国仲先生は苦悩する
今日の私は、はっきり言って暇。おもいっきり暇なのよ。
何故かというと……
学院は伝統的に聖女の日があった翌週に進級試験の結果が発表される。
この進級試験、かなりのクセモノだ。特に進学予備課程に進んだ生徒は、学力試験で優秀な成績を修めても、それだけで進級できるわけではない。
大学を卒業してから、いかに身を処すべきなのか。
自らの将来についての明確なビジョンが求められるのだ。
末は博士か大臣か──つまり大学を卒業するという事は、それだけの責任と覚悟が要求されるのよ。
だから試験の点数が良ければ何をしても許されるわけではないの。
最高学府に進むという事は、進学予備課程に進むという事は、そういう事。
特に学院の生徒は、学力プラス良識ある振る舞いを求められるの。
だから日頃の生活態度も判定材料になる。学力莫迦は要らない。
いささか回りくどい話をしてしまったけど、とりあえず結論を言うわね。
進級試験の結果が発表されると、その後は終業式まで自由登校になるの。
つまり登校しなくても出席点には影響しないというわけ。
でもね、だからと言ってね……
「……まさかの全員欠席とは思わなかったわ」
実は面倒を見るべき生徒が全員欠席しているのよ。
理由は…… 分からない。事後でも何でも、帳尻があっていれば良し。
医務室通学なんてのは、そういうものかも知れないわ。
でも、私だって仕事じゃなかったら休み……
『国仲くん、ひどく顔色も悪いな… すぐに病院に行くから支度をしなさい』
休む事になってしまった。
それも医務室の様子を見に来た教頭に、有無を言わせずに、強引に。
後藤病院に持ち込まれてしまった。
まさか私が病院に行く事になろうとは思わなかったわよ!
それも、よりによって後藤病院とは!
「ふむ、ただの風邪だろう。若いからと言って無理はいかんよ」
後藤先生はカルテを書きながら、さらっと言ってくれた。
たしかに疲れが溜まっているのかも知れない。そうなっている自覚もある。
疲労も肉体的なものよりは、精神的なものが大きい事もね。
その元凶は私の後ろに立っている、この看護婦なのよ。
「たぶん疲労が溜まりすぎているんだろう。薬は1週間分出しておくから食後に飲むように」
「はぁ、ありがとうございます……」
先生は、さらさらと処方箋を書き上げると渡してくれた。
処方箋は成分名だけが記されたものだ。逆に言えば、それぞれの患者に対してピンポイントに投薬しているという事。
そこには一切の妥協もない。
私も学院の医務室勤めとはいえ、処方箋を書く立場にいる──医者の端くれだ。
それだけに、こういう処方箋を書く事の恐ろしさを知っている。
針の穴をつくような投薬をするために、どれだけ深い知識を重ねている事やら。
それは本来の診療科目以外の患者に対しても同じ事だ。
「ふっ、国仲先生ともあろう方が不養生とは……」
こっ、こいつわぁああ……
バインダーでニマニマ顔を隠しながら、嬉しそうにしてからに。
あんたが余計な事をするから…… 私の寝不足の原因は間違いなくお前だ。
封印した筈の若いころの熱い魂やらなんやらを。
解き放つような真似をしてくださりやがったのは、あんたなのよ。
だってだって。
久しぶりの医務室通学組になった3人は、揃いも揃って……
心の奥底に封じ込めてきたもうひとりの私が暴れ出しそうになって。
だって仕方が無いじゃない。
粒ぞろいなのよ? 豊作なんてものじゃない。大豊作よ?
宵闇の君、天陽の君という、ツートップに加えて。
種族を間違えて生まれてきたとしか思えない──小動物のような少年。
彼ら3人を前にして、よくもまあ理性が崩壊しなかったものだ。
でもそれは表面張力ぎりぎりまで注がれたワイングラスのようなもの。
この1年というもの、あと1滴でも…… という状態だったけど、それなりにガス抜きもしていたからね。
だけど、この看護婦が、最後の1滴をグラスに注ぎ込んだのよ。
彼女が渡した写真に映っているのはファミレスで談笑する、一組のカップルだ。
ヒト族の少年とエルフ族の美少女のツーショットだ。
この娘ったら…… まったく初々しいったらありゃしないわね。
それだけなら、微笑ましい青春の1ページ… でしょうね。
この2人が、学院の医務室の──
あああああ。
処方箋に造血剤も追加…… ダメでしょうか。
どうしてこうなった? あたしゃ知らん。
知らないったら知らないんだ。




