三十一
「宵闇様、私達は神祇官の者達です。悪しきものの封印ができるんです。私、頑張ります! どうか、ご指示を」
草の実さんの言葉にみんなが『そうだな』と頷いている。
「草の実さんありがとう。……そうですね。現在、神様のおかげで秋の国は守られていますが、何が起こるかわかりません。
私達が倒した悪しきものは堕ちた神でしたが、問題はその悪しきものが呪具を付けていました。
もし、強力な悪しきものが数多くいるのであれば、天上界が不安定になる可能性も捨てきれない。半数は待機し、残りの半数は衛門府の武官と協力して見回りを行って下さい。
三時間程度で交代し、こまめに休むようにお願いします。千日紅さんは神祇官に残り、情報を整理し、人員配置を行って下さい」
「宵闇様はどうされるんですか?」
「番紅花様が風読みの手伝いで戻って来られないと思うので私が四季殿に入ります。風読みの状況を見てこちらに私も戻ります。番紅花様が戻られたら番紅花様に指示を仰ぐようにお願いします」
「分かりました」
「不測の事態で不安だとは思いますが、何も起こらない、起こさないためにも一丸となって協力していきましょう」
「「はい!!」」
こうして短い話し合いが行われた。私は立ち上がり、草の実さんと神祇官の入口まできた。
「番紅花様はどれぐらい戻られていないのです?」
「えっと、宵闇様が討伐に出かけられてすぐです」
「そうですか」
長い時間、外から風読みの手伝いをしているのだろう。私も急がないと。
「では、私は乞ふ四季殿へ向かいます。結界の影響で連絡が取れないと思いますが、早めに戻ってきますから心配しないで下さい」
「はい! 宵闇様、お気をつけて向って下さい」
私は千日紅さんに見送られながら四季殿に向かった。
現在は転移門が使えないため飛んでいくしかない。
ここから乞ふ四季殿は少し遠くて半時間ほどの距離にある。転移門が使えないのがもどかしい。
それにしてもいつからアキコク様は結界で国を覆ったのだろうか。
白帝様の風読み中では分からないのではないかと思う。
大きな力が天上界に向かっていることを察知したの?
それとも白帝様の風読みの内容を知った後なのか。きっと結界を覆うほどの出来事がどこかで起こっているのだろう。急いで見つけないと。
こうして色々とこれからのことを思案しながら飛び、ようやく四季殿のある島が見えてきた。
どういうことだろう……。
私は不安に苛まれる。乞ふ四季殿がある浮島全体が瘴気で覆われている。
まさか、悪しきものが四季殿に?
でも、木札を持った限られた者しか四季殿に入れない。
悪しきものはそれを越えたの?
私はどうしていいか分からず、一瞬立ち止まってしまった。
中には白帝様がいるはずだ。
橋の袂には番紅花様も待機しているはずだ。きっと、二人なら大丈夫。
逃げたくなる気持ちをそう言い聞かせ、ゆっくりと浮島に掛かる橋に向かった。
浮島の近くまで飛んでくると最も恐れていた事が目の前で起こっていた。
乞ふ四季殿というより浮島周辺から恐ろしいほどの瘴気が四方へと流れている。
嘘だ!
信じたくない思いで目を塞ぎたくなる。
白帝様は?
番紅花様は?
私は無我夢中で急ぎ浮島へと向かった。
近くに行けば行くほど絶望を感じる。浮島から涌いてくる瘴気で足元も見えづらい。
私は地面に降り立ち、一歩、また一歩とゆっくりと浮島に向かって歩いていく。
そうして浮島を繋ぐ橋の袂で誰かが倒れているのが目に入った。
「番紅花様!」
私は駆け寄り、番紅花様の状態を確認する。
番紅花様をよく見ると、辛うじて息をしているが至る所から血を流し、傷口から瘴気が滲みだしている。
きっとこれは瘴気が番紅花様の体内に大量に入ったせいだと思う。
それにしてもこの切り傷は一体なに?
周りにはまだ悪しきものの姿は見えない。
だが、先ほど山吹様達と倒した悪しきものよりもずっと濃い瘴気が浮島から涌き出ていることを考えれば悪しきものが涌いてくるのも時間の問題なのだと思う。
白帝様が心配になった。
今すぐ白帝様を助けにいかないと。
白帝様でも一人でこの瘴気は払えない。
でも、ここに番紅花様をそのままにしておくのは難しい。
このまま放置すれば番紅花様は悪しきものに変化してしまう可能性がある。
どうしよう……。
何故、何故……。
神様、私はどうすればよいのですか?
涙が頬を伝う。
今、ここで私は選択しなければならない。
白帝様を選べば、番紅花様はもう戻れないかもしれない。
でも、あの人がこの状況を見たら——間違いなく、私を叱るだろう。
私は涙を腕で拭い、番紅花様を抱えて秋の国の癒し池に向かった。
今はこうするしかない。
瘴気がまだ人間界に降りていないということはまだ白帝様は生きているに違いない。
きっと一人で戦っている。
白帝様、ごめんなさい。すぐに、すぐに向かいます。
私は力を振り絞って番紅花様を抱えて飛ぶ。
涙で前が霞んでしまう。
早く、急がなくては。
必死な思いで癒し池に向かう。
……社が見えてきた。あと少し。そう思いながら飛んでいると、数人の組で巡回していた武官達が私を見つけて急ぎ寄ってきた。
「宵闇様! 番紅花様は……」
「緊急事態なの。お願い、番紅花様を癒し池にお連れして」
彼らは番紅花様の様子を一目見るなり驚き慌てている。番紅花様は先ほどよりも瘴気に蝕まれているようで苦しそうに小さくうめき声を上げている。
「緊急事態ですか! もしかして、乞ふ四季殿に悪しきものが?」
「……そう。番紅花様は橋の前で倒れていたんです。四季殿に悪しきものが入り込んでいます。白帝様はまだ四季殿に。時間がないんです。曼殊沙華様と竜田姫様に伝えて下さい。私は四季殿に戻ります」
「宵闇様、一人で悪しきものと対峙なさるおつもりですか!?」
「今の四季殿には私しか入ることができないのです。私が行かないと白帝様一人を見殺しにはできない。それに、白帝様が殺されたら四季殿は悪しきものの手に落ち人間界は悪しきものが蔓延り、天上界も崩壊してしまう。何としてでも止めないといけないの」
武官達もそのことは十分に理解しているため苦悶の表情をしているが、止めることはできないようだ。
例え私と白帝様が消滅しようとも最後まで抵抗したことを神様は見届けてくれるはずだ。
私達の命で神が四季殿に降臨されるのであれば願ってもない。
天上界は不安定になるけれど、きっとアキコク様達が守って下さっているから大丈夫だ。
予想でしかないけれど、そう願わずにはいられない。
「後のことはお願いします」
「……分かりました。ご武運を」
武官達は礼を執った。私は番紅花様を武官達に渡し、また四季殿に向かって全速力で戻った。
……何とか間に合ってほしい。
白帝様、死なないで下さい。