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二十九

「宵闇、こんな時間にどうしたんだい?」


 葵様は私の方に向き直り、優しく話しかけてきた。


「葵様、お忙しい中お手を止めてしまい申し訳ありません。実は隠樹(いんじゅ)の山の祠に悪しきものが出て私と山吹様、曼殊沙華様達と向かうことになりました。白帝様から葵様へこの文を渡すことと、山吹様をお呼びいただきたいです」


「……そうか。白帝様が、そう言ったんだね? すぐに山吹を転移門前に向かうように伝えるよ」

「ありがとうございます」

「……宵闇、気を付けていくんだよ」

「はい」


 私は言葉を短めに転移門へと向かった。


 どうしようと不安になる。

 どれだけ強敵なのだろうか。


 上手くできるかどうかは分からないけれど、今の私にできることを今はやるしかない。


 アメノワカヒコ様の念玉のおかげで私自身封印の力も強まり、より多くの瘴気を取り込むことができるようになった自覚はある。


 転移門の前には既に衛門府の武官が立っていた。


「お待たせしました」

「宵闇様、お待ちしておりました」


 武官の二人が礼を執る。


「宵闇が我を指名するとは珍しいな」

「今日は白帝様から直接指示を受けたのです」

「白帝様が、か」


 曼殊沙華様は何か思案し、それ以上口を開くことはないようだ。そうこうしているうちに山吹様も到着し、全員が揃った。


 一同、顔を合わせ、その顔ぶれに厳しい表情となった。


「覚悟を決めねばならんのかもな」

「ああ。宵闇、決して無理はするな」

「山吹様、わかりました」

「では行こうか」


 山吹様の声で私達は転移門を開き、隠樹の山の祠へと転移した。


 ……転移門をくぐると既にそこは瘴気で溢れている。


 私達はすぐに武器を持ち直し、一瞬にして緊張感が漂った。


 渋い表情でお互いが頷き合う。これは相当な強さの悪しきものだろう。


 分かってはいたけれど、実際に足を運んでその瘴気の濃さに実感させられる。


 一歩、また一歩と進んでいく中、山の木々は枯れ果て、瘴気から新たな悪しきものが所々に生まれ始めている。


 二人の武官は生まれたばかりの悪しきものを散らしながら歩いていく。


「……瘴気が濃いですね」

「ああ、祠まではもう少し距離があるが今からこの濃さでは、な。もしかして神が堕ちたのかもしれないな」

「そうだ、山吹様。念のためにこの玉をお持ちください」


 私は山吹様にアキコク様の念玉を一つ渡した。


「これはなんだ?」

「これは念玉と言ってアキコク様が私のために出してくれた玉なのです。白帝様の力を補助するための玉なのできっと山吹様にも扱えると思って……。あ、お貸しするだけですから」


 山吹様は受け取った念玉を持つと観察し、少し驚いたような顔をした後、懐に仕舞った。


「確かに借り受けた。俺にも使えるようだな。助かる」

「急ぐぞ」


 曼殊沙華様の言葉で私達は頷き、再び歩き始めた。


 祠までの距離はそうないはずなのに悪しきものが一体、また一体と私達に襲い掛かってくる。


 最初は二人の武官だけで十分に対処が出来ていたのだが、次第に敵は強くなっていく。


「少し、封印しますか?」

「我が出よう」


 曼殊沙華様はそう言うと、涌き出てくる悪しきもの達に向かって手を翳すと冷たい氷の風が悪しきものを(かこ)み凍らせた。


 それを武官達が粉々に砕いて散らしていく。武官の能力は攻撃に特化しているものが殆どだが、曼殊沙華様の能力は他の誰よりも秀でている。


 百年以上衛門府の長を続けるだけあって素晴らしい。


 そうして衛門府の人達の尽力もあってようやく祠に辿り着くことができた。


 出来たのはいいのだが、祠にいた悪しきものの姿に一同絶句していた。


 ……完全な人型を取っている。


 他の悪しきものは煙に近い瘴気の状態から密集し、塊となり、悪しきものになっていくのだが、この悪しきものは色は灰色に所々腐敗したような色をしていてボロボロの衣を纏っており、二本足で立っていた。腕には赤い腕輪が怪しく光っている。


 これが神が堕ちた姿なのか?


 それとも瘴気だけでここまでの姿になった?

