看護婦さんはぶっちゃける
病院が暇でいられるのも、そろそろ終わりになるだろう。
もうしばらくしたら、入学式を控えた子供たちの身体検査が始まるんだ。
それは進級した子供たちにも、同じ事が言えるからだとも。
こうなると、自分の性別で悩んでいる暇なんか無いからね。
暇すぎても困るけど、忙しすぎて大変なのも困る。
「……で、今度は何をしでかしたのかな? 君のお兄ちゃんは」
相談したい事あるから、と病院に来たのは、星崎くんの妹…… 志帆ちゃんだ。
もちろんこの春から中学校に通う事になっているのは知っているとも。
この時期の女子は、とかく不安定だ。肉体的にも、精神的にも。
それで院長先生ではなく、私の所に回されたと思うんだけどね……
彼らは、はっきり言って異常だ。兄は主に肉体面で、妹は頭脳の面で、だ。
たとえて言うなら、彼らはミュータントと言っても差し支えは無い。
最新の研究でもミュータントは自らの不安定な遺伝子ゆえに、長生きする事は出来ないし子孫を残す事は出来ないと考えられている。
だが彼らの家系図は15世紀の──応仁の乱が勃発した時代に始まっている。
それでも分家した後の記録に過ぎない。ちなみに本家は…… 因果応報らしい。
とにかく、彼らの一族は1000年以上も前から存在しているという事だ。
そして星崎家の御隠居は、あの戦争に出征している。イビム大陸で彼が活躍出来たのも、彼もミュータントだったからでは…… そう思いたくなるんだ。
そして、彼は存命中。熱湯をかけても死なないくらいに元気なものだ。
さらに言うならば、あの子供たちは、間違いなく彼の血をひいている。
だとしたら、これはどうした事だろう。
他にも色々と理由はあるが、最終的に私はあの兄妹に興味を持った。
だから彼らを観察する事にしたんだ。徹底的な分析もしてみた。
その結果、分かった事はただひとつ。
彼らは間違いなく人間だ。それもヒト族の。
エルフでもドワーフでもない。ましてや新人類なんかでもない。
こんな分析が出来るのも、今は亡き先生の奥様が遺した地下研究室のおかげ。
正直に言うと、私はこの研究室には良い思い出は無い。
でも奥様が息を引き取る前に押し付けられた秘密研究室が、私の人生を決定的に変えたのだから。
そこは物理的な──機械式の錠前──と、今はまだ理論の上でしか語られていないはずの生体認証システムによって守られている。
そして、そこにある全ての機材の使い方は、私には完璧に分かっていた。
──人間の脳髄は電気信号で働いているのは知っているだろう? 乱暴な言い方だが、この器官は生体コンピューターと考えてもいい。
だからその内容を記録し、さらに他人の脳へ転送できるかも知れない。
いや、奥様は実際にそれをやってのけた。
それは奥様先生の葬儀に参列した松戸博士さえも、舌を巻く超技術だった。
だったと言うのは、今はもう使えなくなっているからだ。この装置を使う事が出来たのは、たったの1回だけ。逆に言えば、1回は作動したんだ。
結果として奥様先生の記憶が、私の脳に転送されているのだから。
その彼女の知識を利用して、私は医科大学で学問を修めて現在に至る… という訳なんだけど。 そのあたりは私は星崎くんの妹……
志帆ちゃんも似たようなモノかも知れない。
さらに奥様先生の手で身体に埋め込まれた機械のせいで、私は簡単に死ぬ事は出来ない。正確に言うと生物としての私は天寿を全うする権利は奪われた。
松戸博士が言うには、私は病気や毒物で命を失う事さえ無いそうだ。
それだけを聞くとなかなかに良さそうだが、これは呪いのアイテムだよ。
もともとは松戸博士が若いころに作った試作品で、未完成のまま研究室の奥で埃をかぶっていたシロモノなんだ。
奥様先生は、そいつを研究用にと譲り受けた? らしいんだが。
こいつには欠点が山盛りなんだから。
身体の中で作動を始めた機械は、故障しても修理は出来ない。その時点で、私はこの世から消えて無くなる。ジ・エンドだ。
もしそうなったら、私の身体は魂魄もろとも素粒子ベースで崩壊するらしい。
博士の話では、埃の山がひとつかみでも残ったなら運が良い方だ。
だから、私は知性を持った死なない何かだ。
これが後藤瑞希という名前をした、人間の形をした怪物の正体だ。
だからだろうか。
私の境遇が、星崎兄妹のそれと似ていると感じたのは。
誰が何をどう言おうと、彼らも普通一般に言う人間の範疇から、はみ出しているのは事実だ。
だから、私は… あの兄妹にシンパシーを感じるんだ。
たまらなく、いとおしいとさえ思ってしまうのだよ。
医療事故が起きても執刀医に責任を問わない旨の念書に判をつかないと、手術をしてもらえない事があります。
少なくとも、私の経験した範囲では、そうなっています。
それって何となく…… 怖いような気がするのは私だけでしょうか。




