四十ニ
「宵闇様! おかえりなさい」
秋の国に戻ると、警備を行っていた武官達が声を掛けてきた。
「私がいない間、何か変わったことはありませんでしたか?」
「曼殊沙華様や番紅花様は忙しく動いているようでしたが、我々はこのまま警備を行うことを命ぜられております」
「そうですか」
やはり冬の国に何か動きがあったのかもしれない。
私は急いで神祇官に戻った。
「宵闇様、おかえりなさい」
草の実さんの声に番紅花様が立ち上がり、口を開いた。
「宵闇、待っていた。先ほど冬の国から連絡があった。すぐに白帝の元へ」
「分かりました」
番紅花様と共に白帝様のいる社とは違う大きな部屋に入った。
どうやら他の省などの長も集まり緊急会議を開いているようだ。
「宵闇殿が神の寝床から戻られました」
番紅花様はそう言うと、部屋に入らずに神祇官へと戻っていく。
「宵闇、神の寝床はどうだったかな?」
白帝様は私を見るなり微笑んで手招きする。どうやら私は白帝様の斜め隣のようだ。
頭を下げながら後ろを歩いて通り、席に座る。
「宵闇、先ほど神の寝床から急ぎ戻りました。今、どのような状況なのでしょうか?」
「すこぶる悪いわねぇ。冬の国は悪しきものが溢れ始めたって聞いたわ。この分じゃ折角四季殿周辺の悪しきものを退治したのにまた涌きだすんじゃないかしら」
「宵闇殿、神の寝床ではどんな話があったのですかな?」
左弁官の早稲様が聞いてきた。
「神の寝床と呼ばれる場所は神界の入口でした。そこで私は神界に呼ばれ、私のすべきことを聞いてきました。現在冬の国の玄帝は動くことができないと神様は仰いました。そして『四季殿に悪しきものを迎え入れたのは春隣である』と」
私が名前を出すと、ざわりとその場に居た者達に動揺が走った。
「静まれ、まず宵闇殿の話を最後まで聞くぞ」
曼殊沙華様がそう口を開くと、一同口を閉じ私に視線が向いた。
「原因は神界の方にあると仰っていましたが、春隣様はどうやら悪しきものに堕ちようとしている。玄帝は、もう立ち上がることさえ叶わない、と。
止められるのは白帝様と私だけのようです。神界から神が降りたくても天上界が崩壊してしまう。そのため私の能力を使い、神の力を借り受けて白帝様に渡し、悪しきものを消滅させるように仰せ使いました」
「だが、各国の事は基本的にその国が対処すべきではないのか?」
「先ほど宵闇も言っていたでしょう?玄帝は今動くことができないって。なら他国が動くしかないのよ」
「だが、こちらも白帝様が決まったばかりだ。白帝様に何かあれば秋の国が困ることになる」
「他国と協力して宵闇様が神の力を借り受けたものをみなに渡せないのですか?」
「それは難しいだろうね。僕が天津の祠で修行してようやくその力を受け入れることが出来る状態になったんだ。他の帝はもちろん衛門府の者でも神の力を受ければ消滅しかねない」
白帝様の言葉にみんなの表情は暗くなった。
「僕と宵闇で悪しきものを消滅させるしかないだろう。僕らに何かあっても山吹がいるから大丈夫だ。神祇官も番紅花もいるし、私達が行っても問題ない。むしろ私達しか力を行使することができないのだから私達が行くしかない」
「先ほど冬の国から連絡が入ったといっていましたが、各国の状況はどのようになっているのですか?」
「冬の国の雪中花が来た。春隣と玄帝の姿が見えない。そして結界は段々と弱まっている状態ということだ。
現在は雪中花の指示で涌いている悪しきものを討伐しているようだ。
だが、悪しきものが増え、結界が消えてしまえば人間界に悪しきものが落ちていくだろう。
春の国と夏の国は四季殿から入ってきた悪しきものを退治するのに苦労はしていたようだが、討伐し終えて現在は悪しきものが入り込まないように厳戒態勢を取っている」
「宵闇殿の話を聞く限りではまだ春隣殿は悪しきものに堕ちきってはいないのだな?そして春隣殿を悪しきものに落とそうとしている神がいる」
「そうです。事態は一刻を争う。神祇官の長が悪しきものになればそれこそ四季殿を通して人間界に瘴気を下ろし悪しきもので人間達が生活できなくなってしまう」
「宵闇様の準備はもう出来ているのかしら?」
「私はいつでも行けます」
「僕もすぐに発てる」
「二人に願うしかないのが心苦しいな」
「そうねぇ。その代わり秋の国はしっかりと守るからねぇ」
「宵闇、では僕たちは急いで向かうとしよう」
「そうですね」
「もし、僕に何かあれば山吹が次の白帝になるが、今はアキコク様の元に行って動けないだろう。白帝の社には臙脂を呼んでいる。何かあれば臙脂と協力してくれ」
「かしこまりました」
「衛門府から武官を連れてこよう」
「私達は他国との情報を共有しなければいけないわねぇ。あとのことは任せてちょうだい」
「竜田姫様、宜しくお願いします」
白帝様と私は立ち上がり、部屋を出る。曼殊沙華様も立ち上がると衛門府へと向かった。
私と白帝様は本殿の前までやってきた。
衛門府からの武官を待つためだ。
「そうだ。白帝様、これを首に掛けて下さい」
神の寝床でもらった勾玉を白帝様に差し出した。
「宵闇、これは?」
「これはタギリヒメノミコト様から白帝様に渡すように言われていました。私は赤い勾玉です」
首に掛けた赤い勾玉を白帝様に見せる。
「赤い勾玉は神々から直接力を受け取る物で白帝様の持つ翠の勾玉は念を力に変える物のようです。
私の能力は想い(念)を力にし、他の人に与えることが出来るもののようです。
アキコク様の訓練やアメノワカヒコ様から頂いた念玉は私自身が能力を理解し念を力に変換するための補助的な物らしいのです。
本来、補助具は必要ないようですが、私がまだ未熟なため念玉を通さないと力の受け渡しが出来ないのです」
「そうか。凄い能力だね。他の誰も持っていない素晴らしい能力だ。宵闇が神界に呼ばれるわけだ」
「私、もっと、もっと、頑張ります」
「無理しないんだよ」
二人でそう話をしていると曼殊沙華様が三人の武官を連れてきた。
そのうちの一人は火影様だ。