俺が風邪をひいた理由(前編)
父さんと志帆が闇化した翌日に、学院から正式な通知書が来た。
普通なら試験の結果やクラス分けは、校内の掲示板に張り出される。
だから、俺と、あと2人は特例という事になるのかなぁ。
本来なら3年生が受けるはずの模擬試験で──試験問題を取り違えたのは国仲先生だが──帝大Aプラス判定を取ったから、そのあたりが効いてるんだろ。
お陰で松戸博士の血圧がMAXになるんだが、そんなの知った事じゃない。
とにかくこれで、俺は晴れて2年に進級した事になる。
とはいえ、志帆にうまく乗せられていたような気もするんだよね。
たぶん俺ひとりだったら、今でも間違いなく無気力に生きていた筈だ。
だから進級した事を素直に喜べなかった……
そういう複雑な感情を抱えながら、時間だけが過ぎていく。
そして、ついにこの日が来てしまった。
今日は始業式…… だ。
そして、医務室じゃなくて、普通に教室に行く事になっている。
先週その事を知った父さんと志帆が暴走したのも当然かもしれない。
俺はあいつに一度、殺されているからな。俺が異能者じゃなかったら、後藤先生の見立て通りに、間違いなく『名前が変わって』いた筈なんだ。
そこにきて担任が家に来た、あの一件だ。
けど、その翌日に届いた通知書には校長からの一筆が添えられていた。
──今年も医務室にて勉学に励むように。
……ってな。
だから、これは担任の独断専行だ。
通知書を見た父さんは、再びあいつを斬りに行こうとしたくらいだからな。
それもだよ。お面と唐草模様の風呂敷を装備してだな……
前にテレビでやってた未解決事件スペシャルで見たような気がするけど……
まあいいか。気にしてたら胃がいくつあっても足りないよ。
もっとも、そっちは母さんが、例のように取り押さえて。
あれから今日まで、ずぅっと徹夜で説得しくれたそうだ。
でもさ、今朝の父さんは魂が抜けかかっているというか、死相が出てないか?
「うふふ、疾風は弟がいい? それとも妹?」
こっちもなんだか駄目… かぁ。
母さんは母さんで、異常なほどに舞い上がっているぞ。
「お兄ちゃん、おはよー」「……おはよう、志帆」
そう言えば今朝の志帆も、ちょっとおかしかった…… こっちは自業自得だから心配なんかしてやらん。それよりも、よくも布団蒸し──布団ごとぐるぐる巻きにしてきた──から脱出できたもんだ。
「さあさ、早くご飯を食べないと、遅刻するわよ?」
母さんの声で時計を見ると、今の時間は7時。
目の前にあるのは、温かいご飯と味噌汁にほどよく焼けた鮭と玉子焼き。
これこそ正統的な『ザ・朝食』だ。
父さんは目玉焼き…… いくつ玉子を使ったのか分からない量が乗っている。
これではまるで、大失敗に終わった万国博覧会のイメージ妖怪だよ。
でも、それを食べ始めた父さんが、生気を取り戻しているように見えるんだ。
母さんの作ったご飯、まるでお店の味だからなぁ。
「……いただきます」
しかし今日に限っては、美味しいはずの朝ごはん、まるで味がしないんだ。
母さんが早起きして用意してくれた大好物の焼き鮭も、ちょっと甘めに焼き上げられた玉子焼きも…… なにもかもが。
砂を喰っているような…… ってのは、まさにこの事かも知れない。
その様子を心配そうな顔で覗き込む志帆は、急いで食事を終わらると俺の顔を覗き込んだ。
「ねえ、お兄ちゃん。なんだか顔色が悪いよ。風邪でもひいたんじゃない?」
俺は渡された体温計を受け取ると腋に挟み込んだ。
体温計がピピピと鳴って… って、早いな。
測り始めてから1分と経ってないぞ?
「早いな。医務室のはだいたい1分半くらいはかかるんだが」
「これ、去年発売された新製品だよ。30秒で測定出来るんだって」
にこりと笑った志帆は、体温計を受け取ると眉をひそめた。
「6度9分…… 微熱かぁ」
人間ってのは不思議なもので、言葉に流されてしまう事もあるのかな。
色々な要素が重なった結果、そんな心理状態に陥る事も多いんだよね。
あの時の俺は、そういう状態だったのかも知れない。
朝ごはんは大切です。お昼を抜いても良いけど、朝だけはダメなのです。
これから夏に向けて、健康のためにも、服のサイズを変えないためにも!




