナの博識ぶりに感心しつつ、その言葉を脳内で咀嚼した。


(普通の精霊が個人用端末なら神や四大精霊は巨大サーバーといったところか。この世界の住人が脳波でナノマシンを操る事を鑑みれば、大きな力を使うとその分脳に負担がかかるのだろう……)


「コホン!」


 セツナの方から咳払いが一つ。

 眉間にしわを寄せていた嶺の思考はそこで中断し、視線をそちらに向ける。


「だが神を使役した人間がいなかったわけじゃない。歴史上でただ一人、神を使役した人間がいたとされている」

「大魔法使いシュターデンですか?」

「そうだ」


 嶺の答えにセツナが満足げに頷く。


「シュターデンは肉体強化だけじゃなくて、光の剣や光線を操り、時や空間を越え、天体を操ったとも言われている。空の悪魔と戦う為に巨大な空飛ぶ船を駆ったとも言われているな」


 嶺は思わずギョッとした。


(コンバットモード、ビームブレイド、フォトンガン、ポータブルトランスポーター、戦闘艇に惑星規模の要塞……)


 創造主の魔法のほとんどに心当たりがあった。

 シュターデンは高度な文明レベルを持った異星人だった可能性が考えられる。

 それが意味するところは……


(自分が異星人である事は絶対に秘密だな)


 大魔法使いシュターデン、そしてその敵とされる空の悪魔。

 嶺は双方の関係について、ある突飛な仮説を思いついた。

 その仮説を語る事はできない……


 親切にしてくれた彼らに秘密を作るのは心苦しい。

 だが、それ以上に……


「なぁ、レイ君。ちょっと運動に付き合ってくれないか?」


 嶺の思考はそこで途切れた。


 笑顔のセツナは木剣を嶺の首元に突き付けていた。

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