四十一
私は神様方の邪魔をしないようにそっと歩みを進めていく。
どれくらい歩いただろうか。
松明のパチリと爆ぜる音が聞こえる。突然目の前に現れた大きな柱のような鍾乳石が現れた。
天上から地面までの巨大な鍾乳石はとても神々しく、この部分だけは特に神の力を感じる。
もしかしてここは神の世界と繋がっているのだろうか?
なんとなく、ここの洞窟で一番神々の力を感じる。
私は立ち止まり、松明を立てかけ膝を突いて祈り始めるとすぐに鍾乳石の柱が光を帯びた。
光はどんどんと眩しくなり、周りの景色が暗い洞窟から柔らかな光りに包まれた森のような景色に変わった。
えっと、もしかして私は神界に来たのかな。
景色が変わったことに驚いて周りを見渡していると、目の前にいくつもの光が現れ、それは大きな人型になった。はっきりと姿を現わしたのはタギリヒメノミコト様だ。
『宵闇、来るのを待っていましたよ』
「お、お呼びいただきありがとうございます」
神界にいる神様たちは天上人の存在はもちろん理解しているが、実際に会うことが少ないのだと思う。
何人かは私を物珍しそうに見ている。
私達天上人は人間より小さい。そして羽根の生えた者や能力で飛んでいたり、雲に乗っていたりと様々だが、神々の想像が基になっている。
神様は八百万の神と言われるほどに多く、それこそ多種多様な姿を取られているが、人間に近い姿の神様が多い。
『宵闇、我々の力を貸し与えるためにここへ呼びました』
「力を貸し与える、のですか?」
『ええ。我々は天上界に入ると、力が大きすぎて天上界は崩壊してしまう。そのために宵闇に力を貸し与えるのです。天上界を消滅させようとしている者を消しなさい』
天上界を消滅させようとしている者……。
その言葉に身体が強張った。
「敵は天上界の消滅、なのですか?」
『全てを恨み、闇に堕とすことでしょう』
……神を闇に堕とす。恐ろしい言葉だ。
全ての神が悪しきものになれば天上人はもちろん人間も死に絶える。
全てが闇に飲まれ、本当の地獄がやってくる。
敵は何故そこまで憎んでいるのだろうか。
それに今回の原因はやはり鶉さんなのだろうか。
「乞ふ四季殿に悪しきものを呼び入れたのはやはり春隣様なのでしょうか?」
『……呼び入れた者は春隣でしょう。ですが、その原因を作ってしまった我々にも責はある。春隣は悪しきものに変化しようとしています。堕ちきってしまえばここへ来るのもそう遠くはないでしょう。春隣を止められるのは宵闇だけです』
「ですが、春隣様であれば一番近くで止められるのは玄帝様ではないのですか? 他の国の帝や神祇官の方が経験も豊富で悪しきものになった者を消滅させるのに適任だと思うんです」
『今の白帝は起こりうる事態を考え、自ら祠に入り、我らの力を使えるようになり、祠から戻ってこれたが、他の帝は残念ながら祠に入っても戻っては来られないだろう。玄帝はもう動けぬ状態だ。残念ながら春隣はもうすぐ堕ちる』
別の神がそう話す。
『宵闇、よく聞きなさい。他の帝や神祇官は実力もあり、経験も豊だと思っていますが宵闇には誰にも負けない強い心がある。
その思いは誰よりも強い力となる。我々は全ての生命が創造する力で生まれたのです。宵闇のその力を理解し、供与する能力。
その力で白帝と共に悪しきものを消滅させなさい』
私の想いの強さが力に?
白帝様と共に悪しきものを消滅させる。
私が神々の力を受け取り、白帝様に渡す。それが私の能力。念玉はもしかして力を受け渡すための訓練道具だったのだろうか。
私の浅い考えは神々にはお見通しだったようだ。
『念玉は宵闇自身の持つ力を渡すための道具です。本来は念玉も必要はないのですが、今はまだ必要です』
『宵闇、武器を出してみろ』
男神の声が聞こえ、私は素直に薙刀を出現させ、頭を下げて声がする方向に薙刀を差し出した。
薙刀はふわりと浮かんだかと思うと薙刀は輝きはじめ形が変化していく。
刃は強く反り、装飾が入り、根本には念玉が付いた。柄にも黄金色の装飾が刻まれている。
『いくら白帝が我々の力を受け取り、強くなるとはいえ力の供給源である宵闇が弱ければ意味がない』
「有難う御座います」
私は変化した薙刀を受け取り頭を上げる。
声の主はタケミカヅチノカミ様だった。
凄い。
凄いとしか言いようがなかった。
タケミカヅチノカミ様から頂いた薙刀は軽いのはもちろん持っただけで薙刀の刀身部分が僅かに光りを帯びている。
『この薙刀は宵闇自身の念の強さに反応する。宵闇の心が折れない限りこの薙刀もまた折れることはない』
「あ、有難う御座いますっ」
『宵闇、この勾玉を受け取りなさい』
タギリヒメノミコト様は二つの勾玉を私に差し出し、私は受け取った。
「この勾玉は……?」
『これは私達の力を受け取るための勾玉です。赤い色の勾玉は宵闇が、翠色の勾玉は白帝に着けなさい』
「はい」
『さあ、白帝の元に戻りなさい。気を付けなさい』
「タギリヒメノミコト様、タケミカヅチノカミ様、改めてお呼びいただき、ありがとうございました」
私は深々と頭を下げた。
そして頭を上げた時には元にいた鍾乳石の氷柱の前にいた。
何も変わらない。
松明も変わらずパチリと小さく爆ぜている。
私は赤い勾玉を首に下げ、緑色の勾玉を手拭いに包み、大切に懐に仕舞い、洞窟を後にした。
早く戻ろうという一心で 全速力で国に戻った。