四十三
「白帝様、お待たせしました。彼ら三人は腕が立ちます。どうぞ冬の国へお連れ下さい」
「曼殊沙華、ありがとう。では乞ふ四季殿へ向かった後、冬の国に向かう」
「畏まりました。どうかご無事で」
私達は曼殊沙華様の見送りの下、四季殿に向かって羽根を広げた。
今、四季殿はどうなっているのだろうか。不安に思いながら近くまで飛んでいく。各国の衛門府の人達が目に飛び込んできた。
どうやらしっかりと周りの悪しきものたちは討伐されたようだ。だが、冬の国の人達の姿が見えない。
「白帝様、冬の国の人達が見えませんね」
「そうだね。事態は悪そうだ。すぐに四季殿の状態を確認したら冬の国に向かおう」
「白帝様! 宵闇様!」
各国の人達が頭を下げ、礼を執っている。
その先には壊れた四季殿が目に飛び込んでくる。白帝様が命を懸けて悪しきものを浄化した場所だ。
「君たちが無事でよかった。火影、橋の袂で待機していて」
「ハッ」
「宵闇、いこうか」
私達はゆっくりと橋を渡り始める。
すると、あの時のように花弁が空から舞い始めた。だが、かつての優しい香りは薄れ、どこか鉄のような匂いが混じっている。
涙が出てきた。
何気ない日常だったのに。
いつもこの景色が好きで通る度に白帝様の姿を思い出す。
浮島に入り、緊張しながら四季殿の入口に入った。四季殿の壁や天井は破壊され、空が見えており、至る所に焦げた跡が残っている。
そして心御柱のあったところに小さな悪しきものの姿があった。その姿を見た瞬間に葵様は錫杖を鳴らし、床を突いた。
「消滅せよ」
悪しきものを囲うように陣が現れ光と共に浮き上がり、徐々に消えていく。
あっけない終わりだった。
四季殿よりも大きな人型をとっていた悪しきものはとても小さなものになっていた。
「群青の力で悪しきものはここまで小さくなっていたからすぐに消滅させることができた」
「……そう、ですね」
私は悪しきものが居なくなった場所を見つめた。
壊れた念玉が落ちている。
「うっ、うっ。白帝様っ!私が、私が弱いばかりに……。ごめんなさい」
私は嗚咽を上げて泣いた。
もう、二度とこんな思いはしたくない。
私は、私の能力がもっと早くに分かっていれば。私の力がもっと白帝様に届いていれば。何度も繰り返し後悔が押し寄せてくる。
心のどこかでは信じたくなかった。
実感したくなかった。
「……宵闇」
「葵様っ」
「群青は最後に宵闇が来てくれて嬉しかったはずだ」
「でも、でもっ……」
「我々の力だけではここまでの威力は出ない。宵闇がいたから、宵闇の力のおかげで群青は力を最大限に引き出すことができ、悪しきものの動きを止められた。
君がいたから。さあ、僕達はまだしなければならないことが残っている。悲しいけれど、これ以上悲しむ者を出さないために冬の国に向かわなければならない」
「……そう、ですね。春隣様が堕ちようとしている。食い止めないと」
「そうだね」
私は涙を拭いて立ち上がった。
白帝様、またここに必ず戻ってきますね。
また平和な天上界に戻るように頑張ってくるので見ていて下さい。
「葵様、私、もう泣きません。白帝様の死を無駄にしないためにも頑張ります」
「私も宵闇に負けないように頑張るよ」
私はまた出そうになる涙を堪え、白帝様と共に橋の袂まで向かう。
「白帝様、四季殿の方はどうでしたか?」
「ああ、もう大丈夫だよ。悪しきものは消滅した。ここはもう大丈夫だ。このまま冬の国に向かうけれど、準備は大丈夫かな?」
「準備は出来ております」
「では行こうか」
火影様達と合流し、そのまま冬の国に向かって飛び始める。四季殿から冬の国はすぐだ。
「白帝様、冬の国の結界が弱まっているとはいえ、結界が覆っています。我々が通るほどの隙間を作りますか?」
「火影、大丈夫だよ。私が結界に干渉して少しの間隙間を作るから問題ない」
白帝様はたしかにアキコク様の結界に力を流して支えていた。私は物理的に割ってはいったが 、名無し様や白帝様達は結界に干渉する術を持っているのだろう。
そう話をしているうちに冬の国の前に到着した。確かに秋の国や春の国の結界に比べて薄く、今にも消えてしまいそうだ。
そして結界の中から見えるおびただしい瘴気がここからでも感じる。
目に見える範囲には悪しきものはまだ涌いていないようだが一体中はどうなっているのだろうか。
白帝様が薄い結界に触れ、静かに詠い始めた。
言葉というより祈りのような音はじわりと結界に溶け、人が通れるほどの穴が開いた。