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二十六

「……まさか、まさか、天上人が……?」

「十分にあり得るんだ。我々の中に人間たちへその方法を教えた者がいるかもしれない」

「でも、私達は詳しい方法を知らないのではないでしょうか」


「ああ、そこなんだ」

「各国の(みかど)様や神祇官(じんぎかん)の長、衞門府(えもんふ)の長は詳細を知っている。


 だが、当時の蒼帝様と春陽様は癒し池に戻られたから現在の蒼帝様や神祇官の長になった春光様は知っているかどうか、というところだろうね」


「では、私達を含めた十二名のうちの誰かが人間達に教えたということになりますよね」

「分からない。他の者がそっと聞いていた可能性も捨てきれないけれど、天上人が関わっていると考える方がいいんじゃないかな」


「信じられない、というか信じたくない……」

「そうだね。でも万が一ということもある。この後、神への報告があるんだよね?一緒にこの小袋も添えて報告をしてほしい」

「分かりました」


 私は葵様から手拭(てぬぐ)いごと小袋を貰い、懐にしまう。


「この小袋を持っているだけで手が震えますね。怖い。悪しきものが涌いて出たらどうしようって」


 私の言葉に先ほどまで真剣な表情だった葵様に笑みが零れた。


「心配は要らない。しっかりと僕が消滅させたからね。これはもうただの袋になっている」

「そうですよね。葵様、これ以外に変わったことはありませんでしたか?」


「いや、特にはなかったかな。これを置いた人間も近くにはいなかった」

「強さはどれほどだったんですか?」

「悪しきものは武官一人では厳しかったよ。ただ、人型は取っていなかったからそう強くはなかったかな」

「わかりました」


「報告書は先ほど出しておいたから他の報告書と一緒に出しておいてほしい」

「はい」


 話を終えて葵様は社へと戻られた。


 私は他の人達に心配を掛けないように務めて笑顔でいるけれど、内心は震えていた。


 また悪しきものが人間界に溢れるかもしれない。

 また蒼帝様のように能力を剥奪される人が出てくるのかもしれない。


 不安は尽きない。

 またあの時のようなことがあれば白帝様や私は能力を剥奪されてしまうだろう。


 私は構わない。でも、白帝様はずっと私達のために頑張ってきているのに。これ以上何も起きないでほしいと願ってしまう。


「本殿へ行き、報告をしてきますね」

「宵闇様、いってらっしゃい」


 草の実さんは笑顔で見送ってくれた。

 私は今日の報告書を抱え、重い足取りのまま本殿へと歩いていく。


 神様は怒ってしまうだろうか。


 本殿に入り、書類と懐に入れた小袋を祭壇(さいだん)に乗せて準備し、祝詞(のりと)を始めた。そうして今日の風読みの報告や衞門府(えもんふ)太政官(だじょうかん)から上がってきた報告書を読み上げる。


 そして最後に葵様からの報告書を読み上げようと書類を手にした時、一瞬にして空気が張り詰め、冷たい風が髪を揺らした。


『誰が消えたのか』

 葵様の報告書と鈴の付いた小袋がふわりと浮かび、再び声が聞こえた。

『宵闇よ、アキコクへ知らせろ』

「承知致しました」

『人間界に変わりがないかこちらでも注視しておくが、白帝、宵闇も監視を怠るな』

「はい」


 するとふわりと一つの手のひらに収まるほどの鈍色(にびいろ)の玉が祭壇に現れた。


『宵闇、アキコクから念玉を貰っているだろう? これは同じものだ。これからその玉に念を込めるんだ。そして白帝に持たせろ』

「承知致しました」


 短かったけれど、とても緊張してまだ身体が強張っている。


 先ほどの声の主はいつも報告をする神様とは違った。誰かは分からないけれど、声だけでも力のある神様だということは分かった。


「……報告も終わったし、アキコク様の元へいかないと」


 私は身体の強張(こわば)りをほぐすように大きく息を一つ吐いた後、鈍色の玉を懐に仕舞い、本殿を後にした。


 先に神祇官へ寄ってからアキコク様の元へ向かうことにする。このままアキコク様のところへ行って『宵闇様がいません』なんて神祇官の人達に探されたら恥ずかしいもの。


「宵闇様、おかえりなさい」

「草の実さん、今日の報告は終わったんだけど、私宛に何か連絡が来ていない?」

「今のところはありません」

「わかった。これから私はアキコク様のところへ行くけれど、何かあれば呼びに来て下さい」

「わかりました」


 いつもの変わらない小道を抜けてアキコク様の元へと向かう。


 祠にはアキコク様の姿は見えなかったが、名前を呼ぶとアキコク様はふわりと姿を現した。


「宵闇、どうしたのダ?」


 どうやらアキコク様には今回の事は伝わっていないようだ。


「アキコク様、昨日の風読みで白帝様から名無しの葵様に江柄(えづか)の入り江付近に悪しきものが出たので消滅させてくるように指示が出ていたんです」

「葵にカ? 珍しいナ」


「葵様からの報告で江柄の入り江に悪しきものはいたけれど、近くに祠などなかったようなんです。


 戻られた葵様から報告書とその場所に落ちていたという鈴の付いた小袋を受け取り、風読みの報告と共に神界への定期報告をしたんです。


 すると神様からこのことをアキコク様に知らせろと仰っていました。あと、アキコク様から貰った念玉よりも大きなこの玉を貰って白帝様に持たせろって言われました」


 私はそう言って先ほど貰った玉をアキコク様に見せた。アキコク様は尻尾をゆっくりとくねらせながら考えているようだ。


「……宵闇。この先、何が起こるかは分からン。だが、最悪の事態を想定して動くべきなのだろウ」

「最悪の事態……」


「そうダ。八年前の事態がまた起こるかもしれン。だからアメノワカヒコはこうして宵闇に新しい念玉を授けたのだろウ」

「アメノワカヒコ様、ですか?」


「ああ、そうダ。これを作ったのは彼で間違いないゾ」

「声だけでしたので誰だか分からず、申し訳ありません」

「会ったことがないのだからそれは仕方がないことダ」


 この念玉を作ったのはアメノワカヒコ様だということは理解したけれど、やはり神様は凄いのだなと感心してしまう。その場で念玉をすぐに作り、渡せるのだから。


「この念玉はアキコク様に貰った物と同じものなのですか?」

「ああ。だが、その念玉の方がより強力な力を使うことができる。だが、念を入れる宵闇にもかなりの負担があるゾ」


「でも、最悪の事態が起こるかもしれないというのなら私、頑張ります」

「その意気ダ」

「アキコク様に貰った念玉はどうすればいいですか?」


「今、一つを持っているだろウ? それに念を込めたら白帝へ渡し、その間に大きな念玉に念を入れるのダ。大きな念玉を白帝が使っている間に小さな念玉二つに念を込めル。当面はそれでいイ」

「分かりました」

「宵闇、風読みの仕事があるだろウ? 早く戻レ」

「はい」


「宵闇、これから(しばら)くはこの祠は閉じル。私は秋の国の守護に動いているからナ。残りの三国も同様ダ。再び神の知らせがあった時にここは開かれル」


「……わかりました。アキコク様、国を守っていただきありがとうございます」

「宵闇、無理はするナ」

「はい」


 私はアキコク様に深く御辞儀(おじぎ)をした後、祠を出た。

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