プロローグその一 宇宙艦隊青年軍人
これは遥か未来の話、あるいは遠い過去の話。
星歴二〇二五年。
人類は銀河という枠を飛び越え、新たなステージへとその足を踏み入れようとしていた。
(クソ!バグめ!)
周藤嶺大尉は心の中で悪態をついた。
彼の操縦する戦闘艇フェンリルは窮地に立たされていた。
(右舷被弾。エンジン出力約三十パーセント低下。コックピット内部の温度二千℃を突破。武器エネルギー残量十パーセント以下。味方は全滅。援軍は……無し)
飛び交う銃弾。
煌めく光線。
銀色のフェンリルに迫る無数の黒い戦闘艇。
激しいドッグファイトの末に嶺の機体は撃沈寸前。
パイロットスーツのヘルメットに赤々と映し出された警告が彼に絶望を告げる。
嶺は宇宙艦隊の軍人だ。
宇宙艦隊とは銀河同盟により組織された軍隊。
銀河同盟とは地球を含む恒星間人類連合国家。
敵の呼称はバグ。
銀河系をほぼ全て掌握した銀河同盟が外宇宙を目指す際に、障害として現れた未知の生命体。
彼らを端的に形容するなら漆黒のバクテリア。
個々のサイズは顕微鏡無しでは見えないくらい小さい。
だが、その数は膨大。
群体となった彼らは惑星をも飲み込むほどに巨大。
彼らは数を活かし、変幻自在に形を変え、人類を脅かす。
時に自らの身体を砲弾にし、時に戦艦に姿を変え、時に巨大な要塞と化し、あの手この手で人類の外宇宙進出を拒んだ。
外宇宙進出は人類の悲願。
増えすぎてしまった人類を救う為の唯一の希望。
何故バグが人類を拒むのかは分からない。
だが……銀河系数十兆の人類の為に嶺は引く事ができなかった。
そして何より……
(はぁ……ここまでか)
漆黒の弾丸が左弦に被弾。
武器弾薬は底をつき、残されたのは僅かな推進力のみ。
嶺は小さくため息を漏らした。
最新鋭の戦闘艇も操縦者を強化するパイロットスーツも強大な敵の前では役立たず。
齢十八で散る自分の命を憐れみながら……
(杏……もう一度会いたかったな)
嶺は胸にぶら下がった銀色のロケットペンダントを開く。
中には十四、五歳くらいの可愛らしい黒髪少女の写真。
「うぉぉおおおおおおお‼くたばれ!クソッタレの宇宙艦隊がぁぁぁぁぁあああああ‼」
嶺は泣き叫びながら特攻した。
味方であるはずの宇宙艦隊への怨嗟の声を上げ……
……
……
…………そこで彼の意識は暗闇に沈んだ……かに思えた。
「…………ぁぁぁああああああああ!」
嶺は絶叫した……彼の目の前から星の海は消え去り、一面の青空が広がっていた。