 後者は考えにくい。白帝様が目を皿にして風読みを行っていたのにも拘わらず、短時間でここまで成長するとは思えない。


 それに瘴気から生まれるというより、瘴気を生み出しているといってもおかしくないほどだ。


「危険だ。全員距離を取れ!」


 曼殊沙華様が言葉を発した瞬間に武官二人が悪しきものの手から出された瘴気に絡めとられた。


「グッ」


 苦しそうにしながら武官は抵抗しているが、瘴気から逃れられない様子だ。


 なんとかしないと。


 私はとっさに武官を捕えている瘴気を吸うとコロリと封印玉が出来た。


 なんて濃さなのだろう。


 瘴気を吸った途端に神経を突きさすような痛みが襲ってくる。それに私の封印する力が強くなったとはいえ、ここまですぐに封印の玉が出来るほどの濃い瘴気だ。『これは危険だ』と頭の中で鐘が鳴っている。


 ゲホゲホと咳をしながら武官達は後ずさり、次の攻撃にそなえる姿勢となった。


 曼殊沙華様は武官が解放されたと同時に大太刀で悪しきものに斬りかかる。


 山吹様も錫杖を鳴らし、(うた)(とな)える。山吹様の言葉は周囲を浄化していき、悪しきものの動きを鈍くしている。そこに曼殊沙華様が何度も霞斬(かすみぎ)りを行い、二人の武官も斬りつけていく。


 だが、思っていたよりも傷は浅く、切られた箇所から瘴気が溢れ、傷を修復しようとしている。

 私は手を(かざ)し、瘴気を吸収して修復を邪魔する。


「……ダ。オ、ノ、レ、……げ、て」


 その言葉は誰かの記憶の残響のような感じがした。

 そう思った瞬間、瘴気が一本の槍のようになり、私に向かってきた。


「宵闇、下がれ!!」


 しまった。間に合わない。身体への直撃は避けたが、手を翳していたため、手のひらから槍を吸い込む形となってしまった。


 私は限界まで濃縮された瘴気を吸ってしまう。


 いくら瘴気が吸えるとはいえ、瘴気の塊を吸い込めばかなりのダメージを受ける。痛みと瘴気に浸食されていく感覚で膝をついてしまう。

「宵闇!大丈夫か?」

「……は、い。なんとか……」


 そう答えるので精一杯だ。早く封印の玉に変化させなければ身が保たない。

 私は封印に集中する。


 山吹様のおかげで次の攻撃は防がれていて助かった。


 コロリと封印の玉が三つほど出来た。


 一瞬、本当に危なかったが、無事に封印が出来てホッとする。


「山吹様、ありがとうございます」


 山吹様は(うた)いながら小さく頷いている。


「宵闇、我々が悪しきものを全力で切っていくそばから吸い上げてくれ」

「わかりました」


 番紅花様達が斬りつけていく傍から私は悪しきものを吸い込んでいく。


 悪しきものは斬られる度に痛みを感じているようで、唸り声や悲鳴にも似たような声を上げている。


 やはり、元は名のある神だったのだろうか。


 少しずつだが、悪しきものは弱っていく。手を失い、片腕を無くし、胴を削られ、それでも激しく抵抗している。


 数時間は経っただろう。


 ようやく悪しきものの抵抗が減ってきた。山吹様はその様子を見て祝詞に変え、詠唱を行う。前に隠の社で見た時よりも数段大きな光が悪しきものを捕えている。


「消滅せよ!」


 山吹様がそう声を上げると、光が強くなり悪しきものは泡が消えるようにゆっくりと消滅していった。


 悪しきものがいた場所には赤い腕輪が残されており、山吹様は『呪具か』と呟きながらそれを拾い懐へ仕舞った。


「宵闇、疲れているところ悪いが、周囲の瘴気を吸ってくれるか?」

「山吹様、わかりました」


 山吹様は祝詞を唱え悪しきもののいた辺りを浄化していく。


 私も周辺の瘴気を吸い封印の玉を作り始めた。衛門府の人達も能力を使い、湧いてくる悪しきものを倒しては瘴気を散らしていく。


 ようやく一段落がついた頃には日が明けようとしていた。


「ようやく隠樹の山も瘴気が無くなったな。戻るぞ」

「はい」


 流石に長時間の戦闘で傷つき、私も瘴気を多く取り込んだため、癒しの池に全員で向かうことになった。

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