魔王を怯えさせるもの
深い闇色のオーラをまとって、ハイライトの失せた目で静かに笑う志帆。
はっきり言って我が妹ながら、おっかないと思わないか?
いや、お前の妹…… いや姉貴だったな。
こんなになったら、どーすんだ?
うちの姉に限って… だとぅ?
お前、そのうちに監禁されるかもよ? お前ん家の姉貴がペットショップで首輪とかハーネス買ってるの見たからな。それも特注品って言ってた。
デカい猫なんか飼ってないよなぁ。
……くくくく、そうか、そう来るか。
じゃあ、新しい世界に目覚めろよ。言っとくが俺を巻き込むなよ?
こっちは、こっちで、それどころじゃなかったんだからな……
……で、闇化した志帆なんだが。
意外なところから、救いの手が差し伸べられたんだ。
こっちの世界に引きずり戻したのは……
「待ちなさい、志帆」
「この件は、俺が預かるが文句は無いな?」
「どういうことかな、オトウサン?」
闇色の視線というのは、たぶんこういう表情の事なのかな。
父さんを闇色のオーラで包み込もうとしているよ。はっきり言って、妹が……
まるで別人のように見えてきた。
でも、結局のところ父さんの勝ち… ってとこか。
「あのドラ息子を失脚させたお前たちの手腕は認めるよ。悪くない手だと思う」
たしかに芹沢という──志帆の同級生──に手を出した先生が、事件が起きてからすぐに中学校を辞めたのは…… たぶん互助会が動いたからだろう。
なにしろ卒業生の大半は進学するか地元で働いているからな。
「お父さん、これは私たちの戦争だよ」
「だから、それは待てと言ってるんだ」
父さんは、テーブルに広げられた資料を見ながら、口角を上げていた。
「いいか? 大人には大人のやり方があるんだよ。
なぁに、悪いようにはせん。悪いようには、ね。ククク……」
「でも……」
何かを言いかけたけど、父さんの表情を見た俺は、言い出そうとした言葉を意志の力を総動員して、なんとか飲み込んだ。
父さんが…… 闇色のオーラをまとって……
それも志帆のそれが、虹のかかった霧のように明るく見えるくらいに……
そう、もはやあれはオーラなんてもんじゃない。
黒いカタマリのように見える、光を吸い込んで決して逃がさないような。
父さんがまとっているものは、闇そのものだ。
暗黒よりもはるかに暗い闇をまとって、昏ぁい笑顔を浮かべて……
父さんは、嗤っているんだ。
「あ~あ、こうなったら止められないわね。志帆、諦めて手を引きなさい。
スイッチが入っちゃったあの人を止める方法は無いわよ?」
「う…… うん」
毒気を抜かれた志帆は、急におとなしくなって。
闇は闇を知るって事なのかな。志帆が魔王なら、父さんは一体…… 大魔王か、はたまた邪神…… で、いいのか。
それで…… いいのか?
「お兄ちゃぁん……」
志帆があの暗黒の中に何を見たのか、俺には分からない。
しかし、ぎゅっと俺に抱きついてきた志帆の手は細かく震えていた。
「お、おい……」「まあまあ、仲がいいわねぇ」
何があっても離さないとばかりに、俺を抱きしめる志帆を見て、母さんがのほほんと… この状況で平常運転してるの母さんだけかよ。
これくらいの事でどうかなるようだったら、結婚してないか。
「思い出すわぁ。お父さんったら、若い時は凄かったのよぉ」
母さんは、うっとりとした表情で話してくれたんだが……
今でこそ第1線を退いた──管理職という役柄を押し付けられた──父さんは海外の取引先と交渉や契約を取る──俗に言うジャパッシュ・ビジネスマンだ。
そして、敵対した相手には決して容赦しなかったそうだ。
そうしてついたあだ名がミスター・サイコパス。
「あの時も、あんな顔ををしていたのよぉ」
「げ…… マジか」
そう言った母さんは、父さんに向き直ると、やんわりと話しかけた。
「ねえあなた? やり過ぎてしまってはダメよ?」
転校した芹にゃん…… 芹沢君はPTSDを患って転校する事になったのですけれど、今は完全に回復しています。
いやはや、愛は偉大なりと言いましょうか…… いやぁ、甘酸っぱいなぁ。




